表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/53

第十七話 職場PUAの天才? いいえ、それは「狼性文化」です

「誰だテメェは! このブロック様の仕事に口出しするとは!」


ブロックが怒号を上げると、機械蜘蛛の巨大な脚が地面を踏み砕き、リンへ向かって向きを変える。


「お前の最大顧客であり、最大の債権者だ。」




数十メートルの高さを誇る鉄の怪物の前に立つリンは、見た目だけなら蟻にも劣る。


それでも、その纏う圧は、ブロックに無意識のうちにトリガーから指を離させた。


「リン……?」


最近、地下城全域で噂になっている男の名を認識したブロックは、舌打ち混じりに言う。


「どうせ納期の催促だろ? 見ての通りだ、このゴミ虫どもがストなんざ始めやがってよ! オレだってどうしようもねぇ!」


「どうしようもない?」


リンは小さく首を振った。


腐った木材を見るような目つきで、彼は視聴者に向き直る。


「ご覧の通りです、皆さん。典型的な《強迫性パーソナリティ障害(OCPD)》に《コントロール依存性躁症》のコンボですね。」


「この手の経営者は、人間を機械として扱い、潤滑油をケチる。挙げ句の果てには、生身の労働者に対しても《給料という名の餌》と《夢という名の大きなクッキー》で動かせると思っている。」


【コメント】


『クッキー言うなww 嫌な予感しかしないんだが』


『うちの社長にも聞かせたい講義始まった』


『資本家モードのリン、絶対ろくなことしないでしょ』


リンは振り返り、数万のゴブリンやドワーフたちを見渡した。


彼は魔法で彼らを落ち着かせることもしなければ、その場で金をばらまくこともしない。


ただ、拡声器を一つ受け取ると、ネクタイを軽く直し、その顔に、妙に神々しく人を惹きつける笑みを浮かべた。


「同志の皆さん、本当にお疲れさまです。」


その声は低く、よく通り、不思議な魅了を帯びていた。


「怒りたくもなるでしょう。厳しすぎるノルマ、休みのない勤務。ですが――」


リンは一拍置き、空気の流れが変わるのを待つ。


「考えたことはありますか? 皆さんが作っているのは、ただの部品ではない。地下城全体の《背骨》なんです。」


「あの外の世界――第六十六層のように堕落していく街がある一方で、この第三十三層だけは、今も価値を生み続けている。」


「皆さんこそが、本物の《大国工匠》(マスタービルダー)なんですよ。」


【スキル発動:《群体催眠・狼性文化インストール》】


「ブロック領主がなぜ厳しいのか。彼は皆さんを“家族”だと思っているからだ。」


「限界を超えさせ、成長させるために、あえて鞭を振るっている。」


「九九六? 違う、それは“福報”だ。強者だけに許された特権だ。」


「自分の未来を想像してみてください。――この歯車の都がさらに拡大し、オーダーを完遂したあかつきには。」


「皆さん一人ひとりが、自分専用の機械蜘蛛を持つ日が来るんです。」


「さあ、選んでください。」


「ここで一生、石を投げて『俺たちは被害者だ』と叫び続けるか。」


「それとも工場へ戻り、自分の汗で伝説を鍛え上げるか。」


広場が静まり返る。


一秒。二秒。


先ほどまで怒りに燃えていたはずの工員たちの目が、ぼんやりとした迷いを経て、徐々に熱を帯びていく。


リンの言葉はウイルスのように脳へ入り込み、ドーパミンの分泌パターンを書き換えていく。


痛みは「崇高感」へと姿を変えた。


「働きたい……オレは、もっと働きたい……!」


一本のスパナが高々と掲げられる。涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、ゴブリンが叫んだ。


「深淵の背骨になるぞおおお!」


「福報のために! 残業させろ!」


「社長! オレを工場に戻してくれ! 寝てる暇なんてねぇ!」


轟音と共に、数万の工員が打ち上げ花火のように散り、工場へ駆け戻っていく。


押し合いへし合いしながら作業台を奪い合い、たった十分で一週間止まっていたラインは再稼働した。


しかも、効率は以前の三倍。


機械蜘蛛のコックピットに座ったまま、その光景を見ていたブロックは完全に固まっていた。


手にしていた葉巻が股間に落ちて、ズボンを焦がしても気づかないほどに。


「こ、これが……マネジメント……?」


十年鞭を振り続けても得られなかった忠誠と熱狂を、この男は数分の演説で生み出してみせた。


【コメント】


『言葉ってこえええええええええ!』


『聞いてたら俺もなぜか仕事したくなってきた、やばい、正気保て』


『資本家が見たら泣いて崇めるレベル ユダヤ人も土下座する』


『ブロック:師匠……管理とは、こういうことだったのか……』


リンは機械蜘蛛の脚をぽんと叩き、穏やかに微笑んだ。


「さて、生産能力の問題は片付いた。」


「次は――君が夜も眠れず悩んでいる、本当の《厄介事》について話そうか。」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ