第十七話 職場PUAの天才? いいえ、それは「狼性文化」です
「誰だテメェは! このブロック様の仕事に口出しするとは!」
ブロックが怒号を上げると、機械蜘蛛の巨大な脚が地面を踏み砕き、リンへ向かって向きを変える。
「お前の最大顧客であり、最大の債権者だ。」
数十メートルの高さを誇る鉄の怪物の前に立つリンは、見た目だけなら蟻にも劣る。
それでも、その纏う圧は、ブロックに無意識のうちにトリガーから指を離させた。
「リン……?」
最近、地下城全域で噂になっている男の名を認識したブロックは、舌打ち混じりに言う。
「どうせ納期の催促だろ? 見ての通りだ、このゴミ虫どもがストなんざ始めやがってよ! オレだってどうしようもねぇ!」
「どうしようもない?」
リンは小さく首を振った。
腐った木材を見るような目つきで、彼は視聴者に向き直る。
「ご覧の通りです、皆さん。典型的な《強迫性パーソナリティ障害(OCPD)》に《コントロール依存性躁症》のコンボですね。」
「この手の経営者は、人間を機械として扱い、潤滑油をケチる。挙げ句の果てには、生身の労働者に対しても《給料という名の餌》と《夢という名の大きなクッキー》で動かせると思っている。」
【コメント】
『クッキー言うなww 嫌な予感しかしないんだが』
『うちの社長にも聞かせたい講義始まった』
『資本家モードのリン、絶対ろくなことしないでしょ』
リンは振り返り、数万のゴブリンやドワーフたちを見渡した。
彼は魔法で彼らを落ち着かせることもしなければ、その場で金をばらまくこともしない。
ただ、拡声器を一つ受け取ると、ネクタイを軽く直し、その顔に、妙に神々しく人を惹きつける笑みを浮かべた。
「同志の皆さん、本当にお疲れさまです。」
その声は低く、よく通り、不思議な魅了を帯びていた。
「怒りたくもなるでしょう。厳しすぎるノルマ、休みのない勤務。ですが――」
リンは一拍置き、空気の流れが変わるのを待つ。
「考えたことはありますか? 皆さんが作っているのは、ただの部品ではない。地下城全体の《背骨》なんです。」
「あの外の世界――第六十六層のように堕落していく街がある一方で、この第三十三層だけは、今も価値を生み続けている。」
「皆さんこそが、本物の《大国工匠》(マスタービルダー)なんですよ。」
【スキル発動:《群体催眠・狼性文化インストール》】
「ブロック領主がなぜ厳しいのか。彼は皆さんを“家族”だと思っているからだ。」
「限界を超えさせ、成長させるために、あえて鞭を振るっている。」
「九九六? 違う、それは“福報”だ。強者だけに許された特権だ。」
「自分の未来を想像してみてください。――この歯車の都がさらに拡大し、オーダーを完遂したあかつきには。」
「皆さん一人ひとりが、自分専用の機械蜘蛛を持つ日が来るんです。」
「さあ、選んでください。」
「ここで一生、石を投げて『俺たちは被害者だ』と叫び続けるか。」
「それとも工場へ戻り、自分の汗で伝説を鍛え上げるか。」
広場が静まり返る。
一秒。二秒。
先ほどまで怒りに燃えていたはずの工員たちの目が、ぼんやりとした迷いを経て、徐々に熱を帯びていく。
リンの言葉はウイルスのように脳へ入り込み、ドーパミンの分泌パターンを書き換えていく。
痛みは「崇高感」へと姿を変えた。
「働きたい……オレは、もっと働きたい……!」
一本のスパナが高々と掲げられる。涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、ゴブリンが叫んだ。
「深淵の背骨になるぞおおお!」
「福報のために! 残業させろ!」
「社長! オレを工場に戻してくれ! 寝てる暇なんてねぇ!」
轟音と共に、数万の工員が打ち上げ花火のように散り、工場へ駆け戻っていく。
押し合いへし合いしながら作業台を奪い合い、たった十分で一週間止まっていたラインは再稼働した。
しかも、効率は以前の三倍。
機械蜘蛛のコックピットに座ったまま、その光景を見ていたブロックは完全に固まっていた。
手にしていた葉巻が股間に落ちて、ズボンを焦がしても気づかないほどに。
「こ、これが……マネジメント……?」
十年鞭を振り続けても得られなかった忠誠と熱狂を、この男は数分の演説で生み出してみせた。
【コメント】
『言葉ってこえええええええええ!』
『聞いてたら俺もなぜか仕事したくなってきた、やばい、正気保て』
『資本家が見たら泣いて崇めるレベル ユダヤ人も土下座する』
『ブロック:師匠……管理とは、こういうことだったのか……』
リンは機械蜘蛛の脚をぽんと叩き、穏やかに微笑んだ。
「さて、生産能力の問題は片付いた。」
「次は――君が夜も眠れず悩んでいる、本当の《厄介事》について話そうか。」




