第一百三十三話:強制アップデート?「あなたの身体は料金未納で停止しました」
(場所:第13区・ストリート)
一夜にして、第13区の空気が変わった。
混沌の中にも生気があったネオン街は、いまや深海のような濃紺の光に沈み、空気にはオゾンと機械油の匂いが漂っている。
――異様だった。
通りを歩いていた何千、何万という人々が、ある瞬間、電源を抜かれた人形みたいに、ぴたりと動きを止めたのだ。
横断歩道を渡っていた中年男は、片足を宙に浮かせたまま固まった。
眼球だけが狂ったように動き、冷や汗が頬を流れ落ちる。喉からは「ひゅっ……ひゅっ……」と、空気を噛むような音が漏れた。
「う……動けない! 脚が! 脚が、ないみたいだ!!」
男の網膜上。
本来の視界は巨大な半透明ウィンドウに強制上書きされ、赤い警告マークが点滅していた。
それは【機械神教】がバックドアの脆弱性を突いて、第13区の義体チップに叩き込んだ底層プロトコル――
【警告:あなたの「脚部ドライバ(ver.2.0)」は期限切れです。】
【安全のため、関節を自動ロックしました。】
【888スターコインで「プレミアム歩行サブスク(月額)」を購入してください。】
【またはスキップ不可の60秒広告視聴で「臨時歩行権(5分)」を解除できます。】
「はぁ!? 歩くのに月額!? 冗談だろ!!」
男は崩れ落ちそうになりながら叫ぶ。
そして地獄はそれだけじゃ終わらない。
空に浮かぶ全ホログラム広告。
ビル外壁の巨大スクリーン。
道端の自販機のモニターに至るまで――同時に一斉、機械神教の宣伝映像へ差し替わった。
精密な歯車が無数に回転し、合成音声が都市の上空を支配する。
「血肉は苦弱。機械こそ栄光の飛翔。
低効率な肉体を捨て、進化の共同体へ加入せよ――!」
深淵生物科技ビル・最上階オフィス。
リンは巨大な窓辺に立ち、下の通りを見下ろしていた。
街は大混乱。
まるで「だるまさんがころんだ」を強制プレイさせられているみたいに、凍り付いた人々が並んでいる。
リンはコーヒーを片手に、口元を引きつらせた。
「……あの鉄皮缶詰ども……」
「サイバーパンクを『迷惑ソフト博覧会』にするなよ」
一息置いて、さらに刺す。
「歩行は会員制。呼吸はサブスク。瞬きは広告。
それ飛升じゃない。ランサムウェアだ」
ドォン――!
オフィスの扉が暴力的な光束で吹き飛んだ。
煙が晴れ、入ってきたのは――
全身が鏡面クロム合金。顔面はフラットで、目も鼻も口もない。
ただ頭上に、透明な容器で守られた脳が浮いている。
背後には、電磁杖を持つ機械僧侶が二列。
足が床に触れない。磁気浮遊で無音のまま滑る。
【機械神教・大司教・零一(01)】
零一は口を動かさない(口がない)。
声は空気振動の合成音として直接響いた。
「リン・アドラー」
「お前の肉体は非効率だ」
「見ろ。我々を。痛覚なし、睡眠不要、疲労なし。
無駄なホルモンもなく、判断を乱さない。
我々は進化の終点だ」
大司教は金属腕を上げ、リンを指す。
「昨夜、連邦議会が可決した《全民機械化法案》により」
「第13区は初の“飛升モデル地区”に選定された」
「肉体を差し出せ」
「お前の脳を完全剥離し、防腐カプセルに移植する。――恩寵だ」
リンはコーヒーを置き、金縁眼鏡を押し上げる。
表情は“知能の低い子供に向ける優しい目”だった。
「飛升? 進化?」
リンは窓の外――
60秒の“機械油広告”を見ないと脚が動かない民衆を指差す。
「それを進化って呼ぶのか?」
「俺の故郷じゃ、こう言う」
「ウイルス感染だ。しかも全家桶付き、ポップアップ地獄、アンインストール不可のやつ」
「お前らが作ってるのは超人じゃない」
「定期的に飼料代を搾り取られるサイバー肉鶏だ」
零一の電子視界が危険な赤へ点滅し、脳カプセル内のデータ流が沸騰した。
「愚かな炭素生物」
「貴様の遅れた脳では、偉大なる集団意識を理解できぬ」
「拒否するなら――実行する」
「【強制フォーマット】」




