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第十三話 S級勇者は警備隊長以下 そしてガラ空きの受付ホール

(場所:王都中央広場 旧《光輝の剣》本部ビル)


  真昼の陽光が、新しく看板を掲げた【深淵療養院・王都支院】に降り注いでいた。


巨大なガラスのカーテンウォールが、冷たく鋭い光を跳ね返す。


「入れろ! 俺はレオだぞ! このビルの持ち主は俺なんだ!!」


高級クリニックに似つかわしくない絶叫が、その静謐を切り裂いた。


衣服はボロボロ、髪は乱れ、目は血走り――元S級勇者レオが、玄関扉に体当たりを繰り返している。


手には、ギルドから渡された「退職金」の袋を握りしめたまま。


その姿は、もはや英雄ではなく、何かに取り憑かれた哀れな男だった。


「お客様、これ以上お下がりください。ここは医療施設です。大声での騒ぎはご遠慮願います。」


彼の前に立ちはだかったのは、一つの巨大な影。


身長三メートル近い巨躯。


特注の超大型ブラックスーツに身を包み、サングラスをかけ――耳の位置には、どこか愛嬌すらある牛の耳。


ミノタウロスのミノ。


地下城第九十九層のS級領主にして、現・深淵療養院警備隊長である。


「どけえ! この家畜風情が! 俺は剣聖だぞ! 俺は――」


レオは半ば折れかけた剣を引き抜き、ミノに向かって突っ込んでいく。


「モォ。(それはこっちの台詞だ。)」


ミノは大きくため息をついた。


次の瞬間、その巨体に似合わぬ黒い稲妻のような速さで腕が伸びる。


片手でレオの頭をわし掴みにし、バスケットボールでも持ち上げるように、ひょいと持ち上げた。


「ご予約のない方は、お引き取りください。」


それだけ言うと、ミノの腕の筋肉が盛り上がる。


ひょいっ。


かつてS級魔獣を斬り伏せてきた勇者は、綺麗な放物線を描いて宙を飛び――


数百メートル先の城壁外堀に、ぽちゃん、と小さな水飛沫を上げて沈んでいった。


【コメント】


『このワンハンドスロー、相変わらずキレが良すぎるw 警備隊長マジ有能』


『S級魔獣を斬ってきた勇者が、今じゃS級魔獣にゴミみたいに投げられてるとか皮肉効きすぎでしょ』


二階のテラスでは、リンがコーヒーカップを片手に、その光景を特に表情を変えることなく眺めていた。


レオの生死など、彼にとっては取るに足らない。


今、彼の頭を占めている別の問題がある。


「おかしいな。」


リンは、がらんとした一階の受付ホールを見下ろし、眉間に皺を寄せた。


「俺の流入モデルだと、開院初日は満員御礼になるはずなんだが。患者が一人も来ないとはね。」


「リン、どうやら商売敵が現れたみたいだぞ。」


背後のソファから、気怠げな声が転がり落ちる。


魔王アスモデは、ゆったりとしたシルクのルームウェア姿で、だらしなく寝転びながらプリンを食べていた。


地上での「通院」の楽しみは、どうやらそれらしい。


「これを見ろ。」


アスモデは、淡いピンク色の霧をまとった一枚のチップを放り投げる。


「さっき、オレの眷属が街で拾ってきた。今、街中の連中がこれを握りしめて、発狂したみたいに地下城へ駆け込んでいる。」


リンがチップを指先で受け止めた瞬間、ねっとりとした、強烈な幻覚性を伴う精神波動が指先から脳に刺さる。


「これは……『ソウル・インダクション(魂誘導)』か。」


「正解だ。」


アスモデはスプーンをぺろりと舐め、気のない口調で続ける。


「第六十六層の狂女の仕業さ。吸血鬼の女王カミラ。『一度勝てば天国以上の快楽が味わえる』って触れ込みの《永夜カジノ》を開いてな。」


「オレのテリトリーの“魂”を横から掻っ攫ってるわけだが……まあ、こういうビジネスライクな争い事に、魔王として直接口を出すのもどうかと思ってな(主に面倒だから)。」


リンはチップを指先で握りつぶす。


その眼差しに、医師としての冷たい光が宿った。


「化学的ホルモンと魔法的幻覚を組み合わせて“偽の幸福感”を量産し、その結果、不可逆的な精神障害を引き起こす……」


「要するに、“中毒奴隷”の製造工場ってわけか。」


リンは白衣を脱ぎ捨て、黒のロングコートスーツに袖を通す。


メガネの位置を直し、アスモデに意味深な笑みを向けた。


「アスモデ、診療所の留守番は頼む。ミノ、車を回して。」


「第六十六層に行く。あの女王に、“無免許医療行為”について法律の授業をしてこよう。」

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