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第十一話 S級患者の“ロード・レイジ”と王国精鋭の壊滅

  リンの言葉と同時に。


診療所の奥にある、重々しい黒鉄の扉が、きぃ……と音を立てて開いた。


深淵よりも濃い悪意が、吹き出すガスのように一気にロビーを満たす。


「……うるせぇ……誰だよ……騒いでんのは……」


「順番……オレの番だったのに……割り込みとか許さねぇ……」


扉から姿を現したのは、普通の魔物ではなかった。


そこにいたのは、形容しがたい異形の怪物たち。


全身から破壊のオーラを垂れ流す、S級クラスの危険存在ばかりだ。


先頭を歩くのは、三つの頭を持つ地獄の番犬ケルベロス。


中央の頭には包帯が巻かれ、重度の「解離性障害」をこじらせて、左右の頭と殴り合うのが日常らしい。




その後ろには、「スキン・ハンガー症候群」と診断された、極度のスキンシップ依存で常時イライラしているS級触手怪が続く。


さらに、「重度の対人恐怖」がこじれて闇落ち寸前の影魔。


普段はリンの前で猫のように大人しい彼らだが――治療時間を騒音で妨害された今、全員が暴走寸前だった。


「せ、先生……」


先頭を走っていたエルフ親衛隊長の足が止まり、歯の根が合わなくなる。


「こ、こいつらはいったい……な、何でこんなにS級魔獣が……こんな場所に……!?」


リンはティーカップを手に取り、ふっと湯気を吹きながら言った。


「紹介しようか。彼らは、俺の“患者コミュニティ”だ。」


「最近ちょっと機嫌が悪くてね。特に、うるさいのが大嫌いなんだ。」


「じゃあ――健闘を祈るよ。」


次の瞬間、虐殺が始まった。


「ワンッ!!(先生をうるさがらせるやつは噛み千切る!!)」


地獄の三頭犬が咆哮を上げながら飛び込み、三つの頭が完璧な連携で親衛隊の防御ラインを粉砕する。


「だっこ……抱きしめろ……もっと……」


触手怪は数百本の触手を振り回し、精鋭エルフ兵を何十人もまとめて空中へ巻き上げると、そのまま鞭のように地面へ叩きつけた。


王都攻略すら視野に入るはずの王家親衛隊は、この“精神疾患持ち魔獣団”の前では、薄紙同然だった。


戦いではない。


一方的なリンチだ。


「や、やめろ! 俺は皇子だぞ! 帝国の未来の――ぐえっ!?」


オルランド皇子の叫びは最後まで続かなかった。


たまたま通りかかった機嫌の悪い岩石巨人が無言で一歩踏み出し、その巨足で彼を地面ごと踏み抜いたのだ。


見事なまでの紙切れになった皇子。


配信の視聴者たちは、もはや言葉を失っていた。


『魔王降臨より怖いんだがこの絵面……』


『S級魔獣が診療所ルールを守るために暴れてるの草』


『あの皇子、ほんとにペラペラの紙になってて笑ったwww』


『最高すぎる。精神科医を怒らせたらこうなるって教科書に載せるべき』


わずか五分。


王都を落とせると豪語していた王家親衛隊は、壊滅した。


地面には瀕死の負傷者だけが転がり、オルランド皇子は土にめり込んだまま、心も体も粉々になっていた。


リンはその前に歩み寄り、しゃがみ込んで問いかける。


「さて。あの五百ゴールドの玄関ドアの修理費だけど。」


「カードで払う? それとも、体で払う?」


その時だった。


リンの配信端末が、耳の痛くなるような赤い警報音を鳴らした。


《国家非常事態》の時にのみ作動する、最高レベルの通信要求。


画面に飛び出してきたのは、冒険者ギルド総本部長の顔だった。


血の気が引ききった顔。


額には滝のような汗。


「リ、リン殿!! 助けてくれ! 王都を……王都をお救い願いたい!!」


「第五十一層の“ビースト・スタンピード”が完全に制御不能だ! 《光輝の剣》パーティは総崩れ! 数百万体の魔獣が地上へ溢れ出す寸前だ!!」


「条件は、何でも飲む! ギルド全体が、あなたの犬になっても構わん!!」


リンは、かつて自分を粗雑に扱った男を見つめ、口元に薄い笑みを浮かべた。


「へえ。“最強”のS級パーティはどうしたんです?」


「レオ勇者殿は、『火力さえあれば俺のような補助は要らない』って言ってましたよね。」

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