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第2話 小人の少女

 放課後、わたしは夢月と二人で家路についていた。互いに部活に入っていないし家も近所だから、一緒に帰ることが多い。


「今日、また女の子に呼び出されてたね?」

「……龍太朗が言ったのか?」

「それもあるけど、別のクラスの女の子が教えてくれたよ。その子の友だちが呼び出したんだって言ってた」

「確かに呼び出されたけど、何もない」

「……」


 夢月は眉をひそめてそう言うけれど、告白されたのは確かだ。その友だちだと言うが、ニヤニヤしながらわたしに言いに来たから。


(どうも、目の敵にされてる気がする)


 クールで無口、成績優秀で見た目も整っている。そんな男子が、モテないはずがない。幼い頃は気付かなかったけれど、周囲はそういう目で夢月を見ているんだと気付いたのはいつだっただろう。

 特に女の子に声をかけられることの多い夢月だけれど、これまで一度も恋人を作ったことはないはずだ。その理由を聞いたこともあるけれど、はぐらかされて終わっている。


(わたしとしては、断り続けてくれてほっとしてる。恋人がいない限り、わたしと一緒に過ごしてくれるから。でも……)


 でも、いつか恋人が出来てしまったらどうしよう。そんな不安が、心の中にずっとある。自分の気持ちに気付いてからは、余計に。


「……本当に、何もないからな? 丁重に断った」

「うん、知ってるよ。女の子、泣いてたもん」


 泣きながら、わたしに「あんたのせいだ」と言いに来た女の子。目がぱっちりして、とっても可愛らしいだった。何度目かわからない理不尽な文句だけど、こっちも傷付かないわけじゃない。

 何となく、夢月の顔を見上げられない。目を伏せて歩いていると、彼の手がわたしの頭に乗る。乱暴に撫でられて、わたしは「やめてってば」と顔を上げた。

 すると、深緑の瞳がわたしを見つめていることに気付いた。やめて、そんなに不安そうな顔しないで。


「ようやくこっち見たか」

「あ……は、図られた」

「何で美星が泣きそうな顔してんのかわかんないけど、俺は誰かの告白を受け入れる気は一切ないからな」

「うん、ずっとそう言ってるもんね。知ってる」

「……?」


 あなたは知らない。わたしが小学生頃に、自分の気持ちに気付いてしまったこと。その気持ちをずっとずっと言わずに心の中に仕舞っていること。これからもきっと、言うことはないのだろうけれど。


「ごめん。行こ! 今日新刊が出るから、本屋さんに寄りたいんだ」

「……わかった。となると駅前だな」

「うん」


 話を逸らすことに成功して、わたしは今日買いたい本のあらすじを夢月に話す。彼も好きな作家さんだから、過去作にも話が飛んで面白い。


「……ん?」

「どうかした?」


 そうして書店への道を歩いていた時のこと。夢月が足を止めた。

 横断歩道ではない歩道で、美星は慌てて立ち止まる。そして、幼馴染の顔を覗き込んだ。


「夢月?」

「なあ、美星。あれ、何だと思う?」

「《《あれ》》?」


 夢月が何を見ているのか、わたしのいるところからは見えない。彼の肩を借りて背伸びをすると、わたしの目にこの世のものとは思えないものが見えた。


「何……あれは……」

「子ども、にしては小さすぎるよな」


 夢月の言う通り、それは子どもにしては小さすぎる。遠近法の成果とも思ったけれど、違う。手のひらサイズのぬいぐるみとさほど大きさが変わらない女の子だ。

 そんな小人のような女の子が、公園の花壇に座っている。白銀の髪に夕焼けが色をつけ、ふわふわと風に動かされていた。

 わたしたちは顔を見合わせ、周囲を見回す。まだ公園で子どもたちが遊んでいてもおかしくなかったけれど、誰の声も聞こえない。丁度歩いている人もおらず、周辺にいるのは自分たちとその不思議な女の子だけらしかった。

 わたしたちはどちらともなくその女の子に近付いて行く。先に声をかけたのは、夢月だった。


「……なあ、そこのちっさい女の子」

「――ひあっ!?」

「お、驚かせてごめんね……?」


 夢月に声をかけられ、女の子は相当びっくりしたみたい。悲鳴を聞いて夢月の方が目を丸くして驚いていたから、わたしが後を繋いだ。しゃがんで、出来る限り女の子と目線を合わせる。


「わ、わたしは宿姫美星。こっちは、日向夢月。あなたのお名前は?」

「しゃ、シャリオ」

「シャリオちゃんね。シャリオちゃん、見た目からして人間じゃないように見えるんだけど、一体何者……」

「美星!」

「わっ」

「ぎゃんっ」


 名前を呼ばれたと思った途端、後ろに引っ張られた。思いっ切り何かにぶつかって「ごめんなさい」と顔を上げたら、夢月がわたしを見下ろしている。わたしが背中をぶつけたのは、夢月だったらしい。


「……へ?」

「ごめん、美星。危ないと思って腕引いた。あとこの子も……咄嗟に掴んでた」

「掴んで……」

「きゅうぅ……」


 夢月の手に体を握られたシャリオちゃんは、目を回している。わたしがツンツンとほっぺをつつくと、ハッと目を覚ました。


「しゃ、シャリオは何を……」

「シャリオ、気絶させて悪かった。起きたところで悪いんだけど、《《あれ》》が何なのか教えてくれないか?」


 あれと言って夢月が示したのは、見たことのないもの。ただ殺意だけを感じて、わたしの心臓は夢月に触れたドキドキから恐怖へと切り替わっていた。

 シャリオは夢月の指差すものを見て、顔を青くした。どうして、と唇が動く。


「あれ、は……デメア! どうしてここに……」

「デメア?」


 公園の入り口に突如姿を現したのは、濃い煙のような物体。四肢が生え、ぼんやりと豹の形をしている。真っ赤に燃える瞳がわたしたちを見て、細められた。


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