先に逝くけど…ずっと愛してるよ
悲しいけれど不思議なお話ののち、ハッピーエンドになります。
私の住んでいるところから、少し離れた港町に『黄泉の噴水』と呼ばれている場所がある。
百年ほど前、海運業界が栄えて外国との交易で外国人がたくさん移り住んだ町にその噴水はある。
いつ誰が造ったのかは知られていないけれど、最近になって不思議な現象が起きるということでネットで広く知られるようになった。
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私は高校を休んで、その噴水の真偽を確かめようと海沿いの景色を眺めながら電車に揺られている。
「は~、本当なのかなぁ」
大きなため息を付きながら、ネットで調べた情報が真実であればいいなぁと思っている。
膝の上には、小さな紙袋。
私の好きなピンク色のリボンがついた小さな箱が紙袋の中には入っていた。
「あっくんに会えるかなぁ」
不安を胸に私はその紙袋をギュッと両手で握り締める。
あっくんは、私の幼馴染の男の子で同じ高校に通っている。
弓道部に所属していて、背も高い。
弓に矢をつがえて射る姿はとても凛々しくて私は大好きだ。
二週間前。
いつものように帰り道、駅で「また明日ね」と言ってお別れをしたのが最後。
あっくんは、交通事故に巻き込まれて亡くなってしまった。
あっくんに告白されて付き合い出したのは、中学生の時だ。
私たちはもうすぐ、お付き合い五年という仲良しカップルで、まわりからいつも微笑ましいし、羨ましいと羨望の眼差しで見られているようないつまでもアツアツの彼氏彼女だ。
あっくんのことを思い出すと、幼稚園時代の涙もろいあっくんや、小学校で困っているといつも助けてくれたあっくん、一緒に受験勉強をしたあっくん。
次々、思い出してしまって電車の中だというのに、涙がこぼれてしまう。
「うぅ、今は泣いちゃダメ」
私は、自分に言い聞かせながら、目が腫れないように細心の注意を払う。
『黄泉の噴水』であっくんに会えるかもしれない。
泣き顔なんて見せたら、あっくんが安心してあの世に行けなくなってしまう。
そう思って、私は袖口でゴシゴシと目を軽くこする。
『黄泉の噴水』
ネット情報によると、亡くなって四十九日が経つ前の満月が噴水に映り込んでいる間、亡くなった人に逢えるらしい。
満月の周期は約二十九日。
だから、亡くなった人が死んで四十九日して忌明けしてしまうと噴水に行っても逢えないから、会えるチャンスは一度きりと書かれていた。
あっくんのご両親や妹ちゃんにも噴水に行こうと声をかけたけれど、まだあっくんの死を受け止められていないし、やることがあるから行けないと言われてしまった。
でも、しっかり伝言は預かっている。
もし逢えたなら、ご家族の分まで伝えてあげたい。
そんなことを考えていたら、目的地に夕方には到着することができた。
早めの夕ご飯を近くのファストフード店で食べて、あっくんに逢えたら伝えるメモを何度も読んで暗記して、その時を待った。
■■■
夜がやってきた。
日が暮れてから、満月が空高く昇って噴水に映り込むのを今か今かと待つ。
噴水の傍には、いつの間にか人が集まり始めていた。
「こんなに人が来るなんて…遠方から来ている方もいるのかな」
ハンカチで目元を押さえながら、泣いている外国人も見かけた。
ひょっとして僅かな希望を胸に会いたい人に逢う為に、飛行機に乗って国を越えてここまでやって来たのかもしれない。
その時。
「お母さんだ!!」
一人の小さな三歳くらいの男の子が噴水に向かって叫び出した。
どうやら、会いたい人が映し出される時間になったようだ。
男の子は母親が死んだことを理解できていないのだろう。
無邪気な笑顔で、噴水の中にいる母親に父親に道中買ってもらったという車のミニカーを見せている。
そこそこ大きい噴水に、立ったままの人もいれば噴水の周りの地面に両膝をついて、水面にギリギリまで顔を近づけている人もいた。
「よし、私も…。あっくん!! あっくん!! サキだよ!!」
私も噴水の水面を上から覗き込むようにして、逢いたいあっくんの名前を何度も呼ぶ。
あっくんの名前を呼んでから、数秒すると私の名前を呼ぶ声が水の中から聴こえてきた。
「サキちゃん! サキちゃん!!!」
「あっくん!!」
目の前の水の中には、大好きだったあっくんがいた。
「あっくん!! 会いたかったよ。とっても!!」
「俺もだよ。ごめんね、こんなことになって……サキは元気にしていた?」
「うん。元気にしているよ」
本当は、元気なんかじゃない。
毎日毎日、あっくんを思い出して涙を流しているけれど、最後くらい笑顔で会いたい。
あっくんを安心させたい私は精一杯のやせ我慢をしながら元気だと答えた。
「サキちゃん…嘘ばっかり。鼻の穴が大きくなったから、嘘ついているってバレているよ」
「もう…せっかく元気な私を見てもらおうと頑張っているんだから、そういうこと言わないの!!」
「そんなサキちゃんが大好きなんだけどね」
「……私も大好きだよ、あっくん…私を置いていくなんてひどいじゃない」
「ははは。そうだね。俺もまさかこんな若さで死んでしまうとは思っていなかったんだけどね」
あっくんの気持ちを考えれば、いきなり人生が終わってしまったのだから心残りもあるはずだ。
「俺ね…サキちゃんとずっと一緒にいたいと思っていたよ。心から愛しているんだ」
「うん、私も愛しているよ」
「幼稚園の時にさ、サキちゃん結婚しようねって言ったの、覚えている?」
「もちろん、覚えてるよ」
私は叶わない夢を語り始めたあっくんの気持ちも、自分の行き場のない気持ちもどうしたらいいかわからずに、静かに水面に涙を落とした。
「サキちゃん…お願いだから、泣かないで。先に逝ってしまった俺が言うのもおかしいけどさ」
「うん、わかっているんだけど涙が出ちゃうの…」
「そうだよね…」
水面に映るあっくんが私の頭を撫でようと腕を伸ばしてくるけれど、その手が私の頭に触れることはなかった。
「あ! あっくんに聞きたいことがあったんだった!!」
私は、あっくんと話している間に伝えないといけないことを思い出す。
「ねぇ、この紙袋って……あっくんのお母さんが渡してくれたんだけど」
「あぁ!! 良かった! 受け取ってくれたんだね。 これはね、サキちゃんと交際5周年のお祝いに買ったプレゼントなんだ」
あっくんが交通事故に巻き込まれた時は、このプレゼントを買った帰り道だったとお母さんが話していた。
手に持っていた紙袋は、放り出されて歩道の植栽の上に乗っていたらしい。 少しだけ紙袋がしわくちゃなのは、事故に遭った時の衝撃を少なからず受けたらしいと言っていた。
「ねぇ、サキちゃん。包みを開けてみてくれる?」
「うん、開けるね」
紙袋の中から、少し凹んだ小さな包みを取り出し、ピンクのリボンをほどく。
蓋を開けると中には、恋人同士がペアで使うペンダントが入っていた。
「これね、サキちゃんと俺と二人で身につけたいなと思って買ったんだ。どう?」
「うん!! 気に入った!! ありがとう、あっくん!!」
手のひらに乗せたペンダントを噴水の水に映っているあっくんにも見せる。
お月様のペンダントで、二つを合わせると満月の形になる。
「ハートのペンダントと迷ったんだけど、二人とも空が好きだからお月様のペンダントにしたんだ」
「うん! 素敵だね!!」
私が喜んで、本来なら二人で身につけるべきペンダントをあっくんに見せると、あっくんが少し眉を下げて申し訳なさそうに気が付いたことを言う。
「サキちゃん、ごめん。片方のペンダントは…事故のせいか歪んでしまってるね。その歪んだペンダントを俺がもらおうかな」
あっくんがそう言うので、よくよく一対になるお揃いのペンダントを見比べると、確かに片方だけ真っ直ぐではなくて歪んでしまっていた。
「そんなこと、気にしなくてもいいのに…。私はあっくんとお揃いなだけで、嬉しいんだよ」
「優しいね、サキちゃんは。ほら、歪んでいるペンダントを頂戴!」
あっくんが片方のペンダントを渡すように催促してくるから、私は歪んでいる方のペンダントを噴水の水の中に沈める。
「あっ」
不思議なことに持っていたはずのペンダントが、静かに消えていく感覚があった。
慌てて水の中を覗きこむと、映し出されたあっくんがペンダントを手に持って見せてくれる。
「わぁ。不思議だね!!」
「本当だね」
そう言いながら、二人でペンダントを片方ずつ身に着けた。
それから、忘れないうちにあっくんの家族から渡された手紙もカバンから取り出す。
「あっくん。これはご家族のみんなからだって。『私たちの子供に生まれてきてくれてありがとう』っておばさんもおじさんも言っていたよ」
「そうか……親より先に逝って悪かったって。でも愛情をたっぷり与えて育ててくれて本当に感謝しているって伝えてもらえるかな? 十分、幸せだったよってね」
「わかった。必ず、伝えておくね。はい、手紙を今から渡しま~す!!」
少しでもしんみりとしないように、わざと元気な声でご家族から預かった手紙を水の中に入れると、それも一瞬のうちに消えてしまった。
「あっくん! 手紙、受け取った?」
「うん、ほら見て! ちゃんと受け取ったよ!!」
「本当だ!! 待って待って!! 証拠の写メ撮るから!」
私はスマートフォンを慌てて取り出すと、水面の中の手紙を手にしているあっくんをパシャリと撮影する。
「ほら、あっくん。私も一緒に写真撮りたい!!」
「いいよ」
「「はい、チーズ」」
これが私とあっくんの最後の写真となった。彼の首にはきちんとペンダントが写っている。
「あっくん、そろそろ時間かな。忘れ物はない? 手紙もペンダントも持った?」
「うん、持った」
これが本当に最後の別れだと意識すると、急に胸が締め付けられる。
でも、泣かないように涙をこらえるけれど上手くコントロールはできなかった。
「ねぇ、サキちゃん。…俺がいなくなっても、将来、出逢って…サキちゃんを幸せにしてくれる人が現れたら、遠慮せずに結婚していいからね」
「……そんな将来のことなんてわからないよ。あっくん以上の人に逢えるかわからないし」
「サキちゃん。俺の身体は無くなるけれど、心はいつも寄り添っているから。大丈夫だよ。必ず…また逢えるから。信じて。会いに行くからね」
「……わかった。意味はよくわからないけれど、あっくんは嘘つかないし、信じるよ。また逢おうね」
「うん、大好きだよ。サキちゃん」
「私も大好きだよ。あっくん」
私は水面に顔を近づけて、あっくんとキスをしようとする。彼も顔を近づけてくれたから、きっとキスは成功したのだろう。
その言葉を最後に、噴水の水の中にいたあっくんが優しく微笑むと、その後は姿を消してしまった。
■■■
あっくんが亡くなって六年が過ぎ、私は社会人になった。
首にはあっくんからもらったペンダントを今も身に着けている。
『黄泉の噴水』に行った日。
本当にスマートフォンに撮った写真にはあっくんが写っていた。彼の首にももう片方のペンダントが写っていたのを私は確認していた。
それなのに、『黄泉の噴水』から自宅に帰ると、あっくんと最後に撮影した写真はあるのに、写真の中から首元につけたはずのお揃いのペンダントは消えてしまっていた。
きっとあの世に行くときに金属は良くなかったのかもしれない。
没収されてしまったのだろう。そんな風に考えるようにしていた。
そんなある日。
「ねぇ、今日から配属になった鈴木さん見た? とってもイケメンなのよ!!」
同じ会社の女性陣が新しく配属になってやってきた社員に色めきだっていた。
事務所の部長が朝礼の時に、新しくやってきた鈴木さんを紹介する。
「初めまして。新しくこちらの配属になりました鈴木です。どうぞ宜しくお願い致します」
はつらつとした姿で話しながらも、爽やかな笑顔の男性社員だった。
その男性の目が合った瞬間。
身体が…心の中で何かが打ち震えるような感覚に襲われる。
何だろう…体調悪くはないと思うんだけど…。
首を傾げた私は、鈴木さんがずっと私の方を見ていることに気が付いていなかった。
■■■
鈴木さんと一緒に働くようになって半年。
私たちはお付き合いを始めた。
鈴木さんからの猛烈アピールと、私も鈴木さんの優しさと温かさに居心地良さを感じて、あっくん以来、久しぶりにお付き合いする彼ができた。
そんな鈴木さんが、ある日。プロポーズをしてくれた。
「さきさん。ぼくと結婚してください!」
「えぇ、こちらこそよろしくお願いいたします!」
私たちの交際は順調で、結婚することになった。
プロポーズをしてくれた日。
鈴木さんがホテルの一室を借りたというのでディナーを食べた後、部屋に少しだけ寄ることにした。
「さっきはプロポーズを受けてくれてありがとう。でも、その前に話して置かないといけないことがあるんだ」
鈴木さんは、胸元のボタンをはずしながら神妙な面持ちでシャツを脱ぎ始めた。その指先を見ていた私は、目が釘付けになった。
「えっ?!」
「ごめん…驚いたよね。実は昔、心臓が弱くてね、心臓移植をしたことがあるんだ」
鈴木さんは胸にある手術創を見せてくれる。肌が引きつれている場所もあり、大きな手術だったということは一目でわかった。
でも、私が驚いて声を発したのは手術創のせいではない。
震える指先で、彼の首元に指を這わせる。
「これ…どうしたの?」
私は、見覚えのあるあっくんに渡したはずの歪んだペンダントがなぜ鈴木さんが持っているのか、わからなかった。
確かに噴水の水の中に入れて…一緒に写真にも写っていた。でも、次の日には写真から消え去ってしまったそのペンダントが、今、目の前にある。
「あぁ、これもねぇ…不思議なんだけど、心臓移植の手術が終わったら、なぜか病室の枕元にあったんだって」
「……うそ……」
私は、久しぶりに見つけた失くし物に驚き、言葉がうまく発することができない。震える手でそっとペンダントを撫でると、確かに歪みがある。
「……あっくん?……」
私は、つい鈴木さんに向かってかつての恋人の名を口にしてしまった。
それでも鈴木さんは嫌な顔をすることもない。
「……なんだか胸が締め付けられるんだ、さきさんを見ていると。大切にしたくて……渇望していた人に出逢ったような感覚に陥るんだ」
「まさか……あっくん、ここにいるの?」
私は鈴木さんの手術創にそっと手をのせる。
”サキちゃん…また逢えたね”
手のひらから、鈴木さんの体温に加えて切ないほど懐かしい声が聴こえたような気がした。
「さきさん…この心臓の持ち主を知っているの? ぼくは彼のおかげで…生きながらえることができたんだ」
「えぇ、知っている人よ。彼は優しい鈴木さんと共に生きてきたのね」
「そうなのか…だから、さきさんを見た時から心臓が騒がしかったんだね」
それから、私はあっくんが亡くなった当時のことを思い出した。
あっくんのご両親はあっくんの生前の意思により、ドナーになるため病院に残る必要があったため、『黄泉の噴水』には行けないとは説明していなかっただろうか。
ご両親が詳しく語らなかったからわからなかったけれど、あっくんは臓器提供することにより、まだ誰かと一緒に生きているのかもしれないと、今、やっと気づくことができた。
「さきさん、この心臓を提供してくれた人の気持ちと一緒に君を幸せにしてもいいだろうか」
鈴木さんは、私の両手を取りもう一度プロポーズをしてくれる。
「えぇ、鈴木さんと引き合わせてくれたのは、あっくんのような気がします。こちらこそどうぞ宜しくお願い致します」
私は溢れ出る涙を袖口でゴシゴシとこすり、鈴木さんの胸に飛び込んだ。
今日、鈴木さんがプロポーズしてくれた日は、あっくんと交際を始めた日でもある。
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