第6話:ダンジョンは見ている
暗い。息が詰まる。
それでも、歩く。
誰が決めたんだ、このルート。
俺たちは今、**「ダンジョンの外周マップにはないはずの通路」**を進んでいる。
「やっぱり変だよ……このルート、公式の地図にも、探索記録にも載ってない……」
凛子の声が震えていた。
彼女の“因果読解”が警鐘を鳴らしている。
「ここに行くと、誰かが“変わる”——そんな感じ」
どういう意味だ? と問い詰めたが、凛子は答えなかった。
その沈黙が怖かった。
「待て。こっちは一旦、引き返した方が——」
と、白石が言いかけたときだった。
「……お兄ちゃん?」
その声に、白石が凍りついた。
「え?」
俺も、聞いた。間違いない。
少女の声。しかも、白石の妹・柚葉のものに聞こえた。
「白石、お前今——」
「聞こえた……今の、絶対、柚葉の……」
白石は斧を構え、声のした方へ走った。
止める間もなかった。
「おい、待て! 罠かもしれ——!」
走る白石の背中を見ながら、俺は理解していた。
あいつは、自分を縛ってるんだ。
罪悪感と後悔、そして……「償い」という名の戦いで。
「響……行こう。私たちも」
明莉が小さくつぶやいた。
その表情がどこか険しく見えたのは、気のせいじゃない。
このダンジョンが、何かを“呼び寄せて”いる。
人間の心の底を、えぐり取って晒すように。
「お兄ちゃん、どうして、わたしを置いていったの?」
まただ。
声が聞こえる。今度は、すぐそこから。
声の方向に曲がると、そこに立っていた。
少女。黒いワンピース。微笑み。
……柚葉に、そっくりだった。
「っ……!」
白石が、固まっている。
それを見て、少女はニコリと笑って、こう言った。
「——また、私を置いていくの?」
次の瞬間、空間が歪んだ。
そして“柚葉”が変わった。
顔が割れ、手が獣のように伸び、背中からは骨の翼。
“人”ではない、なにか。
ダンジョンが作り出した、擬似生命。
——もしくは、“意思”が化けたもの。
「白石! 目を覚ませ、そいつは——!」
しかし白石は斧を構えて言った。
「いいや、斬るさ……たとえこれが、柚葉であっても」
彼の目が燃えていた。
それは、決意という名の焔。
「——俺はもう、逃げない」
次の瞬間、斧が空を裂いた。
そして“柚葉”が笑う。
「やっぱり、お兄ちゃんは私を——」
その刃が叩き込まれた瞬間、空間がまた、歪んだ。
——場面が、切り替わる。
俺たちは、いつの間にか別の階層にいた。
周囲に光もなく、ただ「意識だけが浮かぶ」空間。
……このダンジョン、“生きている”——?