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第5話:白石朔也という男 〜斧を握る理由〜

——やり直せるなら、きっとあのときだった。


 妹を置き去りにしてしまった、あの瞬間。

 叫ぶ声が、焼きついて離れない。


 


 「待って……兄ちゃん……行かないで……」


 


 俺は、逃げた。


 なぜかって?

 あのとき、俺はただの高校生だった。いきなり現れた化け物に、震えが止まらなかった。


 それでも、逃げたことを後悔していないなんて言わない。

 俺は——


 人殺しじゃない。けど、“見殺し”にした男だ。


「……はぁっ、はぁっ……」


 息を切らせて走る。斧を握った手がまだ震えてる。

 でも、今は迷わない。


 目の前に立っていたのは、同じ高校生に見えた。けど——

 その瞳にあったのは、ただの人間じゃない何か。火だ。戦う者の目。


「お前たち、覚醒者か?」


「ああ」


 その短い返事に、俺の中で何かがはじけた。


「良かった……! やっぱり、俺だけじゃなかったんだな……!」


 本当に、心の底から出た言葉だった。

 “戦える”やつが他にもいる。ただそれだけで、少しだけ安心した。


 ……でも、それと同時に思った。

 こいつらは、妹の代わりにはならない。


 代わりにはならないけど——俺は、もう誰も置いていかないって決めたんだ。


 そうだろ、凛子。


 


「……白石、また顔が“怖い時”になってるよ。落ち着いて」


 


 隣で肩を叩いてくる凛子。

 いつもおどおどしてるけど、俺がブレーキ外れそうになると止めてくれる。


 まったく、相変わらず妙な才能だ。

 “因果読解”とかいうスキルも、最初は全然役に立たないと思ってた。


 でも、このダンジョンで彼女が視た“もの”は——


 


「……この人たちの誰かが、いずれ“裏切る”。見えたの。血の上に、片方の剣だけが落ちていた」


 


 そんなこと、言わなくていいだろ……

 今はただ、“一緒に戦ってくれる”ことに感謝しておけばいいんだ。


 でも。


 「白石くん……」


 俺の肩をそっと掴んで、凛子が言った。


 「……妹さんの声、まだ夢に見るんでしょ?」


 言われた瞬間、喉の奥が詰まった。


 泣けるほどじゃない。でも、胸の奥が苦しい。

 まるで、誰かが心臓を握っているみたいに。


 「……ごめん、凛子。

 でも、あいつのためにも——俺は、ここで生きて、強くなる。

 あの時、助けられなかった分、今度は誰かを救うんだ」


 「うん。……それなら、私も隣にいるよ。白石くんが止まれなくなったときは、私が止めるから」


 「……へへ、頼りにしてる」


 このダンジョンには、まだ何かが潜んでいる。

 そして俺たちは、きっと——


 “その意思”と、向き合うことになる。


 


 今度こそ、俺は逃げない。

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