第1話:その日、新宿は口を開けた
朝の新宿駅は、いつも通りだった。
人波がぶつかり合い、スマホを見ながら歩くOL、目を充血させたサラリーマン、修学旅行の中学生の集団、そして、予備校帰りの俺——神薙響。
日曜の昼間、JR新宿駅・南口改札前。
俺は参考書の詰まったトートバッグを肩にかけ、帰りのルートを思案していた。
「んー……ちょっと飯でも食ってから帰るか。いや金ないな。いやでも腹減ったし」
俺の脳内会議が決裂しかけた、その瞬間だった。
──ゴゥン、という重低音が地の底から響いた。
何かが、軋んだような。地面が……揺れている?
電車の通過音でも、地震でもない。もっとこう、腹の底に響く、不快な振動。
「……っな、何だ、今の……?」
周囲の人々も異変に気づき始めた。
誰かが叫ぶ。「天井! 崩れるぞッ!!」
次の瞬間だった。
──ドォォォン!!!
南口の地下通路が、崩落した。
瓦礫と鉄骨が音を立てて落ちてくる。電灯が吹き飛び、アスファルトがひび割れ、スマホが宙を舞う。
人々の悲鳴が、パニックが、混乱が渦を巻く。
そして俺は、暗闇の底に吸い込まれた。
***
……目を覚ましたのは、どれくらい経った後だっただろうか。
天井が……青い?
いや違う、天井なんてない。見上げた先には、薄暗い洞窟のような天井と、不気味に光る紫色の“何か”が浮かんでいた。
「……どこだ、ここ……?」
さっきまでいた新宿駅の南通路は消えていた。
目の前に広がっているのは、まるでゲームや小説で見たようなダンジョンのような空間。
石造りの床。左右に延びる洞窟状の通路。異様に湿った空気。そして、何より——
「……人の気配が、ない」
まるで俺一人だけがここに放り込まれたような、奇妙な孤独感。
だがすぐに、その静寂は破られた。
ギシャアアアアア!!
背後から、耳障りな金属音と咆哮が響く。
振り返ると、そこには**人型ではない“何か”**が立っていた。
全身が骨のような外装で覆われた、4足歩行のクリーチャー。
目が合った瞬間、それは走ってきた。
「——ッやべぇ!」
咄嗟に避けた。足がもつれ、転倒。背中を擦ったが、何とか致命傷は避けた。
それでも、逃げる先は壁。武器もない、何もない。
俺はもう一度、振り向く。
クリーチャーは距離を詰めてくる。口元から粘液を垂らしながら。
死ぬ。
そう思ったその瞬間だった。
——ドクン、と心臓が脈打った。
視界が赤く染まり、血の気が引くような感覚。
どこからともなく言葉が、俺の脳に直接響いた。
>《スキル《魔装剣》を習得しました》
>《条件達成:対象“グール型魔物”に対する殺意を確認。戦闘モードへ移行します》
「な、何だよ、これ……!?」
右腕に、黒く輝く剣が出現していた。柄も、鞘もなく、まるで身体の一部のような剣。
しかし今の俺にとって、それは——
「これで……戦えってのかよ……!」
敵はもう目の前だ。逃げられない。叫びながら、俺は初めてその剣を振った。
——刹那。
骨の怪物は、一閃で真っ二つになった。
沈黙。
息が荒れる。剣は、いつの間にか霧のように消えていた。
「……なんで……なんで、こんなことに」
足元には、異形の骸と、紫色の光を放つ**“結晶体”**。
その瞬間、俺は理解した。
ここは、もう“新宿”ではない。
ここは、異常な**“ダンジョン”**だ。
そして俺は——覚醒者になった。