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異世界の聖女を母に持つ私は、亡国の姫として生き延びる  作者: 雪沢 凛
帝都見聞

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(97) 太陽街の序曲

 ヴェロニカに導かれ、サイラスとエレは屋敷の外へと足を運んだ。

  外では、無駄な装飾を排した堅牢な馬車がすでに待機しており、その周囲には帝国の軍服を纏った護衛たちが無言で立ち尽くしている。


「まずは『太陽街区』へ向かいます。そこから徒歩での巡回に切り替える予定です。」

 ヴェロニカの声はいつも通り淡々としており、二人に余計な感情を挟むことはなかった。


「護衛たちは周囲で待機し、行動には介入しません。気にする必要はありません。」


「いと周到なる配慮よ、感謝するぞ。」

 サイラスが軽く笑って返すと、ヴェロニカはそっけなく頷き、乗車を促す仕草を見せた。


 しかし、サイラスはそのまま馬車に乗ることはなく、ふと振り返った。

  その視線の先には、玄関の前に立つノイッシュとアレックの姿があった。


「そうだ。乗る前に言っておかないとな。」

 サイラスはわずかに口角を上げ、軽やかな口調で続けた。


「さっき“落ちこぼれ騎士”なんて言ってたけど、あいつらは本当によくやってくれてる。馬鹿にするのはやめてやってくれ。」


 ヴェロニカの目が細くなり、サイラスを見据える。


「そうかしら?」

  その口調には、どこか試すような色が混じっていた。


「当然さ。」

  サイラスは笑みを深め、軽く肩をすくめる。


「じゃなきゃ、今まで俺と一緒に生き残れるわけないだろ?」


 その言葉に、ノイッシュとアレックの顔が一瞬だけ強張ったかと思えば、すぐに誇らしげな笑顔へと変わった。


「聞いたか、アレック? 殿下が褒めてくださったぞ!」


「まったくだ、これで今日一日機嫌よく過ごせそうだ。」


 ヴェロニカは鼻を鳴らすようにして視線を逸らす。

「別に、腕がないとは言ってないわ。事実を言っただけ。」


「それが同じことだって言ってんだよ、密偵の君よ。」

 アレックが苦笑混じりに突っ込みを入れる。


「言い合いはその辺にしておいて、そろそろ行くぞ。」

  サイラスが手を軽く振りつつ、エレの方へと向き直った。


 彼は手を差し出し、柔らかな笑みを浮かべる。

「じゃあ、行こうか?」


「ええ。」

 エレは優雅に頷き、その手を取って馬車へと乗り込んだ。


 サイラスもその後に続き、最後にヴェロニカが乗車し、無言で扉を閉める。


 車輪が静かに軋みを立てて動き出す。

 馬車は、帝都の中心部にある最も活気ある場所、太陽街区へと向けて進み始めた。

  陽光が街路の石畳に反射し、すでに遠くから人々の賑わいが聞こえてくる。


 ——この見聞の旅は、まだ始まったばかりだ。


 馬車は静かに揺れながら、帝都の石畳を踏みしめる蹄音を響かせていた。

  窓の外にはまだ目覚めたばかりの街が広がり、市場から届くざわめきが、車内の静けさと緩やかに交じり合う。


 サイラスは窓辺に肘をつき、頬杖をついたまま外を眺めていた。

  無表情な横顔に興味の色は薄く、その姿はまるでこの道中に何の期待も持っていないかのようだった。


 その隣に座るエレが、少し首を傾げながら彼を見つめる。

「……まだ、さっきのこと考えてるの?」


「何のことだ?」

  サイラスは気の抜けた声で答えるが、視線は窓の外から動かなかった。


「さっき、騎士たちを庇ったでしょ?」

  エレはくすっと微笑みながら、どこかからかうように言った。


 サイラスはようやく口元を緩め、苦笑交じりに答えた。


「当然だろ。卒業以来ずっと俺についてきてるんだ。辺境にまで同行してくれた奴らを、目の前で貶されたまま黙ってるほど無神経じゃないさ。」


 その言葉に反応したのは、馬車の向かいに座っていたヴェロニカだった。


「……単なる意地にあらずや?」

 腕を組んだまま壁にもたれるように座る彼女は、冷ややかな視線でサイラスを見つめる。


「あなたが他人のことをそこまで気にするなんて、珍しいと思っただけ。

  さっきの反応――あれは、私の言葉にカチンときただけじゃないの?」


 サイラスはようやく窓から視線を戻し、眉を軽く上げた。

「秘密機関の者ともなれば、性格の探りまで職務に含むのか?」


「当然。護衛任務には、対象の性格を理解することも含まれる。」

  ヴェロニカは一歩も引かず、淡々と返す。


「なら、お前の分析結果は?」

 彼の問いに、ヴェロニカはわずかに目を細めた。


「あなたは権力に興味はない。けれど、身近な人間には意外と責任を感じている。

  少なくとも、他人が思っている以上に、仲間を重んじるタイプ。」


 エレの瞳がわずかに開かれ、その分析に驚きを隠せなかったようだ。

 だが当のサイラスは、しばしの沈黙の後、ふっと小さく笑った。


「そは稀有なる評よ。」


「されど、結局は流れに乗るのみではないか?」

  ヴェロニカの言葉には、探るような鋭さが滲んでいた。


 サイラスは肩をすくめると、相変わらずの調子で言い放つ。

「……今日は気分次第ってとこかな。」


 一瞬、車内に静寂が戻った。

  馬車の車輪が石畳を叩く音だけが、心地よい振動とともに耳に届く。


 エレが静かに口を開いた。

「それにしても、カインって名前、思ったより有名みたいね。」


「ただの旅商人が覚えてただけさ。名声とは違う。」

  サイラスは窓に目を戻し、気怠げに言った。


「そうだとしても、慎重に行動すべきです。」

  ヴェロニカが遮るように続ける。


  「帝国内の各勢力は、今あなたの一挙手一投足に注目している。些細な行動が、思わぬ影響を生むこともある。」


「ずいぶん俺の心配をしてくれるじゃないか?」

  サイラスが斜めに笑いながら彼女を見やる。


「任務が煩わしくなるのが嫌なだけ。」

  ヴェロニカはきっぱりと言い放った。


 その返しに、エレが思わず笑みを漏らした。


 どこか張り詰めていた空気が、わずかに和らぐ――

  けれど、その下では、静かに火花が交わり続けていた。

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