表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界の聖女を母に持つ私は、亡国の姫として生き延びる  作者: 雪沢 凛
帝都見聞

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

95/194

(95) 邂逅と再会

 サイラスとエレが並んで階段を下り、大広間に差し掛かろうとしたとき——

  すでに扉の向こうから、火花を散らすような言い争いが聞こえてきた。


「まったく、ブレストの騎士団は忠義に篤いようだな。」


「当然だ。我らは“監視役”なんかじゃない。殿下の“本物の護衛”だ。」


「ふぅん?“監視役”と申すか? つまり、自分たちの地位には自信がないってことかしら?」


 女性の冷ややかな声と、二人の騎士の声音が鋭く交錯する。

  大広間の空気はピリピリと張りつめていた。


 エレはサイラスに視線を向ける。

  「……何が起こってるの?」


 だがサイラスは微笑みを浮かべ、肩をすくめるだけだった。

  そのまま悠然と足を踏み入れる。


 案の定、彼の予想は的中していた。

 ノイッシュとアレックが片側に立ち、不満げな表情で睨みを利かせている。

  そして彼らの向かいに立つのは、漆黒のショートケープに身を包んだ軍装の女性——


 彼女は背筋を真っ直ぐに伸ばし、腰には剣帯、手には淡い色の手袋。

  まるで護衛というよりは、いつでも戦闘可能な“監視者”そのものだった。


 短く整えられた黒髪が肩にかかり、サイドに流れた長めの前髪が灰色の瞳を強調する。

  その鋭い視線は、まるで相手の内側までも見通すようだった。


 彼女がサイラスに気づいた瞬間、先ほどの不快感を含んだ表情がピタリと止まり、代わりに静かな警戒心が宿る。


「……朝から賑やかだね。」

  サイラスは眉を少し上げ、軽く笑いながら言った。

「何があったの?」


 女性は冷静な動作で一礼し、口調も丁寧に言葉を返した。

「サイラス殿下。おはようございます。」


 だがその声音には、歓迎の色がまったくなかった。

  どころか、ほんのりとした嫌悪すら混じっている。


 サイラスの視線に困惑の色が浮かぶ。

  ——誰だ、こいつ?


 彼は確信していた。

  この女とは面識がない。少なくとも、記憶に残るほどの印象はなかった。


 だが、彼女の態度はまるで旧知の相手に向けるような、妙に馴れた苛立ちを孕んでいた。


「この方はヒルベルト様が“監視役”として派遣した、ヴェロニカ嬢だ。」

 ノイッシュは皮肉めいた口調で言った。

「そして彼女の第一声が、『お前たちは辺境へ帰れ』だった。」


「誤解を招かないでほしいわ。」

  ヴェロニカは感情を抑えた声で言い返す。


「ここは帝都。地方騎士を二人も連れて歩くのは目立ちすぎる、というだけの話よ。」


「傲岸なるかな。されば、未だ婚約なきも宜なる。」

 ノイッシュがあからさまに嘲るように肩をすくめる。


 ヴェロニカの灰色の瞳が鋭く光る。

「……で、君の婚約者はどこにいるのかしら?」


「俺のことは関係ないだろ!」

 ノイッシュが食ってかかろうとしたところで、アレックが小さく咳払いする。


「お知り合いだったのか?」

  サイラスが眉をひそめ、疑問を口にした。


「覚えてないんですか?」

 ノイッシュとアレックが同時に目を見開く。


「……全く記憶にない。」


 サイラスは正直にそう言い、再びヴェロニカの顔を見つめる。

  記憶を掘り起こそうとするが——やはり何も浮かんでこない。


 その言葉に、ヴェロニカの表情がわずかに引きつる。

  「完全に忘れられている」ことへの屈辱がその瞳に宿る。


「……ああ、そうだったな。“万年三位”だよ。」

 アレックが低く呟く。


「軍学校の成績で、ずっと殿下とエドリック殿下の後ろにいた、あの“第三位”です。」

 ノイッシュが言葉を継ぐ。


「いつも一位と二位を競ってたあんたらの後ろで、どう頑張っても届かなかった“影の実力者”……が、彼女だ。」


「……そんなの、いたか?」

  サイラスは記憶を手繰り寄せるように、月長石のピアスを指で触れる。


「学園の連中なんて、当時はあんまり関心がなかったからな。」

 彼は腕を組み、もう一度ヴェロニカを見た。


「三位ってことは、実力は確かってことだ。悪いけど、本当に覚えてない。」

 彼は素直に認めた。


「しかも女性だったとは……珍しいな。」


 その言葉に、ヴェロニカの口元がピクリと引きつる。

  感情を抑えているのがありありと見て取れる。


 ノイッシュは吹き出しそうになりながら言った。

「然り、記憶せぬのも宜なる。あの頃の彼女、髪は殿下より短かったし、言葉遣いも俺らより荒かった。完全に男扱いだったもんな。」


 アレックも苦笑いを浮かべた。

「貴族の坊ちゃん連中は“アルジェロの坊ちゃん”って呼んでたぐらいだからな。」


 サイラスは興味深そうに眉を上げた。

「へぇ、それはまた面白い話だ。」


 彼はもう一度ヴェロニカを見つめる。

 ——今の彼女は、確かに過去の“軍学校の誰か”とはまるで印象が違う。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ