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異世界の聖女を母に持つ私は、亡国の姫として生き延びる  作者: 雪沢 凛
第三章:皇権の盤上

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(82) 月長石の誓い

 客間には、彼とエレのふたりだけ。

  いつになく静寂な空気が流れ、だがその静けさの奥には、言葉にできない感情が確かに息づいていた。


 エレは何も言わずに手を差し出す。

  その手のひらの上には、見覚えのある月長石のピアス——かつて彼が手渡したあの飾りが、静かに横たわっていた。


「これ……やっぱり、あなたがつけていたほうがいいと思うの。」

  彼女の声は穏やかでありながら、どこか抗えない意志を宿していた。


 サイラスは一瞬だけ目を細め、視線をそのピアスに落とした。

  今も変わらず澄みきった光を放つ月長石は、差し込む光の中で淡く輝いており、まるで彼女の氷のような蒼い瞳を映し出しているかのようだった。


「……君が持っていた方がいいんじゃないのか?」

  わざと軽く返すような口調だったが、彼の手は伸びなかった。


 エレは小さくため息をつくと、そっと一歩近づき、自らの手で彼の耳にピアスをつけた。

  その冷たい感触が肌に触れた瞬間、サイラスの心臓がわずかに跳ねた。


「これを返された時、あなたは私と距離を置きたいって……そう思った。」

  エレは静かに言った。優しく、けれど確かな目で彼を見つめて。


 サイラスは沈黙し、やがてふっと笑った。


「……わかってたんだな。」


 このピアスはエレが彼に贈ったもの。

  しかしそれだけではない。彼女の母である蒼月の聖女が直接“聖女の力”を込めたものでもあり、神授の力を抑える特別な意味を持っていた。

  サイラスは、その意味をずっと理解していた。


 ——ただの装飾ではない。これは、母娘からの「守り」だった。


「どうして、ずっと言ってくれなかったの?」

  彼女の問いかけに、サイラスは目を伏せて微笑んだ。


「……いずれ君が思い出すと思ったからさ。」


 エレは小さく笑い、ピアスを軽く指先でなぞった。


「じゃあ、今度こそ……外さないよね?」


「君に斯く言われて、外す術もなからん。」

  彼は肩をすくめたが、その声にはかすかな優しさが滲んでいた。


 ——このピアスは、守りであり、約束でもある。


 次の瞬間、サイラスは彼女をそっと引き寄せた。


「サイ——」

  エレが言葉を発するより早く、彼の腕が彼女を抱きしめる。


 彼の体温、彼の息遣い——それらすべてがエレを包み込む。

  額に頬を寄せながら、彼は彼女の存在を確かめるように、深く呼吸を重ねた。


「これを……私が答えと受けしめてもよからんか?」

  彼女の声は震えながらも、どこか楽しげだった。


「……罰だよ。」

  サイラスの声は低く、かすかに嗄れていた。

  「さっき、あんなことをした君への、ね。」


 エレは少し目を丸くし、それから思い出して小さく笑った。


 彼の瞳をなぞり、鼻筋を辿り、唇に触れて、さらにその下まで——

  いたずらのような、挑発的な指先の軌跡を。


「ふふ……それじゃあ、いかなる報いが待つや?」


 サイラスは軽く息を吐き、彼女の瞳を真っ直ぐ見つめた。

  その琥珀色の目には、いつになく真摯な熱が灯っていた。


「これで十分だ。」


 そう囁くように言うと、彼はそっと彼女の唇を奪った。


 ——その瞬間、言葉はすべて沈黙に溶けた。

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