(80) 光を導く者
だが、彼は焦りを表に出すわけにはいかなかった。
あまりにも取り乱してしまえば、それはもう「彼らしくない」。
だからこそ、サイラスは胸の奥の高鳴りを必死に押さえ込み、いつものように気だるげな笑みを浮かべた。
そして、ふと顔を近づけると、軽く茶化すような口調で言った。
「それで……これはいかなる言葉を俺に示すつもりか?」
彼は、彼女が照れて否定したり、顔を赤くして怒ったりすることを期待していた。
そうすれば、いつものようにからかって、余裕の態度を保てると思っていたのだ。
だが——
今回のエレは違った。
彼女は目を逸らすこともなく、照れた様子もなく、ただ静かに顔を上げて、真っ直ぐにサイラスの瞳を見つめ返した。
その声は驚くほど落ち着いていて、確かな意志が宿っていた。
「ええ。だって……ここまで来て、あなたの気持ちに気づけなかったら、さすがに鈍すぎるでしょ?」
サイラスの笑みが、一瞬だけ固まった。
彼は言葉を失ったまま、じっとエレを見つめる。
彼女の言葉が冗談でも感情の衝動でもなく、深く考え抜かれた末の「答え」だと、その瞬間ようやく理解した。
本当に……迷いなく認めたのか?
「……君は思った以上に率直なり。」
ようやく絞り出すように呟いた声には、どこか複雑な色が混じっていた。
するとエレはふわりと微笑み、まっすぐな瞳で言った。
「わかったことがあるなら……もう逃げなくていいでしょ?」
サイラスは返す言葉を持たなかった。
ふと、遠い記憶が胸をよぎる。
それはまるで、夢のように曖昧で、それでも心の奥深くに残り続けていた光景だった。
幼い頃の自分は、いつも下を向いていた。
誰とも目を合わせず、世界とつながることすら恐れていた。
けれど、あの子だけは——
彼の手を引いて、薄暗い角から外の世界へと連れ出してくれた。
「どうして顔を上げないの?」
あのとき、彼女はそう言いながら、小さな手で彼の頬を包んだ。
「君の目、すごく綺麗だよ。太陽みたいに明るくて。」
——太陽みたいに明るかったのは、彼女自身だった。
サイラスの喉がかすかに詰まり、無意識に指先が震える。
彼は自分がエレのことを理解しているつもりでいた。
だが、この瞬間に気づく——本当に思い出したのは、彼女が「ずっと変わらない人」だということ。
闇に呑まれても、彼女は決して立ち止まらない。
未知のものに直面しても、彼女は後ずさりしない。
そして、サイラス自身はというと——
彼は今回の再会を、自分が彼女を導く立場だと思い込んでいた。
だが実際には、何年経っても彼の先を歩き、光の方へ導いてくれていたのは——
エレだった。
彼の胸が静かに震えた。
心の奥にあった何かが崩れ、そして新たな輪郭が静かに形作られていく——




