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異世界の聖女を母に持つ私は、亡国の姫として生き延びる  作者: 雪沢 凛
第三章:皇権の盤上

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(79) 瞳に映る真実

 サイラスが客間に足を踏み入れた瞬間、エレはすぐに駆け寄ってきた。

 後ろにはリタがぴったりと付き従っている。


 二人はただ、向かい合って立っていた。

 余計な挨拶もなく、言葉を交わさずとも、お互いの存在を確認できるほどに、その距離はすでに近くなっていた。


 エレはサイラスを見つめ、そっと口を開く。

 呼び方に一瞬迷いがあったようだが、ついに言葉を紡ぐ。


「……サイラス殿下。」


 その呼び名に、サイラスは眉をひそめ、口元に皮肉めいた笑みを浮かべた。


「へえ……もう知ってたんだ?」


 エレは答えず、ただ静かにうなずく。その瞳には真摯な想いが浮かんでいた。

「大丈夫だったの? 何日も……意識がなかったって。」


 本当は軽く流すつもりだったサイラスだったが、彼女の眼差しにふと口調を変えてしまう。


「……生きてるよ。」


 その一言に、エレはほっとしたように微笑んだ。

 その笑顔を見た瞬間、サイラスの胸にふと奇妙な感覚が生まれた。


 彼女は、少し変わった。

 以前よりもどこか自然体で、気負いのない穏やかさがあった。


 そのまま、エレは静かに言った。


「もう……わかったの。」


「何が?」サイラスが戸惑ったように問い返す。


「どうして私の中に“エドリック”の記憶がほとんど残っていなかったのか……ずっと不思議だったの。」


  エレはそっと顔を上げ、サイラスの琥珀色の瞳を見つめた。


「でも、今ならわかる。あの頃の私はまだ幼くて、“エドリック”と一緒に過ごした時間には、深い感情の結びつきがなかった。

 ただ、それだけだったのよ。」


 その声は落ち着いていて、どこか納得したような響きを帯びていた。

 まるで長く続いた疑問が、ようやく腑に落ちたかのように。


「でもね……」

 彼女は少し笑って、肩をすくめるように言った。

「この旅で、はっきり気づいたの。」


 サイラスはただ、言葉を失ったまま、彼女の言葉を待った。


 エレの瞳は柔らかく、それでいて凛とした光を宿していた。

「あなたはずっと私のそばにいてくれた。

 私の好きなものを一緒に食べて、旅の道を共に歩いてくれた。そして何より……」


  彼女は少しだけ言葉を止めて、微笑んだ。


「あなたの目は、決して私を“亡国の姫”として見ていなかった。

 哀れみも、義務もない。ただ“エレ”という一人の人間として見てくれてた。」


「来てくれて、ありがとう。」


 そう言って、彼女は静かにサイラスを見つめた。

 返事を待っていた。


 サイラスはしばらく沈黙したまま、妙に胸が高鳴るのを感じていた。

  理性では冷静を保つべきとわかっていながら、この言葉は、彼の中の何かを確かに揺さぶっていた。


 ……これはいかなる言葉か?


  しかも、この場面で?

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