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異世界の聖女を母に持つ私は、亡国の姫として生き延びる  作者: 雪沢 凛
炎と鉄、そして狩人の極限

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(73) 守る者、目覚めの光

 強烈な眩暈が彼の意識を貫いた。

  サイラスはふらつきながら、再び膝を地に突く。


  指先までもが震え、視界は霞み、呼吸は乱れた。

  見えない糸のような何かが、彼の全身を縛りつけているようだった。


 ——あと少しだったのに……。


 ラファエットはその様子を見て、くるりと振り返り、

  あの嘲るような笑みを浮かべた。


「……ああ、やはりその力を御すにはまだ早かったか。」


 その声は静かで、まるで子供をあやすように優しい。

  だがその言葉の奥には、明確な侮蔑と、狂気めいた悦びが滲んでいた。


「大丈夫だよ。適応には時間がかかるものさ。これは“普通の祝福”じゃないからね……」


 まるで観察対象の変化を楽しむ研究者のように、

  ラファエットはサイラスの崩れ落ちた姿を見下ろし、

  異様な興奮を隠そうともしなかった。


「……またすぐに会おう。」

 そう告げると、彼は手を上げて撤退を指示する。


 護衛たちに守られながら、ラファエットの馬車は闇に紛れて去っていく。

  その背中を、サイラスは息を荒げながら睨みつけた。

  だが、体はもはや動かない。


 彼は地に崩れ落ち、両手で大地を掴む。

  額から流れる汗は止まらず、

  その体内では、灼けつくような冷たい“何か”が暴れ回っていた。


 ——まるで内側から、自分自身を喰い破られているようだ。


 敵は去った。

  だが彼は知っていた——戦いはまだ終わっていない。


 空気は歪み、影が彼の呼吸に呼応して脈打つ。

  視界は揺らぎ、意識は黒い霧に沈みかけていた。

  体が、限界に近づいている。


「カイン様!」

 ノイッシュとアレックが周囲を確認した後、急ぎ彼の元へ駆け寄る。


  しかし——


 異常な圧迫感が、二人の足を止めた。


「……これは……?」

  アレックが呟く。


  無意識の本能が、これ以上近づくなと警鐘を鳴らしていた。


 サイラスの周囲には、得体の知れない“何か”が渦巻いている。

  その瞳は月光の下で異様に光り、背後にはまるで黒い翼のような影が広がっていた。


「カイン……!」

 エレは恐れも迷いも見せず、彼の元へと走り寄る。


 だが——彼が最後の理性で叫んだ。


「近寄るなっ!!」


 その声は、苦しみと恐怖に満ちていた。

  その声に、エレの足が止まる。


 こんなサイラスを、彼女は今まで見たことがなかった。

  冷静沈着で、どんな時でも余裕を崩さなかった彼が——


  今、額に汗を浮かべ、地を爪で掴み、苦痛に震えている。


「……まだ……制御できない……っ」


 声は震え、

  白くなった指関節が、彼の苦悶を物語っていた。


 それでも——

 エレは、歩みを止めなかった。


 空気を裂くように鋭く漂う殺気。

  それはまるで目に見えぬ刃のように、彼女の肌を切り裂く。


 だが、彼女の足は止まらない。


 風に髪がなびき、長衣の裾が月光の中に舞う。


 彼女は——彼の目の前まで辿り着いた。


 彼女は膝をつき、震える彼の顔を、そっと両手で支える。


 その頬は冷たく、冷や汗に濡れていた。

  琥珀の瞳は濁り、左目の黄金の紋章が仄かに輝いている。

  それは、歪んだ太陽のように、まるで目覚めの儀式のように燃えていた。


 エレの瞳が微かに揺れる。


 この印を、彼女はどこかで——確かに見たことがある。

  記憶の奥底、魂の深層に刻まれた感覚が呼び起こされる。


 だが、今は思い出している時間はない。


 その時だった。

 彼女の掌から、淡い氷のような光が溢れ出した。


 それは聖女の血に宿る力——彼女がまだ理解していない、自らの“本当の祝福”。


 その光はサイラスを包み、

  黒く渦巻く闇を、まるで絹のように柔らかく撫でながら溶かしていく。


 サイラスの身体はまだ震えていた。

  呼吸も荒く、意識も不安定だ。

  だが、その目がゆっくりとエレを捉える。


「……エレ……?」

 その声はかすれ、震えていた。


「大丈夫、怖がらなくていいわ。」


  彼女はそっと微笑み、

  両手で彼の頬を優しく包んだ。


「わたしが、ここにいる。」


 この瞬間、彼女は決意していた。

 ——今度は、私があなたを守る番。

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