(69) 剣の静寂
サルダン神聖国の使節団も、即座に対応を見せた。
ラファエットの侍従たちは武器に手を添え、護衛たちも次々と剣を抜き、突如始まった対峙に警戒を強めていく。
だが、最も不気味だったのは、ラファエット本人だった。
まったく動じる気配もなく、むしろ穏やかな微笑みを浮かべたまま、
まるで己の命が脅かされていることなど一切意に介していないかのようだった。
「さすが、言葉の使い方がお上手ですね……カイン殿。」
ラファエットは自分の袖口を軽く払いつつ、落ち着き払った口調で言った。
「ですが……あなたは本当に、その言葉の意味を理解しているのですか?」
彼はゆっくりと手を上げ、ひとつの合図を出した。
次の瞬間、彼の護衛たちは即座に前進し、ラファエットを中心に防御陣形を組む。
その動きに一切の迷いも恐れもない。
それは、長年戦場に身を置いた者たち特有の冷徹な静けさを感じさせた。
ラファエットはくすりと笑みを浮かべ、首をかしげる。
「こちらは、正真正銘のサルダン神聖国の公式使節団です。
……万が一、何かあった場合は、それはもはや『個人的な諍い』では済みませんよ?」
その言葉は、優雅で落ち着いていながらも、
背筋を凍らせるほどの圧力を帯びていた。
「どちらが本当の“獲物”か……まだ、分からないでしょう?」
エレはその言葉を聞いた瞬間、心に鋭い緊張が走った。
サルダン神聖国は決して甘く見ていい相手ではない。
彼らは異世界の「祝福」に強い執着を持ち、それを得るためには手段を選ばない。
そして今、自分はまさにその“対象”となってしまったのだ。
サイラスは剣を握る手に力を込めた。
琥珀色の瞳には、かすかな迷いもなく、冷たい光が宿る。
「そうか……」
彼はふっと笑みを浮かべた。だが、その笑みは氷のように冷たかった。
「じゃあ、試してみようじゃないか。」
「この“帝国との争端”が、ここで解決できるものかどうか……な。」
サイラスの言葉は、あまりにも静かだったが、
その一言は、戦の号令にも等しかった。
「無理はするな。」
彼は、気怠げな口調を崩さぬまま、しかし確かな威厳をもって言い放つ。
「必要なら、エレとリタを連れて、すぐに逃げろ。」
その視線は、ラファエットから片時も離れない。
握る剣の刃がわずかに持ち上がり、光を反射して殺意を帯びた輝きを放った。
ノイッシュとアレックは目を合わせ、無言で頷いた。
——置いていくなんて、ありえない。
だが、ラファエットもまた指をひと振りするだけで、自軍に指示を出す。
護衛たちが、まるで一つの意志のように前進し始めた。
抜き放たれた剣が、夜の冷気に触れて鈍く光り、彼らの決意を物語っていた。
「……さあ、始めましょうか。」
ラファエットは微笑みながら囁いた。
「どちらが“狩人”で、どちらが“獲物”なのか……お手並み拝見といきましょう。」




