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異世界の聖女を母に持つ私は、亡国の姫として生き延びる  作者: 雪沢 凛
炎と鉄、そして狩人の極限

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(68) 決裂の一閃

「エレノア姬殿下。」

  ラファエットは静かに彼女の顎に指を添え、無理やり視線を合わせさせた。

  「今のあなたに、選べる道はそう多くはありませんよ。」


 エレは薄く笑った。だがその笑みに、震える声がにじんでいた。

  「少なくとも……あなたの女にはならない。」


「ほう。」

  ラファエットは口元をわずかに上げ、まるで猫が獲物を嬲るような愉悦の表情を浮かべた。

  「その震える唇で言うには、ずいぶん可愛いことをおっしゃいますね。」


 だが、彼が何かを言い足そうとしたその瞬間——


「大人!後方より複数の騎馬、急接近中です!」

 護衛の叫びが、馬車の緊迫した空気を一気に引き裂いた。


 ラファエットは眉をひそめ、すぐさま布幕をめくり後方を確認した。

  遠くの地平線に砂塵が舞い、数頭の馬が猛烈な勢いで突進してくるのが見えた。


 その一瞬——


「今よ!」

 エレは隙を突いて馬車の扉を蹴り開けた!


「くっ……!」

  ラファエットが腕を伸ばすが、エレは躊躇なく飛び降りた!


 風が頬を切り裂く。馬車はまだ走行中。

  彼女の身体は地面に激しく転がり、土と砂利が肌に突き刺さるような痛みを残す。


 それでもエレは立ち上がった。

  全身を震わせながら、彼女は迷うことなく駆け出した!


「捕らえろ!!」

  ラファエットの怒声が響き渡る。


 護衛たちは馬の向きを変え、エレの逃走ルートを囲い込もうと動き出す。


 ——しかし、それよりも早く駆けてくる騎馬があった。


 馬蹄が地を砕く音が迫る。

  それは、サルダンの兵ではない。


「エレ!伏せろ!!」

 聞き慣れた声が、鋭く空気を裂いた。


 彼女は反射的に身を伏せた。

  次の瞬間、冷たい刃が頭上をかすめ、敵の剣を弾き飛ばす!


 馬上から舞い降りた人影が、彼女のすぐ隣に降り立つ。

  琥珀色の瞳が、闇の中で冷たい光を放っていた。


「……死にたいのか、エレ。」

 彼の声は、低く、しかし確かに怒りに震えていた。


 目の前の男——カインだった。


 エレは目を見開き、激しく鼓動する心臓を抑える間もなく、彼に腕を掴まれ引き起こされる。


 その掌は、彼女の震える肩をしっかりと支えた。

  そして彼の視線が彼女の頬をとらえたとき——


 そこに浮かんだ赤い手形を見て、サイラスの目が鋭く細められた。


「……ッ!」

 彼の瞳が冷えきった怒りを湛え、低く唸るような声を漏らした。


 その時、他の馬が彼らの元に到着する。

  ノイッシュとアレックが馬から飛び降り、素早く周囲の状況を確認して立ち位置を固めた。


 そして別の馬車から、リタも走り寄ってくる。


  「姬様……その顔……!」

  エレの傷と泥だらけの姿を見て、息を呑み、怒りと悲しみに眉をひそめる。

  だが、まず彼女を抱きかかえ、傷を確かめるようにそっと肩を撫でた。


 ——その頃、ラファエットの馬車もようやく停止する。


 護衛たちが周囲を囲い、馬車の扉が静かに開かれた。

 白の礼装をまとった男が、ゆったりと姿を現す。


 ラファエット・エーベルラン。

  その顔には驚きも焦りもない、ただ微笑みをたたえたままだった。


「ふむ……」

 彼は小さく溜息をつきながら、淡々と語る。


「なるほど、誰かと思えば……ブレストの()()()殿でしたか。」

 その声は穏やかで礼儀正しい。

  だがその奥には、皮肉と嘲笑が滲んでいた。


「サルダン神聖国の使節団を強引に止めるとは……」

  「帝国の使者が後で困らなければいいのですが?」


 ——そう、彼は警告していた。

  「今ここで関わるなら、それは帝国との争端を招く」と。


 場が凍りついたような沈黙に包まれる。


「カイン様……」

  ノイッシュが小声で制止しようとしたが——


 サイラスの手はすでに剣の柄を強く握りしめ、指先が白くなるほどに力がこもっていた。


 エレが見たのは、いつもの飄々とした貴族の仮面ではなかった。

  そこに立っていたのは——本物の「狩人」。


「……今の言葉で、ようやく思い出しました。」


 サイラスが静かに口を開いた。

  その声は異常なまでに冷静で、無感情だった。


「帝国との争端を招くのなら——」

 剣が、鞘から冷たい音を立てて抜かれる。


 光を反射するその刃は、一直線にラファエットへと向けられた。

「その問題ごと、消してしまえばいい。」


 獲物に照準を定めた、狩人の眼光だった。

 ノイッシュとアレックも即座に剣を抜き、構えを取る。


 ノイッシュはリタとエレを守るように体を張り、すぐさま撤退の合図を送る。


 ——空気は、まるで凍てついたように張り詰めた。


 一触即発の空気。


  次の一秒が、命運を分ける。

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