表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界の聖女を母に持つ私は、亡国の姫として生き延びる  作者: 雪沢 凛
沈黙の誓い

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

65/194

(65) 朝霧の決断

 朝霧がうっすらと街を包むロイゼルの早朝、

  大邸宅の前では、サルダン神聖国へ向かうラファエット・エーベルランの使節団が出発の準備を整えていた。


 エレとリタは、使節団の馬車の中にいた。

  その内装は豪華で広々としており、これまでのどの馬車とも比べものにならないほど贅沢だった。

  柔らかなベルベットの座席、精緻な彫刻装飾——すべてが、貴族の権威と品格を物語っている。


 リタはそわそわと周囲を見回し、小声で呟いた。

「今までの馬車より、ずっと豪華ですね……」


 エレは返事をせず、ただ手の中のピアスをそっと撫でていた。

  淡い光を放つ月長石は、どこか冷たく、誰かの温もりを宿しているようだった。


 馬車の外では、王太子エドリックが自ら見送りに現れた。

  その言葉は丁寧でありながら、どこかよそよそしい。


「ご無事をお祈りしています。」


 ラファエットは静かに頭を下げ、変わらぬ微笑を浮かべながら馬車へと乗り込んだ。

  エレもまた、一度だけ周囲を見渡した——だが、そこに彼の姿はなかった。


 カインは……来なかった。


 胸の奥に、小さな穴が空いたような感覚。

  視線は無意識に邸宅の門を探していたが、見つけることはなかった。


 馬車がゆっくりとロイゼルを後にする。

  エレは一度も振り返らず、ただ手の中のピアスを強く握りしめた。

  それだけが、彼と並んで歩んだ証のような気がした。


 ◆ 


 午後、エドリックは庭園の小亭に足を運んだ。

  そこには、帰路の準備を整えたサイラスの姿があった。


「せっかくだし、帝都まで足を延ばしてみないか?」

  その問いは軽く投げかけられたものだったが、どこか試すような響きもあった。


 サイラスはゆっくりと振り返り、琥珀色の瞳に一片の揺れもなかった。

「もう護衛すべき相手もいない。帝都に行く意味はないさ。」


「ブレスト侯爵の養子殿は、また暇を持て余すわけだ?」

  エドリックは苦笑する。

「エレノアとの再会も、ただの夢だったと?」


「最初から、俺のものじゃなかった。」

  サイラスの声は静かで、視線は遠くの空を見つめていた。

  「未練なんて、持つだけ無駄だ。」


 エドリックはしばらく彼を見つめ、ふっとため息をついた。


「かつては、選ぶことができなかった。けど今は——お前ら自身が選んだ道だ。」

 その言葉に、サイラスの指先がわずかに動いた。


  ——どこかで、誰かにも同じようなことを言われた記憶があった。


「……」

 サイラスは何も答えず、黙って地面を見つめたまま。


 エドリックはしばらく沈黙したのち、表情を変えずに言葉を続けた。

「でも、分かってるだろ? ラファエットの狙いは“エレを助ける”ことだけじゃない。」


 その言葉に、サイラスの視線がピクリと動く。

  エドリックの赤い瞳が、窓から差し込む陽光を受け、冷たく光る。


 彼は一歩近づき、声を潜めた。


「ラファエットは帰国したら、すぐにエレと結婚するつもりだろうな。

  “聖女の力”を継ぐ子供を作るために。」


 サイラスの肩がわずかに硬直した。

 エドリックはそれを見逃さず、口元に薄く笑みを浮かべる。


「サルダン教団は“神の祝福”に異常なほど執着してる。

  異世界からの力に関する研究だって、ずっと続けてるし——

  ……中には“召喚実験”を秘密裏に行っているって噂もある。」


 サイラスの手が無意識に動き、左耳へと伸びた。


  しかし——そこには、もう何もなかった。


 あの月長石のピアスは、

  もう彼のもとにはない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ