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異世界の聖女を母に持つ私は、亡国の姫として生き延びる  作者: 雪沢 凛
沈黙の誓い

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(63) 決断の時

 短い沈黙ののち、ラファエットは微笑みを浮かべ、穏やかだが揺るぎない声で口を開いた。


「確かに……最終的な決定は、エレノア姬殿下ご自身が下すべきことでしょう。

   そして、私は“選択肢”をお届けに来た者です。」


 手元の書巻を静かに閉じながら、彼の青い瞳がまっすぐエレを見据える。

 その眼差しは、人の内面を見通すかのように深く、透き通っていた。


 エレは思わず姿勢を正す。彼の言葉が、この場のすべてを動かす“鍵”になることを悟ったからだ。


「エスティリアはかつて聖女の国でした。しかし今、その国は混乱に陥っている。エレノア様、あなたはどうしたいのですか?」

 ラファエットの声音は誠実だった。


「蒼月の聖女の行方を探したいのか? エスティリアの内乱を鎮めたいのか? あるいは……王国を再建し、自らがその王となりたいのか?」


 その問いは、エレの心を深く揺さぶった。

 予想以上に率直で、核心を突いていた。


「もしそのような意思がおありなら、我がサルダン神聖国はあなたを支持します。」

「母君の行方を探すことも、王位奪還のための支援も、我々は惜しみません。」


 その言葉が放たれた瞬間、部屋の空気が揺れた。重く、静かに、誰もがその意味の重さを理解していた。


 エレはすぐに返事をしなかった。目を大きく開き、ラファエットをまっすぐに見つめ返す。

  これほどまでに明確な「支援」を、彼女は一度も想定していなかった。


 エドリックは静かに眉を上げた。彼の表情は読みにくかったが、まるですでにこの展開を予見していたかのような落ち着きがあった。


 一方、サイラスは椅子の背にもたれたまま黙して動かず。その琥珀色の瞳は湖のように静かだったが、彼を知る者なら、そこに確かな波紋が広がっていることを感じ取れただろう。


 エレは深く息を吸い込み、口を開いた。

「……なぜ、そこまでして私を?」


 ラファエットは微笑みながら答える。


「我々は、ただ神の御心に従っているだけです。聖女の末裔は、聖なる地へと帰るべき存在なのです。」


 少し間を置き、さらに言葉を続けた。


「それに、エスティリアは長らく“聖女召喚”の技術を独占してきた。他国はその祝福に触れることすら許されなかった……」

「ですが、あなたの存在が、その“独占”が終わりを迎えることを証明してくれました。」


 エレの指先が微かに震えた。

 ——やはり、それが本当の目的だった。


 ラファエットは「支援」ではなく、「利用」を申し出ているのだ。

  だが、今の彼女には、それを断れるだけの力も後ろ盾もない。


 彼女は目を伏せ、深く思案する。


 エドリックは茶杯をくるくると回しながら、無言で彼女の様子を観察している。

  サイラスは変わらず黙していたが、その指先には力が入っていた。


 沈黙が客間内に満ちる。


 そして、ラファエットはもう一歩踏み込む。

「エレノア姬殿下、これはあなたが“エスティリア”のために踏み出す、一歩となるでしょう。」


 エレは答えなかった。だが、その目には決意の色が灯っていた。


 そして、静かにうなずいた。


 エドリックはその様子を見届けながら、サイラスへと視線を向ける。

「これで……決まったようだな?」


 サイラスは数秒間沈黙し、やがて無表情のまま立ち上がった。

「彼女の選択に、俺は関わらない。」


 エレの胸が痛んだ。

 その言葉は、まるで彼がすべてを“手放した”ことを示しているかのように響いた。


 エドリックは肩をすくめるようにして笑う。

「でも、ここまで導いたのは君だよね、カイン?」


 サイラスは答えなかった。


「……もっとも、これ以上我々が関与すれば、帝国との争端を招きかねない。」

 エドリックはわずかに声のトーンを落としながら、警告のように続ける。


「サルダンがここまではっきりと姿勢を示した以上、我々が手を出せば“介入”と見做されるからな。」


 エレはサイラスに目を向ける。


 この決断は、彼女一人の問題ではない。

 帝国とサルダンの間に横たわる軋轢そのものを左右する可能性があるのだ。

 もし自分がサルダンの旗印として立てば、帝国との関係は、もはや「私的な感情」では済まされなくなる。


「勝手にしろ。」

  サイラスは低く呟くと、そのまま踵を返し、振り返ることなく客間を出て行った。


 エレは唇を噛み締め、拳を固く握りしめた。


 ——それが、彼の答えなの?


 ただ見放して、何もしないというの……?


 そんな彼女の耳元で、エドリックの声が再び響いた。

「エレノア姬殿下、出発の準備を。サルダンの使節団はまもなく出立します。」


 ——この瞬間、彼女は自らの“進むべき道”を選んだ。


 しかしその胸の奥には、何かが音を立てて崩れていくのを感じていた。

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