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異世界の聖女を母に持つ私は、亡国の姫として生き延びる  作者: 雪沢 凛
舞踏会の暗流

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(47) 宴の駆け引き

 カミラは思い出す。

 彼がエレを紹介したときのことを。


「ただの同行者だ。」


 その時のサイラスの言葉は、どこか素っ気なく、彼女と深入りするつもりはないとでも言いたげだった。


 だが、今こうして二人が並び立つ姿を見ていると——

 本当に、それが「ただの同行者」の振る舞いだろうか?


 カミラの瞳に、ほんのりとした興味が宿る。

 それは、単なる社交辞令の笑みではなかった。


 なぜなら、彼女はすでに「もう一つの証」に気づいていたからだ。


 サイラスの左耳に揺れる月長石のピアス——

 その透き通るような蒼白い輝きは、エレの瞳とまるで同じ色だった。


 晶石誓約——

 貴族社会において、それはただの装飾品ではなく、特別な意味を持つ。

 そして何より、彼の耳飾りが**エスティリア王族の血統を象徴する「月長石」**であることが、さらに興味をそそる。


 ふふ……これは面白い。


 彼女はすぐに追及せず、あえて穏やかな口調で微笑みながらエレへ問いかけた。

「こんなに純度の高い琥珀は滅多にお目にかかれませんわね……エレさん、それはどちらで手に入れたの?」


 エレの心が、かすかに波立つ。

 しかし、表情には出さない。

 ただ微笑を保ち、静かに答えた。


「……私にとって、大切な証なのです。」


「ほう?」

 カミラの瞳が、ふっと狡猾な光を帯びる。


「では、それを贈った方は……あなたにとって、とても特別な方なのでしょうね?」


 エレは返答をせず、ただ微かに微笑んだままだった。

 肯定も否定もせず、曖昧な余白を残す。

 それが、彼女の選んだ答えだった。


 そんなやり取りを横で見ていたサイラスは、

「カミラ嬢は、今夜ずいぶんと興が乗っているようだな。」

 と、淡々とした声で会話に割って入る。


 カミラはくすりと笑う。

「ふふ……ええ、だってこんなに珍しいことが重なった夜ですもの。」


 彼女は酒杯を傾け、サイラスをじっと見つめながら言葉を続けた。

「社交の場を避けがちだったカイン様が、こうして久々に公の場に現れ……しかも、一人ではなく**"特別な同行者"**を連れて。」


 サイラスは肩をすくめ、わずかに口角を上げる。

「それだけで、カミラ嬢は面白がれるのか?」


「ええ、十分に。」

 カミラはまたエレへと視線を戻し、含みのある笑みを浮かべる。


「なにしろ、『誓約祭』はただの宴ではありませんもの。」


「誓い」と「契約」が交わされる、特別な夜。

 晶石を贈り合う者もいれば——

 あるいは、特別な証を身に着ける者もいる。


「そうでしょう?」


 エレは伏せた瞳を静かに瞬かせ、指先でそっとピアスに触れた。

 その手のひらに伝わる琥珀の温もりが、妙に重く感じられる。


 カミラは試している。


 彼女は知っているのか?

 それとも、ただの駆け引きなのか?


 一方、サイラスは終始気怠げな様子を崩さず、ただ微笑むだけだった。

 その琥珀の瞳は、深すぎて何も読めない。


 宴はまだ始まってもいない。

 だが、すでに静かな駆け引きが動き出していた。


 カミラは優雅に微笑み、手にした酒杯を軽く掲げる。

「さて、私はそろそろ他の客人の相手をしませんと。」


 彼女はエレを見つめ、にこやかに言った。

「エレさん、今夜の舞を楽しみにしていますわ。」


 彼女の声音はあくまで穏やか。

 だが、その余裕の笑みは、すでにこの夜を思うままに操る自信に満ちていた。


 エレは、彼女の背がゆっくりと遠ざかるのを見つめる。


 ——この夜は、単なる宴ではない。

 "誓い"と"証"が交錯する、運命の舞台。


 カミラの背中が人混みに消えていくのを見届けると、サイラスはふっと笑みを漏らした。

 どこか気だるげな声音で、しかし、確かなからかいの色を含んだ口調で言う。


「ほらな?言っただろう?」

「そのピアスをつけている限り、お前は"俺のもの"だと勘違いされるって。」


 エレはふと顔を上げ、じっとサイラスを見た。

 揺らめく吊り燭台の灯りを受け、琥珀石のピアスが柔らかな輝きを放つ。

 彼女は表情を崩さぬまま、静かに応じた。


「私がどう思っているかが重要よ。」


「少なくとも、私はノヴァルディアの人間じゃない。」

 エレの声は淡々としていた。


 そこには迷いも逡巡もない。

 それ以上、この話題に踏み込む気もない、という意志がはっきりと感じられた。


 サイラスは薄く唇の端を上げた。

 この女は本当に頑固だ。

 だが、それがまた面白い。


 ちょうどその時、控えめな足音が近づき、一人の給仕が恭しく頭を下げる。


「エレ様、こちらへどうぞ。」

「カミラ様が側室を用意されております。演舞の準備を整えられるよう、お部屋へご案内いたします。」


 エレは軽く頷き、黙ってその場を後にした。

 サイラスは動かず、ただ彼女の背中を見つめ続ける。


 その琥珀色の瞳に、感情の読めぬ深い影が宿る。

 ——今夜の宴は、退屈しない夜になりそうだ。


 ◆


 サイラスが踵を返した瞬間、ふと視線を感じた。


 目線をわずかにずらすと、やはり——宴の向こう側で、イザベル夫人とフレイヤが立っていた。

 彼女たちの表情には、驚きがはっきりと浮かんでいる。

 まるで、ここでサイラスの姿を目にするとは思ってもいなかったかのように。


 イザベル夫人は相変わらず端然としていたが、その瞳の奥には探るような光が宿っていた。一方のフレイヤは、大きく目を見開き、まだ状況を飲み込めていないようだった。


 ——面倒なことになった。


 サイラスは何事もなかったかのように視線を逸らし、気づかぬふりをしたまま、より静かな一角へと歩を進める。

 こんな場で彼女たちと話すつもりはないし、余計な注目を集めるのも御免だった。


 ——だが、その途中で。

 彼の視線は、ある特異な集団を捉えた。


 白い法衣をまとった男たちが、宴の隅に静かに立っている。

 煌びやかな貴族たちの衣装とは一線を画すその姿は、あまりにも場違いなはずなのに、周囲の貴族たちは驚く様子もなく、むしろ礼儀正しく言葉を交わしている。

 彼らを見た瞬間、サイラスの瞳がわずかに細められた。


 ——サルダン神聖国の「教団」。

 神への信仰を掲げる敬虔な信徒たち。


 いや、それはただの表向きの顔に過ぎない。

 実態は、異世界の力を解析し、掌握しようとする学者たちの集団。


 彼らは神聖国において絶対的な影響力を持ち、「神意の代弁者」として振る舞うが——サイラスにとっては、警戒すべき危険人物の集まりだった。


 宴の喧騒の中、サイラスは足を止めずにいたが、その無関心を装ったまなざしの奥で、警戒心を鋭く研ぎ澄ませていた。


 そして、

 ——視線を感じる。


 まるで、初めから彼がここに来ることを知っていたかのような、冷静で揺るぎない眼差し。

 白金の法衣を纏った男が、一歩も動かず、じっとこちらを見つめていた。


 ラファエット・エーベルラン。


 その青い瞳には、貴族の世故も、軍人の鋭さもない。

 あるのは、冷徹な審美と、何かを見極めようとする深い思索。


 ——なぜ、こいつがここに?


 サイラスの警戒心が、さらに一段階引き上げられる。


 ラファエットは、すぐに動こうとはしなかった。

 だが、彼は静かに微笑み、何もかも見通しているかのような表情で、ゆるりと杯を掲げる。

 淡々とした、礼儀に則った一礼。


 だが、それは単なる儀礼ではなかった。

「わかっているぞ」と言わんばかりの、密やかな宣言。


 サイラスは、一瞬だけ目を細めた。

 そして、まるで無関心を装うかのように、ゆったりと口元に笑みを浮かべると、同じく杯を持ち上げた。


 その動作は、ラファエットのものと寸分違わぬほど、ゆるやかで、慎重で、そして、侮蔑的なほどに軽やかだった。


 ——無言の駆け引き。

 目に見えぬ緊張が、宴の喧騒に紛れ、静かに交錯する。


 しかし、サイラスは知っている。

 これは、まだ始まりに過ぎない。


 サルダンの「教団」がここにいるということは——

 彼らには、確かな目的がある。


 もし、その目的が「エレの力」に関係しているとすれば……

 この宴は、ただの社交の場では済まない。


 サイラスは、杯を口元に運び、ゆっくりと酒を喉に流し込んだ。

 その動作は、まるで何事もないかのように、落ち着き払っていた。

 だが、その左手は無意識に、そっと左目を覆っていた。


 ——今度こそ、油断はできない。

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