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異世界の聖女を母に持つ私は、亡国の姫として生き延びる  作者: 雪沢 凛
誓約祭

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(44) 目の色が違う

「そういえば——」

 アレックがふと思い出したように声を上げ、どこか悪戯っぽい視線をサイラスへと向けた。


「カイン様も、過去の誓約祭でどこかのお嬢様から晶石をもらったことがあるんじゃないですか?」


 その言葉に、ノイッシュは思わず吹き出した。

「いや、ありえないな。」


「何で?」


「だって、彼の性格を考えろよ?」

 ノイッシュはクスクスと笑いながら肩をすくめる。


「カイン様って、そもそもそういう面倒事をさらりと避けるタイプだろ? うまいこと話術で逃げて、相手に“贈る気を失わせる”ことくらい造作もないはずさ。」


 二人の軽口を聞いていたエレは、ふと気づく。

 ——自分の指先が、服の裾をぎゅっと握りしめていたことに。


 晶石の誓約。相手の瞳の色を映す宝石……視界と魂を託す証……。


 なぜだろう、この話を聞いていると、胸の奥に妙な違和感が広がる。

 まるで、自分にも関わりがあるかのような——しかし、その記憶には決して触れられないような、曖昧な感覚。


「とはいえ……逆に、カイン様が誰かに晶石を贈るってなったら、それこそ大問題だろうな。」

 アレックが冗談めかして笑う。


「……確かに、それは色々と誤解を招きそうですね。」

 ノイッシュも意味深に笑い、ゆっくりとお茶を飲む。


 エレはふと視線を上げたが、黙ったまま。

 そんな彼女よりも、この話題に興味を持ったのは、むしろリタだった。

 彼女は少し身を乗り出し、不思議そうに首をかしげる。


「どうして? カイン様の瞳は琥珀色でしょう? それなら、晶石にして贈るのも素敵じゃない?」


「いや、それが一番厄介なんだよ。」

 アレックは肩を竦め、少し真面目な顔になる。


「帝国では、琥珀は“皇権”と“統治”の象徴とされている。だから、一般の貴族が誓約祭で琥珀を使うことは、まずないんだ。」


 エレのまつげが、かすかに震えた。


 琥珀——皇権の象徴。


 それはつまり、カインの瞳が持つ意味とは……?


 彼の出生、そして“王太子”エドリックとの関係——

 彼女の中で、まだ言葉にならない疑問が、静かに膨らんでいった。


「そうそう、」

 ノイッシュが付け加えるように言った。


「特に誓約祭みたいな場では、もしカイン様が琥珀の晶石を誰かに渡したら——ただの誤解じゃ済まされないだろうな。場合によっては、何かの“暗示”だと受け取られるかもしれない。」


 リタがぱちぱちと瞬きをしながら首を傾げる。

「何の暗示?」


「例えば……」

 アレックが意味深な笑みを浮かべながら肩をすくめた。


「“主権の宣言”とか、“特別な誓約”とか、そういう類のものだな。」


 エレは黙って話を聞きながら、ふと胸の奥に妙な感覚が広がるのを感じた。


 琥珀——主権、誓約、決して揺るがない意志。


 彼の言葉を聞いた瞬間、ある記憶が蘇る。

 ——今も手元に残している、あの琥珀のピアス。


 それは、エドリックが彼女に贈ったものだった。

 渡された時、一緒に添えられていた短い手紙。


『琥珀のように、いつまでも強くあれ。』


 その時はただ、優しい励ましの言葉だと思っていた。

 でも、もし琥珀にそんな意味があるのなら?


 あの贈り物は、単なる装飾品ではなく……もっと深い意味を持つものだったのでは?


「……もし、それを王太子が贈ったら?」


 不意に、エレの唇から静かな問いがこぼれる。

 彼女の声音は自然だったが、その指先は無意識に膝の上で固く握りしめられていた。


 ノイッシュとアレックは、一瞬言葉を失う。

 互いに顔を見合わせ、彼女の意図を測るような沈黙が流れた。


「王太子?」

 アレックが軽く眉を上げながら、思案するように呟いた。


「普通なら、皇族が琥珀の晶石を贈ることはないな。それは“皇権の譲渡”を意味しかねないし、そもそも王太子の象徴にはならない。」


「そうだな、」

 ノイッシュも静かに頷く。


「琥珀は帝国を象徴する宝石の一つだが、王太子殿下の瞳は紅色だ。 もし彼が誓約祭で晶石を贈るなら、琥珀ではなく、ルビーかカーネリアンを選ぶだろうな。」


「ルビーは情熱と栄光、カーネリアンは守護と忠誠を表す。」

 アレックが補足するように続ける。


「だから、王太子が誰かに晶石を贈るとしたら、自分を象徴する赤い宝石を選ぶのが普通だ。」


 エレの胸が、小さく軋んだ。

 王太子の瞳は、紅色——


 でも、かつて自分に琥珀のピアスをくれた「エドリック」は、まったく違う色を選んでいた。


 ——あれは、何のためだったのか?


 もし琥珀が「皇権の象徴」なのだとしたら……

 彼があのピアスを選んだ理由は?



 サイラスは軽く扉を押し開け、ゆったりとした足取りで室内へ入ると、何気なく尋ねた。

「——何の話をしてたんだ?随分と楽しそうじゃないか。」


 視線を巡らせれば、アレックとノイッシュが笑い合い、リタは目を輝かせている。


 だが、エレだけは違った。

 彼女はわずかに俯き、何かを考え込んでいるようだった。


「エレさんとリタは誓約祭の習慣をあまりご存じないようなので、簡単に説明をしていたんですよ。」

 ノイッシュが穏やかな笑みを浮かべながら答える。


 サイラスは興味深そうに眉を上げた。

「ほう?随分と親切だな。まさか、二人を巻き込もうとしてるんじゃないだろうな?」


「いやいや、ただの会話ですよ。」

 アレックが肩をすくめる。


「それより、カイン様こそ、誰かに晶石を贈る予定はないんですか?」


「冗談はよせ。」

 サイラスは鼻で笑い、気だるげに言い放った。


「晶石なんて面倒なものを渡すくらいなら、カミラにでも押し付けたほうがマシだな。 俺は遠慮しておくよ。」


 その言葉のあと、不意に彼の視線がエレへと向かう。

 口元に意図的な笑みを浮かべていた。


「——ところで、エレ。」


「……?」


「外に出ないか?」


 エレは一瞬、戸惑ったように彼を見つめた。

「外に?」


「駄目か?」


 サイラスは腕を組み、無造作に言う。

「せっかく誓約祭の最中だ。街の賑わいを見て回るのも悪くないだろう?」


 エレは少し考えた。

 確かに、ここに来てから一度も城下をゆっくり見たことがない。


 それに……

 昨夜の彼との会話は決して気分のいいものではなかったが、ずっと思考の迷宮に囚われているのも気が滅入る。


 気分転換になるかもしれない。


「……分かったわ。」

 彼女は静かに頷いた。

「この街のことを少し知っておくのも悪くないわね。」


 サイラスは満足そうに微笑を深めた。

「それでいい。」

 軽やかに言いながら、すぐに踵を返す。


 エレも立ち上がる。

 その様子を見て、リタが何か言いたげに口を開きかけた。

 しかし、サイラスに一瞥されると、その言葉を飲み込んだ。


 ノイッシュとアレックはそんな二人のやり取りを見て、密かに目を合わせる。


「……あの二人、なんだかんだで息が合ってますね。」

 アレックが茶を啜りながら、ぽつりと呟く。


「さて、どちらが主導権を握るか……見ものですね。」

 ノイッシュは肩をすくめ、興味深げに笑った。


 だが、サイラスがエレを誘った理由が、単なる散歩ではないことを——彼らはまだ知らない。

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