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異世界の聖女を母に持つ私は、亡国の姫として生き延びる  作者: 雪沢 凛
隠された探り合い

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(21) 沈黙の涙

 

 夜の帳が降りても、ブレストの街はまだ灯りに包まれていた。

 遠くからは、賑わいの残る市場の喧騒が微かに聞こえ、それとは対照的に宿の部屋は静寂に満ちていた。


 部屋に戻るなり、エレは黙ったまま机に向かい、両手でその表面を強く押さえつける。

 まるで、何かを必死に抑え込もうとしているかのように——。

 燭火の淡い光が銀白の髪を照らし、そこにかすかに青紫の輝きを映し出す。


 リタは背後で扉を施錠し、小さな荷物を肩から下ろすと、そっとエレの背中に目を向けた。

 ——彼女の様子がどこかおかしい。


「……姫様?」

 不安げな声で、慎重に問いかける。

「カインは、一体何を?」


 その瞬間——


「……父上は、もう亡くなったそうよ。」


 静かな言葉。

 それはまるで、ただの事実を淡々と告げるように聞こえた。

 だが、それと同時に、自分自身に言い聞かせるような響きもあった。


 リタの目が見開かれる。


「……え?」


 息をのむほどの驚愕。


「そんな……嘘……」


 エレはゆっくりと椅子に腰を下ろし、膝の上で手を組む。

 だが、その指先は、ほんのわずかに震えていた。


「蒼月の聖女……マミーの行方は、まだ掴めていないって。」


 ——それを聞いたリタは、喉元まで出かかった言葉を飲み込んだ。

 何か言わなければ。

 何か、エレを慰める言葉を——


 ……だが、何も見つからなかった。


 ただ、心の底へと沈んでいく感覚だけが広がっていく。


 エレは深く息を吸い込み、震えそうになる声を必死に抑えた。

「分かってた……遅かれ早かれ、こうなるって……」


 一言一言、ゆっくりと。


 自分自身に言い聞かせるように——


「父上は王城を離れないと決めていた……だから、この結果も……きっと、避けられなかった……。」


 彼女の声は驚くほど落ち着いていた。

 しかし、それは単なる平静ではなく、痛みを必死に抑え込んだ末の脆い均衡だった。


「でも……」


 リタは何か言おうとしたが、言葉が見つからない。

 慰めの言葉など、今の彼女に何の意味も持たないことを理解していた。


 エレはそっと目を閉じ、ゆっくりと深呼吸をする。

 そして、再び目を開いた時——

 その瞳は変わらず冷静を装っていたが、その奥に滲む痛みまでは消せなかった。


「……彼の前では、取り乱すわけにはいかない……」


 エレは低く呟く。


「私がほんの少しでも感情を見せれば、彼は必ず気づく……だから、崩れるわけにはいかない……」


 カインがその名を口にした瞬間から、彼女は決めていた。

 王女ではなく、ただの舞姫として振る舞うと。

 彼の目を欺くと。


 だからこそ、どれほどの衝撃を受けても、彼の前では決して揺らいではならなかった。

 けれど——


 ここには、彼の目はない。

 ここには、リタがいる。


 その事実が、エレの最後の均衡を崩した。


 静かに、彼女の手がスカートの生地を握りしめる。

 細い指が震え、爪が食い込むほどに強く——


 そして、堪えきれず、一筋の涙が頬を伝い落ちた。


「……でも、やっぱり……つらい……」


 小さな声。

 震える肩。


 リタの胸が締めつけられる。


「……姫様、大丈夫です……どうか、私の前では我慢しないで……」


 彼女はそっと膝をつき、エレの冷たい手を包み込んだ。

 エレは唇をぎゅっと噛みしめ、最後の抵抗のようにこらえていたが——


 ついに、限界だった。


 顔を覆い、声もなく涙を流す。


 部屋の中には、静かな嗚咽だけが響く。

 揺れる蝋燭の炎が、震える肩を淡く照らしていた。

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