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異世界の聖女を母に持つ私は、亡国の姫として生き延びる  作者: 雪沢 凛
隠された探り合い

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(20) 演じられた会話


 エレとカインが菓子店を出ると、賑わう通りの中で見覚えのある姿が目に入った。


 リタが額に汗を滲ませながら、黙々と荷物を運んでいる。

 ちょうど顔を上げたその瞬間——


 エレとカインが並んで歩いているのを見つけ、彼女の目が大きく見開かれた。


 「——あ、ヒ……ゴホン、エレ?」


 リタは反射的に口を押さえ、すぐに声を落として足早に近づいてくる。

 エレはわずかに瞬きをし、思いがけない再会に驚いた。

 そして、その隣では——


 カインがどこか楽しげに彼女たちを眺めていた。

 まるで意外な展開の舞台劇を目の前で見ているかのように。


 姿勢こそ気だるげで無頓着な雰囲気を醸し出していたが、琥珀色の瞳には一抹の興味が滲んでいた。

 ——この「偶然」が、どれほどの真実を孕んでいるのかを見極めるかのように。


 「……君の知り合い?」


 わざとらしいほど気のない声色。

 しかし、その一言には確かな「意図」が隠されていた。


 エレは心の中で冷ややかに笑う。


 ——彼はリタの素性を把握しているはず。

 それなのに、わざわざ「知らないふり」をして、彼女に答えさせようとするなんて。


 しかし、ここで表情を変えるわけにはいかない。


 彼女はすぐに気を取り直し、疑念と警戒心を押し殺して、自然な笑みを浮かべると、リタに向き直った。


 「……こちらはカイン様。ブレスト領主のご子息よ。」


 「おお……!」


 リタが目を瞬かせ、興味深そうにカインを見つめる。

 その視線がエレとカインの間を行き来するのを、エレは見逃さなかった。


 そして、リタはにっこりと微笑み、さらりと言葉を付け足す。


 「エレったら、よくカイン様のお話をしてましたよ。」


 エレの微笑みが、わずかに固まる。


 ——リタ、わざと?


 一瞬の間に、彼女の脳裏に警鐘が鳴り響く。

 あまりにも不自然な一言。

 カインの前で、こんなことを言えばどうなるか——リタが分からないはずがない。


 案の定、カインは興味深そうに眉を上げると、意味ありげな笑みを浮かべ、視線をエレに向けた。


 「……俺の話を?」


 声音は軽やかで、まるで何でもないことのように響く。

 だが、その琥珀色の瞳には、試すような色が滲んでいた。


 ——さあ、どう答える?


 エレは一瞬だけ息を整え、表情を崩さぬまま、慎重に口を開いた——。


 リタの「試し」は一方的なものではない——彼女もまた演じている。

 そして今、この場にいる三人全員が、それぞれの役割を演じていた。


 だからこそ、エレも合わせなければならない。


 彼女は落ち着いた笑みを浮かべ、銀白の髪を指先で軽く梳いた。

 そして、わざと何でもないような口調で言う。


 「ブレストでカイン様の名を知らない人なんて、そういないでしょう? ただの世間話よ。」


 自然な声色。

 まるで本当に大したことではないかのように——

 だが、その実、彼女の心臓はわずかに速まっていた。


 カインはそれを見逃さなかったかのように、低く笑う。


 「へえ、そうか。」


 面白そうに微笑みながらも、彼の琥珀色の瞳は依然としてエレを捉えている。

 まるで彼女の言葉の真偽を測るように——。


 エレは視線を逸らさず、真っ直ぐに見返す。

 その氷のように澄んだ青い瞳には、かすかな挑発の色が宿っていた。


 ——あなたも分かっているでしょう? 私たちはどちらも、ただの観察者じゃない。


 カインはその無言の意思を感じ取ったのか、唇の端をさらに持ち上げる。


 「なるほど。」


 わざとらしく頷き、茶目っ気たっぷりの口調で続けた。

 「それなら、俺もそこそこ有名人ってわけか。いや、嬉しいね。まさかエレ嬢の雑談のネタになれるとは。」


 エレは微笑んだまま、返事をしない。


 そのやり取りを見ていたリタは、どこか張り詰めた空気を感じ取ったのか、慌てて会話に割り込んだ。

 「エレ、ちょっと待ってて! もうすぐ仕事が終わるから、一緒に帰ろう?」


 「おや、それなら俺はお邪魔虫ってことか。」


 カインは軽く肩をすくめ、相変わらず気軽な態度で言う。

 けれども、その視線は未だに細かくエレの反応を探っていた。


 「まあ、今日の“貴族としての義務”もそろそろ終わりだな。」

 冗談めかした口調でそう言い、彼はゆるりと一歩引く。


 「じゃあ、またな、エレ。」

 その一言に、わずかな含みが混ざっていたのを、彼女は聞き逃さなかった。


 そして、カインは軽く顎を引き、優雅にその場を後にする。

 彼の背が人混みに消えるまで、エレは微動だにせず、その場に立ち尽くしていた——。

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