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異世界の聖女を母に持つ私は、亡国の姫として生き延びる  作者: 雪沢 凛
焰に響くの終焉

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188/194

(188) 挑む血の交錯

 周囲の闇がざわめき、サルダンの精鋭兵たちが林の左右から一斉に飛び出す。

 鋼の刃が火の光を浴びて、不気味な輝きを放った。


「敵襲だ――!」


 サイラスが顔を上げた瞬間、左目に激しい痛みが走る。

 視界には倒れた松明が炎を撒き、光と影が交錯していた。

 火の揺らめきの中で、サルダン兵の長刀が冷たい閃光を放つ。


「退けっ!」

 低く鋭い声が、戦場に響き渡る。

「丘の方へ下がれ――急げ!」


 混乱しながらも兵士たちは命令に従い、段階的に後退を始める。

 数名の騎士がその場に残り、銃口を向けて周囲を警戒し、仲間を援護しようと構えた。


 サイラスは鋭く振り返り、長剣を下段に構える。

 その姿はまるで、夜の獣そのものだった。


「殿下!」

 一人の騎士が手を伸ばしたが、彼はその手を振り払った。


「行けッ!」


 その一声は、鞭のように空気を裂いた。

 次の瞬間、サイラスは駆け出した。


 銀の刃が火を裂き、敵の刀とぶつかりあう激しい音が鳴り響く。

 彼は一対多を恐れず、連続して三人の兵士を斬り倒した。血飛沫が夜霧の中に舞う。


 それを見つめるラファエットの瞳には、狂気に似た光が宿っていた。


「……見事だよ、殿下。」

 ゆっくりと手を上げ、周囲の伏兵に手を振る。

「撃て。」


 ――パン、パン、パン!


 火縄銃の爆音が夜を裂く。


 サイラスの部下が数名倒れ、血が湿った地面に飛び散った。

 残った兵士たちは必死に反撃しつつ、サイラスを護るように後退する。


「殿下、こちらです!」

「林の外へ――!」

「奴らは生け捕りにする気です!」


 ラファエットの顔から笑みが消える。そこには冷たい計算だけが残っていた。

「殺すな。できるだけな。」


 後ろにいた副官が息を呑む。「しかし今の彼は危険すぎます……!」


「……連れてこい。」

 その声は絞り出すように低く、まるで毒を含んだ蛇の囁きだった。

「“門”を開けさせる――ここでだ。」


 副官は青ざめながらも、無言で命令に従って立ち去った。


 ラファエットは再び前を向き、火炎の向こうで金紅の光を放つサイラスの左眼を見つめる。

 乾いた唇を舌で湿らせながら、低く呟いた。


「さあ……“神の猟犬”よ。」

「その極限を、見せてみろ――」



 林の中に響く炎の唸りと、うねる濃煙――

 燃えさかる火が、屍と血痕を朱に照らす。


 サイラスは深く息を吸い、左目の金紅の紋が妖しく光を放つ。

 だがその手はゆっくりと下がり、剣を掲げることはなかった。


 黒い霧がわずかに晴れ、向こう側から足音が聞こえる。

 副官が一人のか細い影を半ば突き飛ばすように連れてきた――

 リタの顔は蒼白で、髪は乱れ、両手は後ろで縛られたまま。

 よろよろと、今にも倒れそうな足取りだった。


 彼女は顔を上げ、潤んだ瞳でサイラスを見つめ、唇を噛みしめながら震える声で言った。

「……ごめんなさい。」


 だがその涙に濡れた目が、突如として決意を宿す。

 彼女はほとんど叫ぶように言った。


「どうか……私を殺してください!」


 ラファエットはその隣に立ち、刀の柄を握りしめ、口元には残酷とも言える笑みを浮かべていた。

「なんて美しい自己犠牲だろうな、殿下。聞こえたか? この小さな間諜の“誠実さ”が。」


 サイラスの眼差しは鋼のように冷たく、すぐには返事をせず、ラファエットを睨みつけた。

 そして低く、だがはっきりと訊いた。


「彼女は……なぜ裏切った?」


 ラファエットはゆっくりと笑みを深め、リタへと視線を移す。

「なぜって? 生きたかったからさ。」


「我々が掌握している補給線、伏兵の配置、お前たちの動員命令……すべて見せてやった。」

 彼は舌で唇をなぞり、不快なほど軽い口調で続けた。

「協力しなければ、行き場がなかったんだよ。家族は全部、私の手の中にある。」


 リタの身体が震え、涙が止めどなく頬を伝う。

「……ごめんなさい……ごめんなさい……」


 ラファエットは嘲笑いながら、刀の刃をさらに近づけた。声は蛇の毒のように冷たかった。

「見ろよ、殿下。彼女は分かってるんだ、お前がどうするかを。」


 サイラスは拳を握り、声を絞り出すように吐き出した。

「……かつて、誰かが言っていた……戦場で彼女を人質にされるなら、迷うなと。」


 リタは涙に滲んだ視界の中、サイラスを見上げ、かすれた声で叫ぶ。

「……お願い……殺して……!」


 サイラスはすぐには答えず、そっと視線を落とした。

 そして左耳の月長石のピアスに指を伸ばし、その冷たい感触に触れる。

 それは誰かの声を思い出させるようでもあり、自らの狂気を鎮めるものでもあった。


 彼の呼吸は浅く、苦しげで、だがその瞳には静かだが深い痛みと決意が宿っていた。


「……どうすべきか、分かってる。」

 それは彼女に向けられた言葉であり、同時に自分自身への囁きでもあった。


 ゆっくりと目を上げ、ラファエットを真正面から見据える。

 ラファエットは眉を上げ、彼の剣に警戒の視線を向けた。

 だが、サイラスはその剣をゆっくりと納める。


 そして、懐から黒く光る四角い物体を取り出した。

 ラファエットの瞳が一瞬で細められる。


「……それは何だ?」


 サイラスの指がその表面をなぞる。

 画面が点灯し、そこに映ったのは――

 密集した文字、構造図、図表、製造手順……無数の情報。


「これは――異世界の“知識の宝庫”だ。」

 サイラスの声は、底冷えするほど静かだった。

「俺があの世界で見た技術、読んだ書籍、記憶した全てがここにある。」


 ラファエットの瞳孔が縮み、呼吸が荒くなる。


「……門は、もう開けない。」

 サイラスは低く言った。金紅の左眼が、不退の決意を湛えていた。

「だが、これがある。――リタと交換する。」


 リタの目が大きく見開かれ、涙が再び溢れ出る。

 サイラスはかすかに笑った。頬を伝う血がその笑みに混じる。


「リタは……俺の大切な人が愛する家族だ。」

「裏切ったとしても……きっとエレは彼女を赦す。」


 ラファエットは荒く息を吐きながら、目を見開く。そこにはほとんど“渇望”とも呼べる光が宿っていた。

「……何を企んでいる……?」


 サイラスは目を伏せて冷たく笑い、両手にわずかに力を込める。

 その仕草は、あたかもその板を今にも叩き割ろうとしているようだった。


「信じなくていい。なら……今ここで壊す。」


「待て!」


 ラファエットの声が裏返るように高くなった。

 その震えた声に、副官や周囲の兵士たちも息を飲む。


 ラファエットの目は、あの発光する板に釘付けだった。


 喉を鳴らし、低く呻く。

「……置け。それを。」

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