(150) 戦場の価値
四肢はまだ痺れていて、筋肉の疲労が歩くたびに鈍い痛みを走らせた。
それでも、エレは午後の訓練にも出たいと思った。せめて、他の人たちの歩調に追いつきたかった。
だが立ち上がった瞬間、訓練場の教官が前に立ちふさがった。
「今日の訓練はここまでだ。あっちで見学してろ。」
その声は有無を言わせないものだった。
「でも、まだでき――」
「何ができるって?」
教官は冷ややかに一瞥をくれた。
「今お前が出ても動きはバラバラだ。周りの足を引っ張るだけだ。体が慣れてからにしろ。」
エレは唇を噛みしめた。
結局、渋々木柵のそばに座り込むしかなかった。
訓練場の中央では騎士たちが動きを止めずに鍛錬を続けていた。
悔しかった。
体力がないわけじゃない。舞踊の鍛錬で体は柔軟で、持久力だってそれなりにある。
でもこの単調で反復的、かつ容赦ない軍の訓練は舞踊とはまるで別物だった。
騎士たちが鍛えているのは戦場のための動き。彼女の体はまだその負荷に耐えられなかった。
四肢はまだ痺れ、筋肉は強張り、拳を握るのもやっとだった。
自分がついていけないのはわかっていた。
でも、外に弾かれるのは嫌だった。
騎士になる必要はない。
ただ、ここに立つ資格だけは示したかった。
そんな時、すぐ隣で声がした。
「そんなやり方じゃ、無理よ。」
顔を上げると、そこには腕を組んだまま冷静にこちらを見下ろすヴェロニカがいた。
「……何しに来たの? からかいに来たの?」
イライラが滲む声になった。
気分が最悪の時に、こんなふうに見下ろされるなんて、冗談じゃない。
だがヴェロニカは淡々と微笑んだだけだった。
「からかいじゃない。忠告よ。」
ゆっくりと腰を落としてエレと目線を合わせる。
「このままだと、ただ自分をすり減らして死ぬだけよ。」
エレの表情が固まった。
何も言えなかった。
「戦場では、誰がどれだけ努力したかなんて評価しない。」
声は冷たく現実的だった。
「本当に自分を証明したいなら、そんな無意味な真似じゃなく、自分が役に立つ場所を見つけなさい。」
言い返せなかった。
彼女の言葉は、痛いほど正しかった。
会議室の前で見た、あの完璧なコンビネーションを思い出す。
サイラスとヴェロニカはほとんど言葉もいらない。ヴェロニカは計画を即座に理解し、的確に補佐する。
自分は?
今のまま戦場に行って、何ができる?
サイラスに必要なのは、彼を助けられる戦略の盟友。
護られるだけの足手まといじゃない。
本当に、自分にそんな資格があるのか。
それを考えるだけで胸が締めつけられた。
「……放棄しろって言いたいの?」
かすれた声で問い返した。不満と悔しさが滲む。
ヴェロニカは薄く眉を上げた。
「私がいつ放棄しろって言った?」
エレは目を見張った。
「ただ、やり方を間違ってるだけ。」
その声は冷静だった。
「本当に戦場で役立ちたいなら考えなさい。――自分の価値は何かを。」
「騎士の真似事なんかしてる場合じゃない。」
エレは黙ったまま、複雑な思いでヴェロニカを見つめた。
苦手な相手だった。
軍を知り、賽勒斯を知り、戦場での自分の価値を知っている。
そして今、この自分の弱さすら、あっさりと言い当てた。
「自分で考えなさい。」
立ち上がりながらヴェロニカは言った。
「戦場で無駄なものは、ただ死ぬだけよ。」
踵を返し去ろうとしたその時――
エレの視界の端で、模擬戦場で倒れる兵士の姿が目に入った。
「――あっ!」
鈍剣のはずの刃が相手の腕を打ち、悲鳴が上がる。
血が滲み、袖を赤く染めた。
次の瞬間、エレは反射的に立ち上がり、駆け出していた。
ヴェロニカはそんな背中を目で追い、目を細めて口元にかすかな笑みを浮かべた。
それは皮肉でも嘲笑でもなく、どこか含みのある、意味深い笑みだった。




