(148) 貫く訓練の刻
訓練場の外、サイラスはヴェロニカと並んで立ち、アレックとノイッシュがその後ろに控えていた。
サイラスの視線は訓練場の中央に向けられていた——明らかに周囲とは違う、その小柄な姿に。
エレは女性用の軍服を着ていた。サイズは何とか合っていたが、袖口や腰回りは少し緩く、束ねた銀白色の長髪が走るたびに乱れがちだった。
彼女は騎士たちの隊列の一番後ろを走っていた。
その歩調は歴戦の兵たちのように整っておらず、息も上がり気味で、時折ふらつく様子さえ見えた。
それでも——決して止まらず、文句も言わず、ただ必死に食らいつくように隊列についていく。
サイラスは最初、眉をひそめた。
だが次の瞬間、思わず小さく笑ってしまった。
「……これはどういうつもりだ?」
声は複雑で、呆れを含みつつも、抑えきれない微かな感情が滲んでいた。
後ろに立つアレックとノイッシュが背筋を伸ばし、視線を交わす。
やがてアレックが先に口を開いた。
「……止められなかったんです。」
その声には諦めに似た無力感があった。
「どう説得しても無駄でした。」
ノイッシュも続ける。彼の方が正直でストレートだった。
サイラスの声がわずかに上ずる。
「だからって訓練に参加させたのか?」
「止められるなら止めてたさ。」
アレックは肩をすくめてため息をついた。
「どれだけ大変か説明して、怪我する危険も警告した。でも彼女は聞かなかった。」
「訓練させないなら、自分で軍に紛れ込むって言い張ったんだ。」
ノイッシュは苦笑混じりに付け加えた。
「だったら正面から参加させた方がマシだって、俺たちで判断した。」
サイラスはしばし黙ったまま、再びエレを見つめた。
彼女の走りは不格好だった。
息は荒く、足取りは重い。だが一歩も遅れまいと必死に走っていた。
その姿を見て、本来なら怒りを覚えるべきだった。
——戦場は甘くない。
彼女のような素人が踏み込む場所ではない。
だが、今。
その小さな背中を見つめる自分の心は、どうしようもなく痛んでいた。
可笑しくて、情けなくて、そして少しだけ愛おしかった。
「……全く、面倒な女だ。」
低く呟いた声は、呆れとも、優しさともつかない曖昧な響きを帯びていた。
ヴェロニカはそんな彼の横顔をちらりと見て、再び前を向いた。
「どれくらい持つと思う?」
淡々とした声で問う。
「それが問題だ。」
サイラスは小さく息を吐いた。
「訓練なんて受けたこともない。戦場なんか向いていない。……何を証明したいんだか。」
アレックが低く呟いた。
「……多分、『一緒に行ける』ってことを証明したいんじゃないですか。」
サイラスはわずかに目を見開き、アレックを見やった。
アレックは冗談めかすこともなく、ただ当たり前のように言った。
「エレ様は、待つだけの人じゃないでしょう。置いていかれるくらいなら、自分から同じ舞台に立とうとする。殿下が連れていかないなら、せめてその資格を自分で作ろうとするはずです。」
サイラスは沈黙した。
痛いほどわかっていた。
彼女はそういう女だ。
何もかも投げ捨てて帝都に来た時から、結末は決まっていたのかもしれない。
一人で待つくらいなら、一緒に地獄に来る。
それが彼女だ。
「……馬鹿な女だ。」
声は小さく、押し殺したようだった。
ヴェロニカは横目でサイラスを見たが、何も言わなかった。
訓練場では、エレがまだ走っていた。
息は乱れ、足元も危うい。
だが決して止まらなかった。
サイラスは腰に手を置いたまま、指先で小さくリズムを打つようにしてから低く命じた。
「教官に伝えろ。特別扱いはするな。ただし、彼女を見張っておけ。」
「……それはさすがに厳しくないか?」
ノイッシュが戸惑いを見せた。
「甘やかすわけにはいかない。」
サイラスの声は冷静だった。
「同じ場所に立ちたいなら、それなりの覚悟を示させる。」
そう言いながらも、彼の目はずっと訓練場に釘付けだった。
その小さな影を、決して見逃さないように。
赤獅堡の軍用食堂は、粗野な雰囲気に満ちていた。
長い木のテーブルの上で、騎士たちは重たい黒パンや素焼きの器を手に、大口を開けて食事をかき込む。
談笑、食器のぶつかる音、笑い声や怒声が飛び交い、活気にあふれていた。
しかし、その喧噪の中で、ひとつの席だけが明らかに浮いていた。
エレは壁際の席に座り、じっと目の前の皿を見つめていた。
黒パン、少量の干し肉、湯気の立つ野菜スープ——それが今日の食事だった。
本当に、体が限界だった。
早朝の訓練は、彼女の体力をほとんど絞り尽くした。
長距離の走り込みで脚は鉛のように重く、呼吸もまだ痛むように浅く乱れていた。
スプーンを持つ手さえ震え、力が入らなかった。
そして、これがたった初日。
明日も、明後日も、この先ずっと、もっと厳しい訓練が待っている。
——本当に最後まで耐えられるのだろうか?
考えたくなかった。
誰も答えをくれはしない。自分で証明するしかなかった。
彼女は震える指でスプーンを握り、スープをかき混ぜた。
だが、なかなか口に運べない。
少し離れた席では、騎士たちが別に気にするふうもなく談笑し、食事を続けていた。
だが、彼女の周囲との間には確かに見えない壁があった。
——自分は、ここに属していない。
スープを見下ろすと、刻んだ人参や玉ねぎ、青菜の香りが湯気とともに立ち上る。
疲れ切った体はむしろ食欲を奪い、温かいスープですら胃が重くなるようだった。
それでも、食べなければならない。
歯を食いしばり、無理やりスプーンを口元へ持っていこうとしたが、途中で止まった。
……自分は、甘いんだろうか?
サイラスは一度だって自分を戦争に連れていくとは言わなかった。
計画に彼女の居場所はない。
軍服を着たから、訓練に参加したからといって、この軍の一員になれるわけじゃない。
その現実が、痛いほど分かっていた。
自分の努力は、本当に何かを変えられるのだろうか。
エレは小さくため息をつき、結局スープを飲み込んだ。
温かさが喉を通り、わずかに体を温めたが、胸の奥に巣食う冷たさを追い払うことはできなかった。
——あとどれだけ持つだろうか。
分からない。でも、立ち止まるつもりはなかった。




