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異世界の聖女を母に持つ私は、亡国の姫として生き延びる  作者: 雪沢 凛
赤獅の焰と孤影

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(147) 挑むの試練

 扉の外に立つエレは、室内の光景をじっと見つめていた。

  揺れる火灯りが石壁に二人の影を落とし、それが交わり重なっている。

  言葉少なでも互いの意図を理解し、ヴェロニカはサイラスの言葉の不足を正確に補い、必要な情報を即座に伝える。

  彼がパンを噛み切るのに手間取れば、無言で干し肉をもう一枚切って皿に置き、戦術の相談を途切れさせることなく進めさせる。


 その光景に、エレの胸がぎゅっと痛んだ。

  戦場で采配を振るう彼の姿は何度も見てきたはずだった。

  けれど、この扉の外で目にする「自然な連携」は、彼女がこれまで気づかなかったものだった。


  ——この戦争で、私はどこに居場所があるの?


 そのとき、近くを通る数人の兵士が小声で会話をしていた。

  彼女の存在には気づかず、気楽に話す声が耳に入る。


「……やっぱり殿下にはヴェロニカ様が一番合ってるよな。ずっと傍にいてほしいもんだ。」

  「だよな。貴族の令嬢なんて大勢寄ってくるけど、戦場で殿下と肩を並べられるのはヴェロニカ様くらいだろ。」


 エレは無意識に指先に力を込め、爪が掌に食い込むのを感じた。

  ——こんな言葉、気にしちゃいけない。

  そう分かっているのに、胸の奥に鋭い痛みが走る。


「戦場で並び立つ女」だけが必要とされるなら——

  私の居場所はどこ?


 深く息を吸い込んで、感情を必死に抑え込むと、彼女はそのまま歩みを進めた。


「エレ様?!」

  横から聞き慣れた声がして、エレはわずかに驚きつつ振り向いた。視線の先には、アレックとノイッシュが驚いた表情で立っていた。


  アレックは明らかにここで彼女を見かけるとは思っていなかったようで、ノイッシュは素直に目を見開き、やや呆れたように言った。

  「なんでここに?屋敷にいるはずじゃなかったのか?」


 エレは必死に平静を保ち、彼らの鎧を見つめた。そして一呼吸置いて、静かに尋ねた。

  「あなたたちも……サイラスについて前線へ行くの?」


「そうだよ。俺たちは殿下に忠誠を誓った騎士だ、当然ついていくさ。」

  ノイッシュは当然だと言わんばかりに頷き、淡々と答えた。


 その言葉に、エレの心がわずかに震えた。

  彼女はアレックを真っ直ぐに見据え、問うた。

  「いつ、出発するの?」


 アレックは目を逸らしかけ、言葉を選ぶようにして答えた。

  「早ければ……三日後だ。」


「……三日後?」

  エレは息を呑み、胸の奥に冷たいものが広がった。


  知らなかった。

  軍議でまだ詰めている最中だと思っていた計画が、すでに最終段階に入っていたなんて。

  つまり、皆がもう準備を終え、出発を待つばかりなのに——

  自分だけが、そのことを何も知らされていなかった。


 彼女は強く拳を握りしめ、爪が掌に食い込むのを感じた。

  自分だけが、帝都に取り残される。


 アレックは彼女の表情の変化に気づき、眉をひそめた。何か言いかけて口をつぐむ。

  一方、ノイッシュは無神経なまでに率直に尋ねた。

  「え、殿下から聞いてないのか?」


 その瞬間、エレの瞳が冷たく光った。

  ——もう、待っているだけでは駄目だ。

  彼が教えてくれないのなら、自分で自分の場所を作るしかない。


「アレック、ノイッシュ——軍服を貸して。」

  彼女は鋭く言い放った。その声音には決意が滲んでいた。


 二人は同時に目を見開き、口を揃えた。

  「はっ?!」


「私も訓練に参加する。」

  エレは真っ直ぐに二人を見据え、その瞳は鋼のように揺るがなかった。


 アレックは表情を引き締め、眉を寄せて言った。

  「エレ様、それは冗談で済む話じゃない……」


 ノイッシュも戸惑いを隠せないまま口を開いた。

  「だよな、怪我したらどうするんだよ?戦場は舞踏会でも闘技場でもねえんだ、あれは……」


「わかってる。」

  エレはノイッシュの言葉を切るように言い、声は静かだが絶対に譲らぬ気迫があった。

  「でも、何もしなければ私は帝都で待つだけの存在になる。それは絶対に嫌なの。無関係な人間として取り残されるなんて、耐えられない。」


「それは……お前が決めることじゃない。」

  アレックの声が低くなる。

「そんなこと、勝手に決めるべきじゃない。少なくとも……殿下に相談しろ。」


「相談なんかしない。」

  即答だった。その声は鋭く切り裂くようで、そして、どこまでも冷静だった。

  「だって、彼は絶対に許さないから。」


 アレックは言葉を失い、沈黙した。

  ノイッシュもぽかんと口を開いたまま、目を瞬かせていた。

  エレはもう一度、力強く言った。


「アレック、ノイッシュ。軍服を貸して。」

  今度は拒絶を許さない声音だった。


 アレックは頭を抱えるように額に手を当て、深く息を吐いた。

  「冗談じゃ済まないんだぞ……エレ様。軍の訓練がどれだけ厳しいかわかってるのか?騎乗、剣術、弓術、歩法、どれも甘いものじゃない。」


「わかってる。」

  彼女は真っ直ぐに言い切った。

  「でも、それでも私は諦めない。」


 ——どんな形であれ、自分の居場所を、私は自分で掴む。

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