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異世界の聖女を母に持つ私は、亡国の姫として生き延びる  作者: 雪沢 凛
舞踏の光と闇の刻

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143/194

(143) 戦誓の布告

 高台に灯された燭火が揺らめき、皇帝ラインハルトの威厳に満ちた姿を浮かび上がらせていた。

  彼は帝国の王袍を身にまとい、宮殿大広間の壇上に立って、貴族たちや軍の要人を見下ろしていた。

  その存在だけで、舞踏会の空気は一変し、荘厳な静けさが辺りを包み込む。先ほどまで流れていた音楽は止み、ざわめきは次第に鎮まり、すべての視線がただ一人の男に注がれていた。


 エレは人々の間に立ち、わずかに顔を上げて壇上を見つめた。

  群衆の向こう、整然と立つその影――

  仕立ての良い軍装が彼の鋭利で冷然とした輪郭を際立たせ、彼の放つ静かな威圧感は、華やかな宮廷の空気と明らかに異質だった。

  彼は皇帝の傍らに立ち、眼差しは鋭く、まるで山のように動じなかった。


 皇帝の声は重厚でよく通る。

  「帝国とサルダン神聖国の関係は、長らく微妙な均衡を保ってきた。だが近年、国境付近では騒乱が絶えず、彼らの野心はもはや隠しきれぬものとなっている。」


 大広間の貴族たちがざわめき始める。

  その言葉自体に驚きはない。しかし、その口調が、これは単なる外交的な警告ではなく、正式な戦の布告であることを感じさせていた。


「帝国は傍観することはできない。東方の国境は戦線となり、我ら帝国は軍を結集し、避けられぬ戦いに臨む。」


 ラインハルトの言葉が降りると同時に、場内に重く沈んだ動揺が広がった。


「そしてこの戦――」


  皇帝はゆっくりと顔を巡らせ、自らの隣に立つサイラスへと視線を移す。

  その目には揺るぎない決意が宿っていた。


「サイラス・ノヴァルディア王子が、自ら軍を率いて出征する。」


 その瞬間、広間には沈黙が訪れ――

  次の瞬間、一斉に驚きの声が巻き起こった。


 王子自ら出陣?

  つい先日、帝国の上流社交界に初めて姿を現したばかりの若き王子が、まさか戦場に立つとは――。

 エレの胸が激しく波打つ。


  思わずサイラスの方に目を向けるが、彼はまるでこの瞬間を予期していたかのように、微動だにせず、ただ静かに立っていた。


 彼女はとっさに顔を横に向け、ヴェロニカに囁くように訊ねた。

  「……このこと、前から知ってたの?」


 ヴェロニカの表情には、さほどの変化はなかった。

  わずかに口元を緩め、淡々とした口調で言う。

  「当然のことよ。」


「――!」

  エレの指先がわずかに震え、瞳の奥にかすかな動揺が走る。


 今、彼女は気づいてしまった。

  ――この一連の展開は、決して突発的な決定ではなかったということを。


 ◆ ◆ ◆ 


  ――舞踏会の前、皇宮内の一室にある書斎で、三人の影が向き合っていた。


 エドリックはソファに身を預け、指先で杯を軽く弾きながら、含みのある声で問う。

  「つまり、お前は舞踏会の場で皇帝自ら戦争を宣言させ、その上で自分が軍を率いて出陣すると?」


 書き物机の前に立つサイラスは、淡々とした表情のまま、わずかに首を傾けて高座の皇帝ラインハルトを見やった。


  「その通りです。」


 皇帝は深い視線で彼を見据え、数秒ほど沈黙したのち、変わらぬ口調で問いかける。

  「理由は?」


 サイラスはすぐには答えず、ゆっくりとピアスに触れ、その瞳には冷静な計算が閃いた。

  そして手を下ろし、淡々と言い放つ。


  「この戦争は、遅かれ早かれ避けられない。」

  「だが帝国が受け身になり、サルダン神聖国に先手を取られれば、戦略的に圧倒的な不利を背負うことになる。主導権は我々が握るべきです。」


 皇帝はすぐに返答せず、鋭い鷹のような目でじっと彼を見つめ、その言葉の真意を測ろうとしていた。


 一方、エドリックは面白そうにサイラスを眺め、ゆっくりとワインを口に含む。

  「……らしくないな。」


「ほう?」サイラスが薄く眉を上げる。


「お前はこれまで、戦争にも帝国の政争にもほとんど興味を示さなかったはずだ。それが今さら自分から出陣を願い出るとはな。」


  エドリックは皮肉げに笑い、鋭い眼差しを彼に向ける。

  「それともこれは――帝国のためじゃなく、あの『エスティリアの亡命姫』のためか?」


 皇帝はその言葉を聞いて、一瞬目を細めた。どうやら何かを悟ったようだ。


 だがサイラスは否定も肯定もしなかった。ただ微かに口元を吊り上げ、冷静で淡々とした声で言う。

  「この戦争は、帝国とサルダン神聖国の利害だけの問題じゃない。」


 一拍置き、低い声で続ける。

  「エレの安全にも関わる。」


 皇帝はじっと彼を見つめ、指先で机をゆっくりと叩いた。しばしの沈黙の後、ついに重い声を絞り出す。


  「……そこまで言うのなら、お前の言う通りにしよう。」

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