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異世界の聖女を母に持つ私は、亡国の姫として生き延びる  作者: 雪沢 凛
第四章:終焉の戦焰と絆

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(137) 舞踏会の中心で

 煌びやかな照明が照らす舞踏会の中心、サイラスとエレは優雅にステップを踏みながら、音楽の旋律に合わせて静かに回っていた。

  周囲の貴族たちは談笑しながらも、誰もがこの注目の二人に視線を向けずにはいられなかった。


 エレの視線は無意識のうちにサイラスの胸元へと落ちる。

  そこに掛かる琥珀石のペンダントが、照明の下で柔らかな光を放っていた。

  彼女は覚えている――ブレストの町で、サイラスがこのペンダントを身につけていたことを。

  当時は深く気に留めなかったが、今ではその意味を知っている。


 サイラスは彼女の視線に気づき、口元を緩めて冗談めかしく囁いた。

「そんなにじっと見つめて……舞踏相手の顔を見るのが礼儀じゃないのか?」


 エレはその調子に思わず吹き出し、顔を上げる。

「ただ思い出してただけ。あの時は、まさかそれが王族の証だなんて思わなかったわ。堂々と身に着けて歩いてるあなたにも驚いたけど。」


「……ふふ、」

 サイラスは少し考え込むように笑みを漏らし、どこか懐かしむように目を細めた。

「実のところ……今日まで、これは母の形見だと思っていた。」


 その言葉に、エレは一瞬動揺し、ステップを一歩踏み外してしまう――

  だが、サイラスの手がすぐに彼女の腰を支え、優しく導いて正しいリズムへと戻してくれた。

  舞の流れには、微塵の乱れもなかった。


「集中してるようで、してないな。」

  彼は軽くからかうように言ったが、その声には不思議と柔らかさがあった。


 エレの胸の奥がきゅっと締めつけられる。

  あの夜見た夢、あの断片的な記憶、そして絶望に満ちたあの瞳……サイラスの母に関する疑問は尽きない。

  けれど、今ここでその話題を口にするのは違うと直感した。

  彼女は、彼に自分の動揺を気取らせたくなかった。


 だからこそ、微笑みで包み込み、さりげなく話題を変えた。

「……ちょっと驚いただけよ。」


 そして、少し首を傾げて彼を見つめる。

「舞踏会なんて普段出ないくせに、随分と踊り慣れてるのね。ちょっと意外。」


 サイラスは眉を上げ、気だるげな笑みを浮かべる。

「こんなことも覚えられないようじゃ、今日みたいに君を誘って踊るなんて到底できなかっただろう?」


 その言葉にエレはふっと笑い、目を細める。

「それは……ありがたくお礼を言わないといけないわね、王子殿下。」


 その口調は少しおどけていたが、心の奥では、はっきりとわかっていた。

  この一曲の舞の後には、もっと複雑な「帝国の舞」が待っているのだと。


 やがて、曲の最後の旋律が静かに消え、サイラスはエレをエスコートして舞を締めくくる。

  場内からは、貴族たちの礼儀正しい拍手が鳴り響く。


 この一曲によって、サイラスは帝国の社交界への第一歩を堂々と踏み出し、

  そして、エレの存在もまた、すべての人々の記憶に深く刻まれたのだった。


 二人が舞踏の輪から外れると、間もなく数名の貴族たちが杯を手に近づいてきた。

  その視線は探るようであり、笑みの裏には計算が見え隠れする。


 サイラスはまったく動じる様子もなく、給仕が差し出した杯を片手に取り、赤ワインを静かに揺らした。

  そのまま肩越しに振り返り、彼に近づいてくる帝国の有力者たちを悠然と見つめる。


 彼の瞳には、どこか楽しむような色が混じっていた。



 ➤ 第一の試金石:軍部および武断派の代表

 深紅の金刺繍が施された外套を纏った、屈強な体格の貴族が最初に口を開いた。

  その装いは、帝国軍の上層部を示す象徴の一つだった。


 彼はワインを掲げ、口調は一見すると軽やかだったが、どこかに含みを持たせた声音で言う。

「殿下、帝都で正式にお姿を見せるのは、これが初めてですね?」


 “殿下”という呼び方が、そのまま彼の立場を表していた。

  サイラスを王子として認め、皇帝の決断を支持する立場にある、という意思表示だ。


 サイラスの瞳がわずかに揺れる。

  彼も杯を掲げ、静かに相手と乾杯を交わした。


「確かに、公の場での登場は初めてですね。」


 唇にワインを運んだその瞬間、貴族は身体を少し前に傾け、声を潜める。


「殿下、長年辺境におられたならご存知でしょう……

  帝国の繁栄は、婚姻や外交によってではなく、鋼と火の力によって築かれてきたということを。」


 それは明らかな探り――

  彼らは、政治的な均衡や貴族間の綱引きよりも、軍事的手段による統治を望んでいることを示している。


 サイラスはその意図を察しつつ、杯をゆっくりと回した。

  その瞳には、一瞬だけ読み取りづらい光が宿る。


「繁栄も衰退も、単一の手段に依存するものではありません。

  大切なのは、その時々に最も適した戦略を見極めることです。」


 貴族は眉をわずかに上げ、その言葉の裏を読み取ろうとする。

  だが、サイラスの表情は相変わらず揺るぎない。


「さすがは陛下の御子息。お言葉も実に……含蓄が深い。」


「お褒めに預かり光栄です。」


 サイラスは穏やかに微笑み、再び杯を合わせた。

  彼はこのやり取りの中で、軍部への明確な支持を示さなかった。

  あえて曖昧な立場を保つことで、相手に判断の余地を与えた――それが彼の流儀だった。



 ➤ 第二の試金石:保守派貴族の視線

 続いて、一人の老侯爵がゆっくりと歩み寄ってきた。

  伝統的な帝国貴族の礼服を纏い、腰には緻密な刺繍が施された帯を巻いている。

  その立ち姿は、保守派の典型といえる。


 老侯爵は軽く頷き、落ち着いた声で語りかけた。


「殿下、かつてはエドムンド侯爵の養子と伺っておりました。

  ……今や、本来のご身分にお戻りになられたのですね。」


 その言葉は一見、身元を祝福するように聞こえる。

  だが、そこには明確な含みがあった。


「あなたは侯爵家の人間なのか?それとも皇族なのか?」


 サイラスは穏やかに笑みを浮かべ、あくまでも柔らかな調子で応じた。


「侯爵がおっしゃる通り、私はブレストで育ちました。

  ですが、それは私の帝国への忠誠に何ら影響しません。」


 老侯爵は目を細め、彼の表情の端から何かを読み取ろうとした。

  しかし、サイラスの笑みは終始変わらず、何も語らなかった。


「なるほど……賢い方だ。」

 老侯爵は微笑みながら、含意を込めた口調で言った。

「ですが、賢者であればこそ、いずれは選ばねばなりませんぞ。」


 サイラスは答えず、静かに杯を掲げた。

  その眼差しには、かすかな冷たさが滲んでいた。


 ――この者たちは、皇族でさえも一つの駒としか見ていないのだ。



 ➤ 第三の試金石:中立派・皇帝の静観者

 一連の対話の後、深緑の礼服を身に纏った伯爵が一人、穏やかに歩み寄ってきた。

  彼は中立派の代表格で、常に表立った発言を避けつつも、政界では一目置かれている存在である。


「殿下のご登場で、今宵の舞踏会は一段と華やかになりましたな。」

 伯爵はにこやかに杯を掲げた。

「ところで、殿下は帝国の未来をどうお考えですかな?」


 その問いは、軍事でも保守でもない、あくまで穏やかな探り。

  だが、サイラスの考えを測るには十分だった。


 彼は一瞬だけ思案し、やがてふっと微笑む。


「伯爵のご質問は難問ですね……

  ですが、私は思うのです。帝国の未来とは、外敵ではなく、内部の安定と信頼の上に築かれるべきだと。」


 それは、軍事的膨張にも貴族的閉鎖にも与せず、

  あくまで「帝国内部の団結」を重視するという立場をとる言葉だった。


 伯爵の目が一瞬輝き、興味深そうに笑う。


「ほう……まるで帝王のようなお考えだ。」


「それは買いかぶりです。」

  サイラスは穏やかに返し、再び静かに杯を重ねた。

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