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異世界の聖女を母に持つ私は、亡国の姫として生き延びる  作者: 雪沢 凛
第四章:終焉の戦焰と絆

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(136) それぞれの思惑

 サイラスとエレが手を取り、舞踏会場の中心に足を踏み入れたその瞬間、場にいる者たちの視線はほぼすべて、彼らの上に集中した。


 ――エドムンド侯爵家

 人混みの中に立つエドムンド侯爵は、その表情に動揺ひとつ見せず、あたかもこの展開をあらかじめ知っていたかのように平然としていた。

  ただ、手にした杯をゆるやかに揺らしながら、その目の奥には何か測り難い光が一瞬、閃いた。


 それに対し、イザベル夫人の反応は明らかだった。

  彼女は眉をひそめ、サイラスとエレの姿を交互に見つめている。

  まるで事態の真相を理解しようとするかのように。


  養子として育ててきたサイラスが、政治の場に身を置くことを避けてきたはずの彼が、今や帝国の王子として、公然と社交と権力の舞台へと踏み込んできたという事実に、思いもよらぬ衝撃を受けていた。


 その娘――フレイヤはさらに露骨だった。

  大きく見開いた目で、サイラスを信じられないものを見るように見つめていた。

  これまで常に距離を保っていた兄が、今や帝国中の視線を浴びながら、堂々と王族の名を背負って立っている。

  彼女は無意識に長衣の裾を握り締め、視線をそっとエレに移す。その瞳には、複雑な色が宿っていた。


 彼女はあの舞姫を覚えていた――ロイゼルの晩餐会で、誰よりも人目を引いたその少女が、今まさにサイラスの隣に立っているなど……。


「……彼が、どうして……?」

  フレイヤは思わず小さく呟く。


 その声に、イザベル夫人が横目で彼女を見やり、抑えた口調で言う。

  「どうやら、我らが『侯爵家の養子』は、思っていた以上に多くを隠していたようね。」


  その声音には不快感が滲んでいたが、同時にほんのわずかな驚愕が隠されていた。



 ――エドリックとカミラ――本来の主役たち

 舞踏会場の外縁では、エドリックが微笑みを浮かべつつ杯を傾けていた。

  表面上はまったく驚いた様子もなく、余裕に満ちたその視線は、隣に立つカミラへと向けられていた。


「……どうやら、今夜の主役は他の誰かになったようだね。」

 そう穏やかに呟きながら、杯の中の酒をゆっくりと揺らす。


 カミラは一度まばたきをしてから、静かに自身の杯を持ち上げた。

  指先で縁をなぞるように触れながら、変わらぬ優雅な笑みを浮かべる。


「良いことではなくて? 帝国の舞踏会ならば、少しの『驚き』こそ伝統にふさわしいでしょう?」

 彼女の声には一切の揺らぎがなく、まるでサイラスの登場など些細な出来事であるかのような落ち着き。

  だが、エドリックは見逃さなかった。彼女のわずかに持ち上がった顎と、目元に宿る微かな冷たさ――それは、彼女が本心では穏やかではないことを物語っていた。


「ほう……それで? 本当に、気にならないのかい?」

  エドリックは笑みを保ったまま、低い声で探るように問いかける。


 カミラは静かに酒を一口含み、杯を傾けながら彼に視線を返す。

  その瞳は、まっすぐに彼を射抜くように澄んでいた。


「気にならないわけがないでしょう? けれど……私は知っているの。」


 彼女は杯を下ろし、指先でふわりと縁をなぞる。

  その声には柔らかさとともに、鋭さが潜んでいた。


「今夜、どれほど注目が彼に集まろうとも――最後にあなたの隣に立っているのは、私。

  それは決して変わらない。」


 そして、ふと口元に微笑を浮かべながら、付け加える。


「……それに。あの“新たな王子殿下”がどれほどの注目を集めようと、あなたの手から奪えるものなんて、たかが知れているのでしょう?」


 エドリックはその言葉に一瞬目を細め、やがて喉の奥で笑みを漏らした。

  その笑顔には、明確な満足が滲んでいた。


「さすがは君だ。これしきのことに動じるはずがない。」

  彼は静かに杯を持ち上げ、彼女へと軽く乾杯の仕草を送る。

  「……だが、確かに。予想以上に面白い夜になったよ。」


 カミラも同じく杯を掲げ、彼と軽く触れ合わせる。

  揺れる酒の表面に映る燭光が、彼女の琥珀色の瞳に反射し――その笑みをより一層、深みあるものへと変えていた。


「帝国の未来は、結局のところ……私たちが手にしているのですから。」


 エドリックはその言葉に満足げな笑みを返しつつ、改めて彼女を見つめた。

  何が起ころうとも、彼女は今も、彼の隣に確かに立っている――そう思わせる、揺るがぬ存在だった。



 ――レオン伯爵とヴェロニカ

 レオン伯爵はホールの隅に立ち、鋭い眼差しで大広間全体を見渡していた。

  その視線はやがて、舞踏の中心で踊るサイラスとエレにたどり着く。


 彼はゆるりと眉を上げ、唇の端に意味深な笑みを浮かべる。

  杯のワインを一口飲み、軽く呟いた。


「まったく……ラインハルト陛下らしい手だな。

  こういう宣言で、見事に盤面を引っ掻き回してくれる。」


 今宵の舞踏会は、もともと王太子エドリックの未来を祝福する場だったはずだ。

  だが、今やすべての視線は、突然現れた王子に奪われている。


 レオンは首をゆっくりと振り、ふと隣のヴェロニカへと目を向けた。

「さて……どう思う? この“第二王子殿下”の登場劇――君はもう知っていたんだろう?」


 ヴェロニカは少し離れた場所で、従者としての立場を保ちながら静かに立っていた。

  両腕を組み、冷静かつ鋭い視線でホールを見つめるその姿は、まるで全てを見通しているかのようだった。


 彼女はレオンの言葉にちらりと視線を寄こし、落ち着いた口調で言う。

「伯爵。政治の話をするつもりなら――日を改めてください。」


 レオンは小さく笑い声を漏らした。

「おや? 今夜は話さないというのか。」


「ええ。」

  ヴェロニカはゆるやかに顎を上げ、その瞳に冷静な光を宿す。

「今夜の私は、あくまでサイラス殿下の随行者です。」


 その言葉に、レオンは興味深そうに眉を上げ、意味ありげな微笑を向ける。

  だが、それ以上言葉を重ねることはせず、ふたたび視線を舞踏会の中心へと戻す。


 ――これは、面白くなってきた。

  思わず心の中でそう呟きながら、彼は杯の酒を静かに傾けた。

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