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異世界の聖女を母に持つ私は、亡国の姫として生き延びる  作者: 雪沢 凛
第四章:終焉の戦焰と絆

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(135) 舞踏会での選択

 すべての視線がなおもサイラスに注がれている中、彼は長居することなく、すっと身を翻した。

  その瞳は、舞踏会場の端に佇む一人の女性を捉える。


 エレノア。

  彼女は少し離れた場所で静かにその劇的な登場を見守っていた。驚きもためらいもない、落ち着いた佇まい。

  今宵身に纏った純白の長衣と相まって、その姿はまるで夜の闇に咲く白薔薇のように凛としていた。


 サイラスは微かに笑みを浮かべ、ゆっくりと彼女のもとへ歩み寄る。

  人々の視線を一身に受けながら、彼は彼女の前で静かに頭を下げ、右手を差し出した。

  声は低く、しかし確かな響きをもって紡がれる。


「エレノア嬢。――私と一曲、踊っていただけますか?」


 エレの心が、ひとつ跳ねた。

  彼がこのように正式な呼び方をするのは、極めて稀なことだった。

  しかも、それは単なるダンスの誘いなどではない。

  彼女を帝国の中心、すべての視線の交差点に立たせる――極めて象徴的な行動だった。


 エレは彼の琥珀の瞳を見上げ、静かに微笑む。

  もしここで躊躇すれば、自らの選択を否定することになる。

  彼女はためらわず、そっと手を重ねる。

  指先が触れ合った瞬間、サイラスの指がほんのわずかに力を込める。それは彼女の返答を確かめるような、確かな反応だった。


「光栄です。」

  彼女は静かに応じた。


 サイラスは口元に柔らかな笑みを浮かべ、彼女の手を引いて舞踏の輪の中へと導いた。


 二人が舞踏の中央に進み出たとたん、周囲のささやきが一層大きくなる。


「エレノア嬢……誰かしら?」

  「確かエスティリア出身の……でも、舞姫だったんじゃないの?」

  「あり得ない! そんな女が王子の隣に立つなんて!」


 エレはほんの少し顎を上げ、穏やかな微笑を崩さなかった。

  この声たちは、始まりに過ぎない。

  けれど――彼女は、恐れてなどいなかった。


 サイラスは彼女の手をしっかりと握り、舞踏の中央で足を止める。

  彼女の瞳を見つめながら、軽く身を寄せる。


「……この登場、どうだった?」

  彼は小さく囁くように言い、唇にかすかな笑みを浮かべた。


 エレは首をかしげ、周囲の探るような視線を一瞥したのち、軽やかに微笑んで応じる。


「そうね……普段のあなたにしては、ずいぶん目立つ登場だったわ。」

  手に力を込め、ややからかうように言葉を続けた。

  「でも、こういう派手な場のほうが、案外似合うのかもしれない。」


 サイラスは片眉を上げ、興味深そうに問い返す。

「ほう? それはどういう意味だ?」


 エレは優雅に一回転し、白い長衣の裾が燭火に照らされて絹のように揺れる。

  そして再びサイラスの目を見据え、言葉に含みをもたせて言った。


「あなたって、人前では仮面をかぶるのが得意でしょう? 今夜のあなた――自信に満ちて、余裕があって、まるで最初からこの舞台の主役だったみたい。」

 そしてウィンクを一つ、唇にいたずらな笑みを浮かべる。

  「あるいは……注目されるの、実は好きだったりして?」


 サイラスは一瞬目を見開き、それから小さく笑い声を漏らす。

  その瞳には夜のような深い光が揺れていた。


「そう言われてみると……確かに、そうかもしれないな。」


 その口調は軽やかだったが、握る手は微かに強さを増していた。

  彼は理解していた。これはただの舞踏ではなく、一つの「宣言」だった。


 エレは首をかしげ、考えるように言葉を継ぐ。

「でも……ちょっと意外だったの。」


  「何が?」とサイラス。


 彼女は唇の端に笑みを浮かべ、声を落とす。

  「あなたの表情。思ったより……ずっと、落ち着いていたから。」


 サイラスの瞳がわずかに揺れた。

  次の瞬間、彼はそっと顔を近づけ、耳元で囁く。


「……俺が、怯えていると思ったか?」


 エレはくすりと笑った。


「まさか。でも、もし少しでも緊張していたら――少しは可愛いと思ったかもね。」


 その声音には、冗談のような、しかしどこか愛しさを含んだ優しさがあった。

  まるで、意図的にサイラスをからかっているかのように。


 サイラスは目を細め、唇の笑みを深める。

「エレ……自分からこの世界に足を踏み入れたんだ。もう逃がすつもりはないよ。」


 エレはその視線を真っ直ぐに受け止め、微笑を返す。

「それなら、どっちが先に退場するか……試してみる?」


 二人は、互いに手を取り、旋律に合わせて優雅に歩を進める。

  舞踏の中心で交差する視線。

  それは、言葉のいらない駆け引きであり、共に立つと決めた者同士の、静かな誓いでもあった。

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