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異世界の聖女を母に持つ私は、亡国の姫として生き延びる  作者: 雪沢 凛
第四章:終焉の戦焰と絆

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(134) 王太子の婚約舞踏会

 夜の帳が下り、王宮の大広間には燭台とシャンデリアの光が交錯し、鏡面や金装飾の円柱に反射して、きらびやかな光と影を描き出していた。


  盛大な宴がすでに始まっており、優雅なバイオリンの旋律がホールを包み込む。貴族の男女は華やかな礼装に身を包み、宮廷音楽に合わせて優雅に談笑し、ときおり杯を交わしながら、今宵の主役――王太子エドリック・ノヴァルディアと貴族令嬢カミラについて語り合っていた。


 帝国の権力の中心を象徴するこの王宮には、貴顕たちが一堂に会していた。

  名門貴族たちは華やかな宴の中を行き来し、情報を交換し、同盟を築こうとする。誰もが完璧な微笑を浮かべているが、その胸の内は思惑に満ちていた。


 しかし、今宵の祝宴には、わずかに奇妙な空気が混じっていた。

  ――皇帝の態度が、どこかいつもと違っていたのだ。あえて沈黙を守っているかのような、そんな静けさがあった。


 貴族たちの会話

「王太子殿下とカミラ嬢の婚約は、帝国の繁栄が続くことを示していますな。」

  重厚な刺繍が施された長衣を纏った一人の公爵が、隣の人物に低く語りかける。

  その口調には確信があった。


「ええ、帝国の正統性を強化するだけでなく、大陸全土における我々の影響力をさらに広めることにもなるでしょう。」

「だが、陛下は……他にも発表があるとか?」


「最近の噂のことか?」別の貴族が囁いた。「皇室の血筋に関する……まったく驚くべき話だ。」

「ただの流言では? 王太子殿下以外に、まさか……」

  交わされる会話は音楽に溶け込みながらも、決して尽きることはなかった。


 舞踏会の中心

 エドリック・ノヴァルディア――今宵の主役は、皇室の礼服を身にまとい、未婚の婚約者であるカミラと共に賓客の祝辞を受けていた。

  カミラは気品と優雅さを兼ね備え、金の長髪を美しくまとめ、紫水晶のような瞳が燭光を映し出していた。

  微笑を絶やさず、貴族たちと挨拶を交わすその姿は、完璧な淑女のそれであると同時に、彼女の鋭い観察眼が舞踏会全体を静かに見渡していた。


 一方、エドリックは常に変わらぬ態度を保ち、どの貴族にも動じず応対していた。

  その瞳の奥には、ある確信が秘められていた。

  ――この舞踏会は、単なる婚約の祝賀ではない。

  皇帝が意図的に仕組んだ、もう一つの「宣言」の場でもあったのだ。


 宴が進み、華やかな舞曲が一段落した頃、

  賓客たちは盃を手に語らい、会場の雰囲気は最高潮を迎えていた。


 だが、そのとき――


 皇帝、ラインハルト・ノヴァルディアがゆっくりと立ち上がった。

 その瞬間、賑わっていた宴会場に、ひとしきり静けさが訪れた。


 皇帝の動作はゆるやかでありながら、誰にも逆らえない重みを持っていた。

  彼は盃を持ち上げ、深く落ち着いた声で会場全体に響き渡るように語りはじめた。


「諸君。」


 その一言で、すべての貴族が自然と口を閉ざし、視線を皇帝へと向ける。


「今宵は、王太子エドリックとカミラ嬢の婚約を祝う宴である。この婚約は、帝国の未来を象徴し、ノヴァルディアの血統の繁栄を示すものだ。」


 ごく自然な言葉だった。

  貴族たちは軽く頷き、盃を掲げようとした――が、次の一言が、その動きを止めさせた。


「しかし、今宵にはもう一つ、重大な知らせがある。」

 その言葉が落ちた瞬間、宴会場の扉が、静寂のなかでゆっくりと開かれた――


 扉の外に灯る燭火が、一つの真っ直ぐで落ち着いた人影を浮かび上がらせた。

  サイラス・ノヴァルディアが、ゆるやかに舞踏会の会場へと足を踏み入れる。


 彼は深い色合いの礼服に身を包み、その仕立ての良い装いが彼の整った体躯と冷ややかで孤高な気配を際立たせていた。

  整えられた赤髪は短く、琥珀の瞳は燭光を反射しながらも、静かな光を宿していた。


 だが、真に人々の視線を奪ったのは、その容貌でも、気質でもない――

  胸元にかけられた一つのペンダントだった。


 琥珀石のペンダントが、燭光の下で深く黄金色の輝きを放っていた。

  それは王族の血を証明する――皇族だけが持つことを許された印である。


 その場にいた者たちは、息を呑み、静まり返った。


「これは――」

  「琥珀石……だと?」

  「まさか……そんな……」


 皇帝ラインハルト・ノヴァルディアが、重々しく口を開いた。

  その声音は静かでありながら、揺るぎない威厳に満ちていた。


「我が次子、サイラス・ノヴァルディアである。」

 その一言は、まるで雷鳴の如く場内に響き渡り――

  宴会場に動揺が広がった。


「次子!? 皇帝に第二王子が……?」

  「私生児……まさか、それを認めるとでも……?」

  「一体、これはどういうことだ……?」


 エレは人混みの中に立ち、サイラスが一歩一歩、帝国の中枢へと進んでゆく様子を見つめていた。

  視線と注目の渦にさらされながらも、彼は一切動じることなく歩みを進めている。

  エレの指先はそっと、自らの耳に揺れる琥珀石のピアスに触れた。

  そのときほど、彼女の心は確信に満ちていた――


 この「ゲーム」は、まだ始まったばかりだ。


 皇帝ラインハルトが続けて宣言した。


「彼は長年、辺境の地で育った。だが今後は、帝国に身を捧げる。」

 その言葉が落ちた瞬間、会場は一時的に沈黙した。

  楽団の奏でる音色が、一瞬止まりかけたようにさえ感じられ、やがて静かに再開された。


 だが、その一瞬の沈黙があればこそ、貴族たちの囁きは確実に広がっていった。


「まさか……これが、あの噂の王子……?」

  「いや、そんな話は聞いたこともない! エドムンド侯爵の養子が、皇族だなんて……」

  「見ろよ、あの瞳の色……間違いない……」


 サイラスは、会場の中央に静かに立っていた。

  その姿は、王太子エドリックとは対照的だった。


  王太子は純白の礼服をまとい、皇権を象徴する光のような存在感を放っている。

  一方、サイラスは漆黒の貴族服に身を包み、深く静かな琥珀の瞳は、まるで夜の帳に光る星のように鋭く光っていた。


 彼は人々の視線を意に介さず歩を進め、エドリックとカミラのもとへと至る。

  一礼して、静かな口調で言った。


「王太子殿下、カミラ嬢、ご婚約おめでとうございます。」


 エドリックは視線を逸らすことなくサイラスを見つめ、微笑を浮かべて応じた。

「感謝するよ――いや、それよりも歓迎しよう、政治の舞台へようこそ、()()。」


 その言葉は淡々としていながら、最後の「王弟」という呼びかけを強調していた。

  まるでその一語で、サイラスの新たな立場――すなわち「ノヴァルディア王子」としての事実を、公に印象づけるかのように。


 カミラも微笑みを浮かべ、サイラスに向かって落ち着いた声で言った。

「サイラス殿下、お祝いの言葉をありがとうございます。」


 その声音に不自然さはなく、違和感もなかった。

  まるでこの婚約の場にサイラスが現れることさえ、はじめから予定の一部であったかのように。


 サイラスはわずかに笑みを浮かべ、無言で彼女を見やると、再び軽く頷いてそれ以上は語らなかった。

  彼には分かっていた。カミラという女性が、そう簡単に心を読ませるような人物ではないことを。


 ――この婚約に対する彼女の本心が、外面とは異なるとしても、それは今重要なことではない。


 真の注目は、今ここから始まるのだ。

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