表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界の聖女を母に持つ私は、亡国の姫として生き延びる  作者: 雪沢 凛
静寂の影と暁の囁き

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

13/194

(13) 沈黙の足音

 書斎を出て、サイラスは静かな廊下を歩く。


 そして、そのまま領主邸の主館へと足を踏み入れた。

 豪奢で格式高い造りの邸宅。


 天井には見事なクリスタルのシャンデリアが吊るされ、

 足元には繊細な模様が織り込まれた絨毯が広がる。

 ここは、彼の「家」とされる場所。


 ——だが、彼にとっては決して「帰るべき場所」ではなかった。

 何のあてもなく歩いていたはずが、

 ふと、大広間の前を通りかかったとき——

 聞き覚えのある声が耳に届いた。


「……これ以上あの子があんな態度を続けるなら、

 一体どうやってフレイヤを社交界に出せるの?」

 女性の声音には、不満と苛立ちが滲んでいた。


 ——イザベル夫人。

 エドムンド侯爵の正妻。

 つまり、彼の「養母」にあたる女。


 サイラスは扉の前に静かに立ち止まる。

 足を踏み入れることなく、ただ無言で耳を傾けた。


「——あの子は毎日遊び歩いてばかりで、くだらない場所にばかり顔を出しているわ!」

 イザベル夫人の怒気を帯びた声が、大広間に響く。


「そんなことを続けていたら、ブレスト家の名が貴族社会で笑いものになるじゃないの!」

 不満を隠そうともせず、彼女は苛立たしげに言い募る。


「今では、貴族のご令嬢たちの間で『責任感のない養子』だなんて噂まで立っているのよ? これ以上、フレイヤの名誉まで傷つけられてはたまらないわ!」


 それを受けて、エドムンド侯爵が重く息を吐く。

「……カインは昔から自分の考えを持っている。貴族社会に関わる気がないのなら、無理に押し付けることはないだろう。」


 呆れを滲ませながらも、どこか諦めたような声音だった。

 だが、その言葉に、イザベル夫人はさらに眉をひそめる。


「無理に押し付ける必要はない?——ふん、結局のところ、あなたがあの子を甘やかしているからでしょう?」


 鼻を鳴らしながら、彼女は鋭い視線を向ける。

「私はごめんよ、フレイヤの婚姻まであの子のせいで台無しにされるなんて、まっぴらごめんだからね!」


 その瞬間——


「……お母様、この件は父様にお任せしましょう。」

 柔らかな声音が、場の空気を静める。


 それは、フレイヤ。

 イザベル夫人の娘であり、サイラスの「義理の妹」。


 彼女の声は、どこか困ったような響きを帯びていた。


 母親の怒りを宥めるつもりなのか、それともただ余計な口を挟みたくないのか——

 少なくとも、彼女はサイラスを擁護するつもりはないようだった。


 ——その場に立ち尽くしながら、サイラスは静かに話を聞いていた。

 だが、決して姿を現さなかった。


 そして、議論を遮ることもなかった。


 ——これが、彼の「家族」。

 だが、彼にとって、彼らとの関係は**ただの表面上の「親族」**に過ぎなかった。


 イザベルの嫌悪も、

 エドムンドの諦観も、

 フレイヤの沈黙も——


 どれひとつとして、彼の中に響くものはない。


 サイラスはふっと瞼を伏せ、

 かすかに口元を吊り上げる。


 ——勝手に言っていればいい。

 もはや、彼が気にすることなど何もない。


 サイラスはその場に留まることなく、

 静かに背を向けると、そのまま歩き去った。


 足音が遠ざかり、やがて屋敷の廊下に溶けていく。


 ——この家の争いは、彼には何の関係もなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ