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異世界の聖女を母に持つ私は、亡国の姫として生き延びる  作者: 雪沢 凛
未来の岐路

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123/194

(123) 再会の続き

 サイラスは一歩も引かぬまま、余裕の笑みを浮かべて言葉を返す。

  「その辺りは皇室と軍上層部の判断でしょう。私たちのような一介の者には、成り行きを見守るしかありませんから。」


 そして小さく肩をすくめる。

  「それに、まだ帝国の軍制はそこまで厳格ではないはず。いざとなれば、買い逃れの金を払って済ませる方法もありますし……頭を悩ませるほどのことじゃありません。」


 その発言に、イザベル夫人は眉をひそめ、静かに不快の色を浮かべた。

  彼女にとって、貴族の誇りは戦場で示すもの。金銭で責任から逃れるなど、到底認められない価値観だった。


 だが、それを口には出さず、夫人はただ穏やかな微笑みを保ったまま沈黙した──


 フレイヤはなおも未練がましそうにサイラスを見つめ、その隣に立つエレへと視線を移した。そして、どこか拗ねたような声で口を開く。

「お兄様……昔のあなたは、こんなふうに自分から帝都に来たり、人の招待を軽く受け入れるような人じゃなかったのに。」


 その言葉にサイラスはわずかに眉を上げ、唇の端に薄い笑みを浮かべた。


「へぇ、フレイヤはそんなに俺のことを気にしてたのか?」

 その声音は軽く、冗談めいていたが、どこか突き放すような距離も感じさせた。

 フレイヤは一瞬言葉に詰まり、何かを言いかけたが、彼の態度に言葉を飲み込むように視線をそらした。


「……もちろん気にしてるわよ。だって、あなたは私のお兄様なんだから。」

 彼女の声は少し弱くなったが、その中に拭いきれないわだかまりが残っていた。


 そのとき、屋敷の中からエドムンド侯爵が現れ、穏やかな声で二人に声をかけた。

「戻ってきたか。遅くなったな、そろそろ休んだ方がいいだろう。」


 イザベル夫人は小さく頷き、優雅に微笑んだ。

「ええ、確かに。……ただ、玄関先でカインに会えるとは思っていませんでしたわ。本当に偶然ね。」


 エドムンドはそれ以上多くを語らず、サイラスに視線を向けた。

「馬車の準備はできている。そろそろ出ようか。」


「うん。」

 サイラスは短く頷くと、イザベルとフレイヤに向かって丁寧に一礼した。


「では、イザベル夫人、フレイヤ、おやすみなさい。」

 エレも優雅に礼をしながら微笑んだ。

「お二人にとって素敵な夜になりますように。」


 イザベルは変わらぬ笑みで応じ、フレイヤはどこか複雑な想いを胸に、去っていく二人の背中を見送っていた。


 サイラスとエレの乗る馬車が闇の中へと遠ざかっていく頃、フレイヤはふいに長衣の裾をぎゅっと握りしめ、唇を噛んだ。


「……お兄様、一体なにを考えているの?」

 その隣で、イザベル夫人は静かに佇みながら、遠くを見つめる。その眼差しには、何か深い思慮の色が宿っていた。


 ◆


 馬車がエドムンド侯爵邸を離れ、ゆるやかに夜の街路を進む中、エレはふと窓の外に視線を向けた。遠ざかる母娘の姿が、やがて夜の闇に溶けていく。


 エレは静かに目を戻し、隣に座るサイラスを見つめた。

「さっきの……あの方は、あなたの妹さん?」


 サイラスはクッションにもたれ、片手で頬を支えたまま、眉を軽く上げた。

「まあ、そういうことになってるけど。血の繋がりはない。」


 それだけ淡々と返す彼に、エレは小さく頷いた後、少し間を置いて再び尋ねた。

「……じゃあ、彼女たちはあなたの本当の出自を知らないの?」


 サイラスは小さく笑った。

「今のところはね。侯爵閣下も、あの二人にあんな厄介な話を教える気はないだろうし。」


「そう……」

 エレは視線を落とし、先ほどのフレイヤの態度を思い返す。礼儀はあったが、その眼差しの奥にあった微かな警戒心と距離感は、否応なく伝わってきた。


「……でも、あまり親しい関係には見えなかった。」


 その一言に、サイラスはどこか乾いた笑みを浮かべた。

「かもしれない。結局、俺たちは本当の家族じゃないからな。」


 エレは少し顔を傾け、静かに彼を見つめた。

「それって……あなたが距離を取ってるの? それとも、向こうが近づこうとしないだけ?」


 サイラスは一瞬動きを止めたが、すぐに何気ない口調で応じた。


「俺が、あまり好かれる子どもじゃなかったのかもね。」

 その声音は軽い自嘲に満ちていたが、エレの耳には、抑えた感情が滲んでいるように聞こえた。


 彼女は言葉を継がず、ただ彼を見つめ続けた。


 馬車の中には一瞬の沈黙が流れ、木製の車輪が石畳を滑る音だけが静かに響いた。

 やがて、エレが微笑んで口を開く。


「……でも私は、あなたは素敵だと思う。」


 その言葉に、サイラスはわずかに目を向けた。琥珀の瞳に、意外そうな光が一瞬浮かぶ。

 そして、小さく鼻を鳴らすように笑った。


「……そう。」


 唇の端には、かすかに笑みが宿っていたが、それ以上の言葉はなかった。

 けれどそれだけで、エレは十分だった。

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