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異世界の聖女を母に持つ私は、亡国の姫として生き延びる  作者: 雪沢 凛
未来の岐路

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122/194

(122) 予期せぬ再会

 夜の帳が下りる頃、馬車は静かにエドムンド侯爵邸の前に停まった。サイラスとエレが玄関を出て帰路につこうとしたその時──


「えっ……兄様じゃない?」


 玄関の反対側から聞こえたその声に、サイラスの足がふと止まる。視線を向けると、イザベル夫人とフレイヤが馬車から降りてくるところだった。


 数名の従者を伴い、フレイヤは淡い青の長衣を身にまとい、金髪を上品に結い上げている。その清楚な佇まいには、少女らしい華やぎが宿っていた。


 イザベル夫人もまた変わらぬ優雅さをたたえ、サイラスの姿を見つけた時にはわずかに驚いたものの、すぐに貴族らしい礼儀正しい微笑みを浮かべた。


「これはまた、思いがけない再会ですね」

  夫人は柔らかく声をかける。「カイン、ここで何をしているの?」


 サイラスは丁寧に一礼しつつも、どこか距離を置いたような声で応じた。

  「イザベル夫人、フレイヤ嬢。こんばんは。たまたま侯爵に晩餐へ招かれていたもので。」


 その形式的な呼び方に、イザベル夫人の目がわずかに揺れる。それでも、彼女は何も言わず静かに頷いた。

  「なるほど。エドムンドが客を招くのは珍しいことですものね。」


「でも、どうして事前に教えてくれなかったの?」

  フレイヤは堪えきれずに口を開いた。少し拗ねたような声音には、年相応の愛嬌が滲む。

  「誓約祭の夜でも顔は見たけど、ほとんど話してくれなかったし……むしろ避けてたような気がするの。」


 そう言って眉を寄せながら、フレイヤは探るように続ける。


  「ブレストから戻ったばかりで帝都にはいないと思ってたのに……今日ここで会わなければ、ずっと私たちに会う気がなかったってこと?」


 その言葉を聞いても、サイラスの反応は淡々としていた。

  「いずれ会う機会はあるでしょう。……それに、その時は君たちの方が忙しそうだったから。」


 フレイヤは言い返せず、唇を引き結んだ。確かに、あの時は貴族との付き合いで忙しく、こちらから話しかけることもなかった。しかしそう言われると、なんとも釈然としない思いが残った。


 彼女の視線は、ふとサイラスの隣に立つ少女へと向かう。その少女──エレは、誓約祭の夜、優雅な舞で注目を集めた存在だった。あの時は遠くからしか見ていなかったが、まさか兄と親しい間柄だったとは。


 エレはその視線を感じ取ったように微笑み、礼儀正しく頭を下げた。

  「フレイヤ様。改めてご挨拶申し上げます。どうぞよろしくお願いいたします。」


 思わず固まったフレイヤだったが、すぐに気を取り直して控えめに微笑み返した。

  「……こちらこそ、よろしく。」


 そんな二人のやりとりを見届けながら、イザベル夫人は意味深に微笑んだ。


  「最近は皆、王太子殿下の婚約舞踏会の話でもちきりですのよ。……あなた、本当に参加なさらないの?」


 フレイヤもすぐに身を乗り出し、好奇の光を瞳に宿して尋ねた。

  「そうよ、兄様。招待状、届いてるでしょ? なぜ来ないの? 帝国でも指折りの盛大な舞踏会なのに。エドリック殿下がカミラ様のために準備なさったのよ?」


 サイラスは肩を竦め、小さく笑った。

  「こういう舞踏会は昔から興味がなくてね。別に欠席しても、誰か困るわけじゃないだろう?」

「そんなことないわ!」


  ぷくっと頬を膨らませるフレイヤ。「侯爵家の息子で、軍事学校の首席卒業生だって皆が知ってるの。あなたの動向を気にしてる貴族も多いのに……」


 言いかけたところで、彼女はサイラスの意味ありげな視線に気づく。


  「──つまり、行かないことで立場を疑われるかもしれない、ということかい?」


 その冷静な言葉に、フレイヤは言葉を失い、視線を逸らした。

  「……別に、そういうつもりじゃないけど。たまには顔を出してもいいと思っただけ……」


「考えておくよ。」

  サイラスは軽く返すが、その口調には深い関心が感じられなかった。


 その時、イザベル夫人がさらりと話題を変えるように口を開いた。

  「今夜の宴では、王太子殿下が何人かの公爵と、帝国の軍事配置について語られていたそうよ。」


 その一言に、サイラスの視線が鋭くなり、エレも耳を澄ます。


「どうやら、国境の守備部隊の再配置や、サルダン神聖国への備えが話題に上がったそうですわ。……当然ながら、もし戦争が起これば、帝国貴族も召集されるでしょう。軍令に従わない者を含めて。」


 その言葉と同時に、夫人の視線がサイラスに向く。微かに笑みを浮かべながらも、その瞳は油断なく鋭い。

  「そうなると……ずっと気ままに過ごすのも難しくなるかもしれませんわね?」


 サイラスはその言葉を受けて、皮肉げに微笑む。

  「ご心配いただき、光栄です。」


「心配なんてとんでもないわ。」

  イザベル夫人は小さく息をつき、やや揶揄を含んだ声で続けた。

  「ただ、軍を離れてからのあなたの生活があまりにのんびりしていたものだから。……まるで、帝国という盤面から永遠に降りるつもりかと錯覚してしまうわ。」


「でも、今となっては──」

  夫人はその言葉を残して、意味深に微笑んだ。

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