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異世界の聖女を母に持つ私は、亡国の姫として生き延びる  作者: 雪沢 凛
孤剣の軌跡

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(113) 異界の殺戮具

 赤獅堡・兵器工房


 工房内は燃え上がる火光に照らされ、空気には炭と金属が焼ける匂いが満ちていた。打ち続けられる鉄槌の音が空間に響き、まるで火と鋼の交響楽のようである。


 バーン・ウォルトンは炉の前に立ち、革前垂は煤で黒ずみ、腕には新しい火傷の痕が見える。彼はサイラスたちが工房へ入ってきたのを見るなり、すぐに作業を中断し、額の汗をぬぐいながら頭を下げた。


「殿下、ちょうどよいところでございます。」

 その視線はノイッシュとアレックへ移り、口元にわずかな笑みを浮かべる。

「今日は随分と、見物人が多いようで。」


「彼らも“目撃者”だよ。」

  サイラスは淡く笑いながらノイッシュの肩を軽く叩いた。

「俺と同じく、戦場でサルダンの“武器”をこの目で見た。」


 バーンはそれを聞いて興味深そうに眉を上げた後、作業台へと向かい、木箱から一つの重そうな金属の物体を取り出して、卓上へ置いた。


「こちらが、我々の成果です。」

  彼はどこか誇らしげな声でそう言い添える。


「名前はまだ決まっていませんが……殿下なら興味を持たれるかと。」

 視線がその“武器”に集まる。


 サイラスは手を伸ばしてそれを手に取った。ずっしりとした重量が掌に馴染む。構造は記憶の中のサルダンの火銃に酷似していたが、仕上がりは遥かに洗練されている。握りは改良され、銅管には深みのある青銅色の艶が浮かんでいた。


「これは……」


「青銅製です。」

  バーンが横から説明を加える。

「純銅より耐久性が高く、圧力にも強い。あの脆弱なサルダン製とは違います。」


「青銅……」

  サイラスは青銅の管をなぞるように触れ、その改良点を確かめた。


「点火機構については、いくつか試した末に火縄を選びました。」

  バーンは銃身の側面を指差す。「安定性を重視しました。加えて、いくつかの弾丸もすでに試作済みです。」


「……実験済みか?」

  サイラスが問いかけると、バーンは明言を避けるように、しかしどこか挑戦的に口元を歪めて言った。


「殿下が、直々に試されてはいかがですか?」


「もちろんだ。」

 サイラスは銃をくるりと回して構え直す。その笑みは静かだが、奥には確かな熱が宿っている。


 ——この“異国の殺戮具”を、今度は誰のために使うのか。

 サイラスの琥珀色の瞳が、鋭く光った。


 烈日の下、射撃場の空き地はひときわ広く感じられた。前方にはいくつかの木製の標的が並べられており、いくつかの的面には黒く焼け焦げた痕が残っていた。壁面には細かな砂粒が突き刺さった跡も見受けられ、すでに何度か試験が行われたことが窺える。


 サイラスはその痕跡に目を走らせ、ふっと鼻で笑い、バーンの方へ視線を向けた。

「もう何度か試したようだな?」


 バーンは腕を組み、静かに頷いた。


「想像以上の威力です。特に改良後は、従来のものより安定しました。ただ……現時点では射程が限られている。せいぜい七十メートルといったところでしょうか。その距離なら命中精度は保証できますが、まだ伸びしろはあります。」


「七十メートル……」

  サイラスは火縄銃をゆっくりと持ち上げ、その重みを感じながら呟く。

「ボウガンと同じくらいか。弓にはまだ届かないな……」


 そのとき、アレックがそっと近づき、低い声で言った。

「殿下、まずは我々に試させていただけませんか? まだ調整段階の試作です。もし不具合があったら——」


「そうですよ。」

  ノイッシュも珍しく真剣な面持ちで頷いた。

「これが暴発でもしたら、王子様の命が危ない。」


 サイラスは二人を見て、眉を上げた。口元には皮肉めいた笑み。

「昨夜はお前たちに『的になれ』って言っただろう?」


「冗談とわかってても、本当に試すとなると気が気じゃありませんよ。」

  アレックは肩をすくめてため息をつく。

「とにかく、最初は我々にやらせてください。」


 サイラスは目を細め、二人を見やった後、薄く笑って言った。

「……いいだろう。試してみろ。」


 そう言って、手にしていた火縄銃をノイッシュに渡す。

「ただし、壊すなよ。」


 ノイッシュは銃を受け取ると、すぐさまその重さに顔をしかめた。

「……重いな、これ。弓より遥かに重い。サルダンの連中、よくこんなの持って戦ってるよな……」


「余計なことはいい。命中精度を確認しろ。」

  バーンが一歩下がり、合図を送る。


 ノイッシュは息を吸い込み、しっかりと姿勢を整え、的へと銃口を向けた。帝国騎士たちによる、この異国の殺戮兵器の初試射が始まろうとしていた。


 アレックとノイッシュは視線を交わし、最終的にアレックが射撃を担当することに。ノイッシュは装填と点火を補助した。


 バーンは落ち着いた口調で手順を説明しながら、傍らで見守っていた。


「まず、『雷鳴砂』を銃口に注ぎます。」

  そう言って、小さな皮袋を差し出す。


 アレックは慎重にそれを受け取り、指示通りに雷鳴砂を銃身に流し込み、特製の棒で押し固める。


「次に、弾丸を入れて、この棒でさらに押し込む。」

 バーンは金属製の弾を手渡す。


 アレックはそれを銃に詰め、両手でしっかりと握りしめる。

 弓より重いその重量に、思わずぼやいた。

「これで奇襲しようなんて思っても……撃つ前に斬られてそうだ。」


 バーンは薄く笑って言う。

「撃ってから言え。」


 続いてバーンはノイッシュに合図を送る。

「火縄を用意。点火の準備を。」


 ノイッシュは微かな炎を灯した火縄を、銃に備えられた溝にセットし、点火が確実に行えるように角度を調整する。


「さあ、目標を狙え。」

 バーンは一歩後ろに下がり、アレックに合図する。


 アレックは深く息を吸い、火縄銃を肩に構えた。両手でしっかりと保持し、遠くの的へと狙いを定める。目を細め、息を止める。やがて、引き金に指をかけ——


 パン——ッ!!


 轟音が射撃場に響き渡った。火薬が燃える爆発音、そして瞬間的に立ち上る硝煙。焦げた土と硫黄の匂いが鼻をつく。


 強烈な反動がアレックの腕を突き上げ、銃床が肩を打つ。


「ぐっ……!」

 アレックは低く呻き、一歩後退。顔をしかめながら肩を押さえた。


「……想像以上の反動だな……!」

 彼の視線はすぐさま前方の的へと向かう。だが——


 弾丸は的の中心に命中することなく、右端の板に当たっていた。黒く焼けた弾痕が残る。


「なんだと?」

  ノイッシュが目を見開く。「さっき、確かに中心を狙ってたよな?」


「狙ったさ……間違いなく。」

  アレックも眉をひそめる。


「やはり……」

 サイラスは低く呟き、腕を組んだまま、静かにその焦げ跡を見つめていた。

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