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異世界の聖女を母に持つ私は、亡国の姫として生き延びる  作者: 雪沢 凛
帝都・赤獅堡

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(109) 派閥の均衡

 しばしの沈黙のあと、エレは低く呟いた。

「……だからこそ、あなたは自分の“派閥”を作る必要があるのね。」


 サイラスは皮肉めいた笑みを浮かべた。

「面白いのは、それこそがエドリックが望んでるように見えるってことさ。」


「……どういう意味?」

  エレが小首を傾げた。


「もし俺が取るに足らない存在なら、君をすぐに送り返して終わりだっただろう。」

  サイラスは指で長卓を軽く叩く。


「でも実際には、俺の行動を容認し、帝国内のさまざまな勢力と接触する機会を与えている。

  つまり、彼は俺が“ある程度の影響力”を持つことを許している、もしくは……期待している。」


「……他の勢力への牽制として、あなたを利用しようとしてるのね?」

  エレが眉をひそめる。


「その通り。」

  サイラスは頷く。


「エドリックの後継者としての立場は安泰とは言えない。帝都には“正統な皇族”を担ぎたい派閥も存在する。

  一方、武装派は異世界の血を引くリーダーを求めていて、ラファエットがそれを後押ししてる節もある。」


「そこに、あなたという“変数”が現れた……」

  エレが静かに呟く。


「彼は、俺を利用して状況をコントロールしようとしてる。」

  サイラスは肩をすくめて言う。


「いざ他の派閥が新たな王を立てようとした時、完全に制御不能な人間より、

  まだ自分の管理下にある“俺”の方がマシだと思ってるんだろうな。」


「でも……あなたが力を持てば持つほど、今度は彼にとって脅威になる。」


「まさに、バランスのゲームだよ。」

  サイラスは苦笑する。


「強くならなければ飲み込まれる。でも、強くなりすぎれば排除される。

  だから――絶妙なバランスを保たなきゃいけない。」


「……そして、それは一人では成し得ない。」


  エレは彼の手を取った。

「私も協力する。」


 サイラスは少し目を見開いたあと、真剣な眼差しでエレを見つめた。

「……それがどういう意味か、分かってるのか?」


「もちろん分かってる。」

  エレはしっかりとサイラスの瞳を見返す。


「私は“ただの駒”になるつもりはない。

  帝国にも、サルダンにも、私の行き先を勝手に決めさせはしない。」


「これは……私の人生。私が選ぶ。」


 サイラスはしばらく黙って彼女を見つめていたが、やがて小さく笑った。

「……これで、俺も一人のプレイヤーじゃなくなったってわけか。」


「あなたも、私がただあなたの背中に隠れてるだけの女だなんて思ってないでしょう?」


 サイラスはくすりと笑い、そっとエレの耳元に垂れる銀白の髪を指先で撫でながら、

  茶化すように、けれどどこか優しい口調で言った。


「もちろん。だけど――“彼ら”がこの“想定外”に備えているかどうかは分からないな。」


 エレも微笑み返す。

「なら、思い知らせてあげましょう。」


 月の光が窓から差し込み、銀色の輪郭がエレの姿を柔らかく縁取る。

  彼女の長い髪が風に揺れ、澄んだアイスブルーの瞳には、サイラスの琥珀の瞳が映り込んでいた。


 その笑顔に、サイラスは一瞬で心を奪われた。

  そっと身を寄せ、彼女の腰に手を回す。逃さないように、けれど優しく――


「エレ……」

  低く、かすれた声で彼女の名を呼ぶ。


 エレは鼓動が速くなるのを感じながら、サイラスの手の温もりに身を委ねた。

  瞼が揺れ、唇がわずかに開き、そして……


「おーい、戻ったぞー!」

  不意に玄関から間の抜けた声が響いた。


 その声の直後、扉が勢いよく開けられ、ノイッシュとアレックが入ってきた。

  どうやら道中の出来事について楽しげに話していたらしく、空気の違いなど微塵も感じていない。


「でさ、その酔っ払いが自分は王族の血だとか言い出してさ、笑いすぎて酒吹くとこだったっての!」


 サイラスの動きが止まる。

  唇は寸前で止まり、額の血管がぴくりと動いた。


 深く、息を吸い込む。

  そして、冷ややかに二人を見やる。


「……実に“絶妙なタイミング”だな。」


 ようやく気づいたアレックが空気を察して目を丸くし、

  エレがサイラスの腕をそっとほどくと、微笑みながら整った姿勢を取り戻す。


「ちょうどよかったわ。話したいことがあるの。」


 場の空気が張り詰める中、リタが温かいお茶を持って静かに現れた。

  しかし、彼女はまったく事情が掴めず、困惑した表情でその場に立ち尽くす。


 その後、サイラスが口を開いた。

「明日、お前たちも赤獅堡に来てもらう。」


「え? 俺たちも?」

  ノイッシュとアレックは同時に驚いたように声を上げる。


「赤獅堡で、何するんです?」

  アレックが尋ねた。


 サイラスは微笑を浮かべて茶を啜りながら、平然と言った。

「的になってもらう。」


「……まだ根に持ってるんでしょう?」

  エレがからかうように囁いた。


「的……?」

  ノイッシュが目を見開いた。

「ちょっ、殿下、それってどういう――」


「言葉通りだよ。」

  サイラスはさらりと笑った。


「明日になれば分かる。」

 アレックはため息をつき、頭を抱える。


「……逃げられないってことか。」

 ノイッシュはまだ納得がいかず、ぼやき続ける。


「ちょっと待って! 俺たち騎士ですよね? なんで実験体みたいな扱いなんですか!?」


「嫌なら、ヴェロニカにでも許可もらって来いよ?」

 その名を聞いた瞬間、ノイッシュの顔が真っ青になった。


「……やっぱ行くよ。」


「やっぱり。」

  エレはくすくすと笑い、サイラスの横にそっと寄り添った。


 リタは困惑したまま、お茶をそっと長卓に置きながら思った。

 ――なんだか、明日すごいことが起きる気がする。

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