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異世界の聖女を母に持つ私は、亡国の姫として生き延びる  作者: 雪沢 凛
帝都・赤獅堡

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108/194

(108) 盤上の暗流

 サイラスはしばらく沈黙したまま、やがて小さく息を吐いた。

  その声はいつになく真剣で、静かな熱を帯びていた。


「エレ……エスティリアの政変について、君が知っていることを、もっと聞かせてほしい。」


 エレはわずかに息を吸い込み、目を伏せたまま語り出す。

  それは彼女にとって、まだ傷の癒えていない記憶だった。


「エスティリアの統治体制は……もともと、聖女と王権の結びつきが前提だったの。」

 彼女の声はかすかに震えていたが、それでも丁寧に言葉を選びながら続けた。


「王族の男子は異世界の聖女を娶り、その血統によって神聖性と王権の正統性を保ってきた……それが、エスティリアの秩序だった。」


 サイラスは黙って耳を傾けていた。


「でも、その秩序はもう壊れたわ。」

  エレの声には、次第に怒りと痛みがにじみ始める。


「民はもう王族を信じていない。貴族たちは腐敗し、混乱が広がる中で、“聖女の血”もただの権力の道具として見なされてしまった……一部の人々は周辺諸国に助けを求め始めている。」


 彼女は拳を膝の上で強く握りしめた。指先が白くなるほどに、彼女の胸の内は苦悩で満ちていた。

 サイラスは静かに目を閉じ、深く息を吸い込んだ後、ゆっくりと問いかけた。


「国王、あるいはリナ様は、この内乱を察知していなかったのか?」


「分からない……」

  エレは首を振った。声は震え、目にはかすかな陰りが宿る。


「すべては、あまりにも急だったの。王宮は混乱に包まれて、私は数人の騎士とリタに守られて、馬車に乗せられ、逃げるしかなかった……」


 彼女は一瞬、言葉を止め、続けた。

「思い返せば、確かに……あの時、王族を裏切ろうとしていた者たちがいたの。貴族だけじゃなく、王族の中でも、直系じゃない者たちが。」


「つまり、これは単なる反乱ではなく、王家内部の権力闘争……」

  サイラスは冷静に言葉をまとめた。


 エレは深く頷いた。

「でも……彼らに政変を起こすほどの力があったの?」


  サイラスの声は低く、目には鋭い光が宿る。

  「それとも、裏で糸を引いていた存在がいるのか?」


 エレの肩がわずかに震えた。


「……サルダン神聖国……」彼女は低く呟いた。

  「あなた、まさか……?」


「疑っているわけじゃない。」

  サイラスの声は重く、そこには苛立ちと苦悩が滲んでいた。

  「政変が起きた直後、俺は人を使って調査させた。あの時、君には全部を話していなかったが——」


 彼はそっとエレの手を取り、その指先を優しく撫でる。

  その手は、彼女への慰めであり、自身の揺れる心の支えでもあった。


「調査の結果、サルダン神聖国が……やはり関与していた。」

 エレは言葉を失い、その場に凍りついた。

  それは予想していた答えだった。

  それでも、どうしても受け入れ難い現実だった。


「……じゃあ、どうして?」

  エレの声はわずかに震えていた。

  「もしサルダンが政変に関わっていたのなら……あの時、ロイゼルでラファエットが私を連れて行った時点で、あなたは彼の目的を知っていたんじゃないの?」


 もしサルダンの目的がエスティリアの支配なら――

  異世界の聖女の血を引く自分は、決して未来の統治者として遇される存在ではない。

  待っているのは、今よりもっと悲惨な運命だ。


 サイラスはすぐには答えなかった。

  彼の指がわずかに強くなり、そして低く呟くように口を開いた。


「……あの時の俺には、君を連れて行く権限がなかった。」


 それは、言葉にできない無力感だった。

  声は冷静でも、その奥には過去の葛藤と苦しみが滲んでいた。


「それでも、あなたは私を助けに来てくれた。」

  エレはそっと言った。


 サイラスは答えなかった。ただ、じっと彼女の目を見つめた。

  その瞳の中に、エレは今まで見たことのない感情を読み取った。


 後悔? 悔しさ? それとも……運命への怒りか。


「そして、結果的に――俺たちはここにいる。」

  サイラスは小さく息を吐き、苦笑を浮かべた。


「今の情勢では……サルダンはこの件を理由に、帝国へ戦争を仕掛けてくると思うか?」

  エレが静かに問いかける。


 サイラスの目が少しだけ暗くなる。


「その可能性は高い。」

 声は冷ややかだった。


「ラファエットはこの機を逃すはずがない。

  この混乱を拡大させて、サルダンに帝国の内政へ介入する“大義名分”を与えるつもりだ。」


 エレは沈黙した。胸の奥に、言葉にできない冷たいものが広がる。

  これはただの王位継承争いではない。

  それぞれの国家と勢力が互いにぶつかり合う――巨大な盤上の戦いだ。

  そして彼女も、サイラスも、その一駒でしかない。

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