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異世界の聖女を母に持つ私は、亡国の姫として生き延びる  作者: 雪沢 凛
帝都見聞

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101/194

(101) 裏通りの爆音

 銀翼の酒場を後にした三人。夕陽が街の石畳を赤く染める中、エレは名残惜しそうに振り返りながら小さく息を吐いた。


「……何とか厄介事に巻き込まれず済んだな。」


「“剣を抜く事態にはならなかった”だけで、厄介事がなかったわけではない。」

  ヴェロニカは冷静な声で言いながら前を歩く。

  「こういう場所で起きる問題は、刃よりもっと静かに、そして深く忍び寄るの。」


「まるでその世界に通じた口ぶりよな?」

  サイラスが片眉を上げて笑みを浮かべる。


「勝手に解釈するがよい。」

  ヴェロニカは軽く肩をすくめると、無言で歩調を速めた。


 その後も、彼女は帝都のさまざまな“密報が集まる場所”について説明を続けていた。

  任務としての案内であると同時に、意図的に何かを“漏らしている”ようにも見える。


 だが——


 サイラスはその言葉をすべては聞いていなかった。

  むしろ彼が注目していたのは、話している彼女そのものだった。


 伯爵家の令嬢であり、ヒルベルトの直弟子であり、帝国秘密機関に所属する者——


  ヴェロニカ・アルジェロ。


  彼女の忠誠は皇帝にあるのか、それとも武装派か?

  あるいは、彼女自身の意志と野心によって動いているのか?


 この女は、ただの“監視役”ではない——

 そんな確信を胸に抱いたその瞬間だった。


 ドンッ……!


 遠くの裏路地から、乾いた爆音が響いた。

  それほど大きな音ではない。だが、空気が一瞬歪むような震動と、焦げた土と硫黄の混ざった匂いが風に乗って流れてきた。


「……この匂い……!」

 サイラスの瞳が鋭く細められる。


 この匂いは忘れようにも忘れられない——

  あの戦場、ラファエットの火銃部隊が撒き散らした火薬と血の臭い。金属が火を吹き、肉を貫くあの“衝撃”が、脳裏に蘇る。


 これは——火銃の匂いだ。


「ッ……!」

  次の瞬間、サイラスは迷いもなく音のした方向へ駆け出した!


「サイラス!?」

  驚いたエレがすぐにその後を追う。


 ヴェロニカも一瞬目を見開いたが、すぐに冷静さを取り戻し、背後の部下に命じた。

「エレ様を確保!絶対に傷つけさせないで!」


 秘密機関の護衛たちがすぐに動き、エレの周囲に防御陣形を取る。


 だがエレは構わず長衣の裾を掴み、決然と走り出す。

  「止めないで。彼を一人にはしない……!」


 その姿を見て、ヴェロニカは口を引き結んだ。


(……全く。どいつもこいつも勝手すぎる。)

 だが、彼女の脳裏にもよぎっていた。


 ——先ほどのサイラスの動き。

  あれはただの貴族ではない。

  あれは、数々の修羅場を超えてきた、歴戦の兵士の反応だった。


 ヴェロニカもその後を追い、再び命令を飛ばす。

「残りの隊は周辺を封鎖、可能な限り一般市民を遠ざけろ!」


 サイラスが狭い裏路地に足を踏み入れた時、目の前の光景に思わず足を止めた。


 数人の簡素な服を着た子供たちが集まり、竹筒のようなものを手にしていた。

  地面にはすでに燃え尽きた残骸がいくつか散らばっている。

  彼らが竹筒に火をつけると、「パチパチッ」と爆ぜる音を立て、小さな火花が飛び散り、かすかに焦げた匂いが周囲に漂った。


 子供たちは楽しそうに遊んでいたが、背後に一人の見知らぬ男が立っていることに気づいた瞬間——


 高貴な衣服をまとい、鋭い眼差しと圧倒的な気配を放つ若者を見て、全員の動きが止まった。

 竹筒を持つ手が思わず震え、地面に落としそうになった。


 サイラスの視線は地面の燃え残りから離れなかった。

  彼の目は鋭く、その表情は真剣そのものだった。


 彼は無意識にしゃがみ込み、焼け焦げた竹筒の一つを拾い上げた。

  指先でその表面の焦げ跡をなぞり、じっと観察する。


 ——これは彼の知るものとは少し違う。

  だが、この匂い、この破片。彼には絶対に間違えようのないものだった。


 この「黒い砂」のようなもの——それはラファエットの武器に使われていた成分と同じだった。


 しかし、これは戦場の武器ではない。

 ましてや兵の訓練道具でもない。

 これは……子供たちの「おもちゃ」だった。


 裏路地の風に埃が舞い、ヴェロニカはすでに追いつき、彼が地面にしゃがんでいるのを見て、表情が一瞬で険しくなった。


「カイン様、勝手な行動はお控えください!」

  彼女の口調は厳しく、明らかに不満が込められていた。

  「今あなたは一人で動いているわけではありません。あなたの行動は他の人々を巻き込むのです。」


 サイラスはそれを聞いて立ち上がり、軽く手を振って気のない様子で言った。

  「悪い悪い、次は気をつけるよ。」


 そう言いながらも、まるで本気で謝るつもりはない様子で、手にしていた竹筒を掲げて軽く振った。

  「これ、なんだ?」


 ヴェロニカは地面の残骸を一瞥し、淡々とした口調で答えた。

  「焔筒えんとう。子供のおもちゃにすぎません。」


「焔筒?」サイラスは少し眉をひそめ、その名前に聞き覚えがない様子だった。


「原理は『雷鳴砂』を竹筒に詰めて点火し、音と火花を発するというものです。」

  ヴェロニカは落ち着いた調子で説明した。

  「娯楽性が高く、祭りの時には貴族の家でも使用されることがあります。最近は庶民の間でも非常に流行しています。」


「雷鳴砂……?」サイラスは小さく繰り返しながら、視線を地面の焔筒の残骸に落とした。

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