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究極マッスルマンの逆襲 〜わたしは今まさに炎上しました!BL二次創作の過疎ジャンル、見えないものを見ようとして拗らせた人たちの頭の中は大丈夫?〜

この物語はフィクションです。実在の人物・団体等とは一切関係ありません。

――愛する妻に、この作品を捧げます。



せっかく大事に育ててきたのにあいつらが 枯らしてしまった

せっかく大事に育ててきたのにあいつらが 枯らしてしまった

四肢をバラバラ引き裂いて あいつらが壊してしまった

自分の栄養とるために あいつらが 壊してしまった

せっかく大事に 育ててきたのに

せっかく大事に 育ててきたのに


いい気味だ いい気味だ 悪口言うやつ潰したぞ

いい気味だ いい気味だ 悪口言うやつ潰したぞ

世界の平和を守るため 悪口言うやつ潰したぞ

立ち上がれなくなるほどに めっためったに潰したぞ

悪口なんて言うやつは 正義の鉄槌食らわすぞ

立ち上がれなくなるほどに 正義の鉄槌食らわすぞ


わたしの妻を潰したやつは 未来永劫追ってやる

わたしの妻を潰したやつは 未来永劫追ってやる

わたしの家庭を壊したやつは 未来永劫追ってやる

わたしの家庭を壊したやつは 未来永劫追ってやる

せっかく作ったわたしの家族

わたしの大事な大事な家族



「ひじりさん同人通販の注文きてたよ、けっこう買ってくれてるみたい」

夫からそのような連絡が届いたのでメールを確認してみた。通販業務の取次をしているサイトからは商品が売れた際にこのようにメールが届くようになっている。確認してみると今度出す新刊に既刊もあわせて買ってくれてる、しかもチップも追加で。こんなふうに買ってくれる、読んでくれる人がいることが嬉しくてわたしは同人をやっているのかもしれない。感想が届いて、それがどんな形であれ読者が喜んでくれている、そういう感想を読むときがわたしは一番楽しい。

 わたしがこの世界、同人の、それもBL同人誌の、に入ったのは小学生の頃だった。近所の本屋のお姉さんがわたしを誘ってくれたのだ。彼女はゲーム雑誌の投稿欄常連で商業的にも多数のイラストを描いていた。わたしのやってきた同人ジャンルは遊休白女から始まって、キンタオブファイターズ、ジャスティススクール、仁玉……、同人活動をあまり出来なかった時期も確かにあったけどそれはわたしの人生にもいろいろあったからである。結婚、二度の出産、離婚、再婚……。人生は山あり谷ありだったけど、細々と同人活動は続けていた。今のペンネームであるジルベール米倉になったのは初めの結婚をするちょっと前だったか、一番長いこと同人活動をやっていなかったのは二度目の結婚の後になる、現在の夫がパーツとにらめっこしながら作ってくれたパソコンに加えペンタブレットも買ってくれたものの、以前のように同人誌を出版するまでには至らなかった。

 そんなわたしが同人活動を再開するきっかけになったのがフエタマゴ先生による究極マッスルマン2ndだったのだ。正体不明の感染病が世界を覆い尽くしていたころ、自粛自粛で外にも気軽に遊びにいけない時期に偶然見かけた究極マッスルマンの全話無料公開を読んでハマってしまった。その勢いで続編である究極マッスルマン2ndにも手を出したことでわたしの眠っていた同人欲が目を覚ました。きっかけ、きっかけと言えばそう、たまたまわたしが描いた究極マッスルマンの絵を夫が褒めてくれたのもきっかけのひとつだった。

「ひじりさんはこういう漫画のほうが合うかもしれないね、ちょっとデフォルメが入ったほうが特徴をよく掴んでるし」

めったに褒めない夫がそんなことを言うのでわたしは大いに気を良くした。そしてちまちまと描きためていた創作物をSNSにも投稿しはじめた。これがまさかあんなことになるなんて、この時のわたしの頭にはそんな現実が誕生してすらいなかった。


 究極マッスルマン2ndの同人活動を始めたはいいものの、すでに原作が終わって10年近く経っていたし、何より新章の究極マッスルマンが連載されているのもあって界隈に人の気配はあまりなかった。活動していたサークルも片手で足りるほどであり、わたしのカップリングで活動中の作家さんもほとんどいなかった。

 カップリングというのはBL同人において重要なウエイトを占める要素であり、これにより幾多の戦争が繰り広げられてきた歴史がある。ざっくりと説明するならば要するにどちらがタチでどちらがネコかといった具合であるが、厳密に言えばそうではなく、想いの矢印がどちらを向いているか→という説もある。正直なところカップリング論争のその前に、カップリングとは何ぞや論争がある。カップリングに対するそもそもの認識として、解釈違いがある上にカップリングの組み合わせ論争もあるのだ。その状況はほとんど紛争地帯と言ってもいいが、大抵の人は慎ましやかに大人しく自らの性癖に沿って静かに同人生活を営んでいるものである。

 同カプで活動中の作家は絵の投稿サイト最大手であるピックジムにもほとんどいなかった。カップリング名で検索しても上位に挙がるのはわたしの絵ばかり。それでもたまにいいねボタンなどで反応してくれる人もいたので無人島というわけではないようだった。本当にほそぼそとやっていた、派手な宣伝なんてしなかった、たまに届く正体不明の方からのいいねとネットにあげた漫画の匿名の感想だけで充分に満たされていた。

 そんなある日、わたしの投稿したイラストにコメントがついた。この界隈に来て、こんなに褒めてもらったことはなかった。しかもこの人はわたしの描いたイラストのパロディ元まで把握してくれている。

「これ、丸田広樹ですよね。丸田ってこんなに究極マッスルマンと親和性高いんですね」

特に強調していたわけではないのだが、入れておいた小ネタをそうやってしっかりと受け取ってくれるとやっぱり嬉しいものである。

「ありがとうございます。丸田広樹好きなんですよ〜」

「やっぱりそうですか、いいですよね〜丸田」

それから彼との交流ははじまった。このジャンルに入ったきっかけは現在の夫が褒めてくれたからだったけれど、途中で辞めることなく続けられたのは彼がいてくれたおかげだったと思っている。彼のハンドルネームは紫龍さんといった。紫龍さんも絵を描いていた。紫龍さんの描くキャラクターはオリジナルに非常に寄せてはいるもののちゃんと紫龍さんの絵となっていた、しっかりと個性が出ていてぱっと見で彼とわかる程度であり、カッコよかった。あまりにキッチリ描きあげるので使い勝手が良いのか他所へ無断転載されることも多かった。


 ネットに掲載した漫画がたまってきたので手始めにコピー本を作った。コピー本とはその名の通りコピー用紙に印刷したものを製本する方法で少部数発行では一番コストがかからない。評判はそこそこよく、手に取りやすい金額のコピー本ということもあり順調に売れていった。

 究極マッスルマン2ndではじめてイベントに出たのは最初の出版をしたその翌年のゴールデンウイーク、東京だった。こういった同人誌のイベントは最後に出たときから10年近く経つ、本当に久しぶりであり東京ビッグサイトは熱かった。蜷局を巻いた灼熱を掻き分けるように人々の群れは龍が如く蠢いていた。サークルのスペースは長机で細長い四角の枠をつくり、その内側にサークル参加者が入って外側に向けて店を開くといった形なのだが、それらはジャンルごとにグループ分けされている。案の定、究極マッスルマン2ndのサークルは数えるほどしかいなかった。

 その時、わたしの隣のスペースだったのが月夜さんだった。月夜さんは私とは全く異なるカップリングだったがSNSでも何度かイイネや再ポストをしたことがある。彼女の本は表紙の塗りも綺麗だったし傍から見ていてもそこそこの売上・客足があるようだった。わたしがお釣り用のコインケースを持ってくるのを忘れて困っていると、「余っているので使ってください」と言って500円玉用のコインケースを譲ってくれた。苦手なカップリングなので月夜さんの本は買わなかったがポストカードは買わせてもらった。それに関しては月夜さんも同様らしかった。これくらいならお互い様のよくあるふつうの付き合いである。

 しばらくして女性のコスプレイヤーが月夜さんの前に来た。究極マッスルマン2ndには珍しい女性キャラのコスプレをしている、わたしも最初はBLではなくこのキャラクターとマッスルキッドの組み合わせが好きだったのだ。この人どこかで見た事がある……。SNSでフエタマゴ先生に描いてもらったツバメマンのサイン色紙を上げていた人か、確かそれにイイネした覚えがある。月夜さんと仲が良いのだろう凄く笑顔で話している。その話が終わった途端、そのレイヤーさんはキッと表情を変えてこちらを睨んで去っていった。……わたし、何か悪い事したんかな。

 もうひとつ印象的だったことがある、イベント中に月夜さんは急に席を離れてしまったのだ。わたしの知らない間に机の上をそのままどこかに行ってしまった。これ大丈夫なのか? わたしは若干の不安を覚えた。このままの状態であれば、もし何か月夜さんの所有物が無くなっていた場合、真っ先に疑われるのはわたしになるのでは? 無人にするならせめて隣のサークルに一言伝えて行くのがスジだろう、何なんだあの人、不安でそわそわしていると、しばらくして月夜さんが戻ってきた。月夜さんは怒りとも悲しみともつかないどちらかといえば負の表情で静かに自分のサークルスペースに座った。結局、それからも月夜さんとは一言も会話していない、撤去が終わって会場を出るときに軽く挨拶をしたくらいだ。

 わたしにとって久々の同人イベントは無事に終わった。このジャンル初参加にしてはそこそこ売れた気もするけど、前ジャンルの仁玉のときと比べるとやっぱり人が少ないんだろう、流行り廃りがあるのだなと売上をもって知ることになった。究極マッスルマン2ndは明らかに過疎ジャンルだった。


 噂程度に流れてきた情報によると、月夜さんは離席したとき出張編集部に同人誌を持っていき評価をしてもらっていたそうだ。出張編集部とは同人誌即売会のイベント開催時、同じ会場内に漫画出版社の編集さんが待機して作品を評価してくれるというブースだ。出版社としても同人作家から新たなスターを発掘できるかもしれないので各社それぞれ気合の入った編集さんがどっしりと今か今かと待ち構えているのである。わたしなんかはとてもとても、何を言われるかわからないし怖くて怖くて出張編集部なんぞに持っていったことなどない、畏れ多い。その出張編集部に月夜さんは自身の同人誌を持っていったというのだ、しかも辛口評価を希望して。すごいメンタルだと思う。とてもじゃないがマネできない。結果、彼女はなんとも言えない負の表情で帰還した。よほど自信があったのだろう、その落差たるや。

 出張編集部にはこう言われたそうだ。

「2人の関係性がよくわからない、なぜこの2人は愛し合っているのですか? 表紙の絵は綺麗ですね」

月夜さんは憤慨した。彼女曰く

「原作を読めばこの2人がなぜ愛し合っているのかわかります! 原作を読んでください!」

原作というのは究極マッスルマン2ndのことだろうが、もちろん原作にはそんな描写はない。月夜さんの取り巻きは月夜さんの発言に同意した。

「原作を読めばわかることなんだからわざわざ説明することじゃないですよね。出張編集部は何を考えてるんでしょうね。気にすることないですよ」

「わたしたちは覇権カプだからね」

そんな流れになっていたようだが、それだけ言われた同人誌の内容の方がわたしはむしろ気になってしまった。残念なことにわたしは耐性のないカップリングに関しては見るだけで気持ちが悪くなる(これは仕方ない、そういうものなのだから)ので夫にお願いしてサンプル公開分を見てきてもらい、その感想を聞いてみた。

「確かに、ぱっと見の絵はきれいに見えるけど、体の描き方がひどい、塗りでごまかしてる感じ。ごまかしたところで四角の箱の側面に腹筋の模様がついているようにしか見えないから絵としては別にうまいとは思わない。この人は立体が描けない人なんだろうね。話も特にこれといってあるわけじゃなくて、攻めがサカってて、受けがサカっててくねくねしてメス化してて、始まって2ページでなし崩し的にエロ漫画になるだけで残りの殆どはエロ描写。話も糞もあったもんじゃない。これなら出張編集部の言うことが正しいと思うよ。昔の質の悪い男性向けエロ漫画より酷いかも。こんなんが大量にくるんなら出張編集部も大変だなあ」

わたしはそこまで酷い絵には見えなかったのだけれど、夫がすごい勢いでまくしたてるものだから圧倒されて黙ってしまった。

「結局のところ、身内ネタでしかない内容なのにそれを出張編集部に見せに行くのだから凄いよね」

これは確かにそうなのかもしれないと思った。

 二次創作でBL同人誌を描くのに対して、わからないなら原作を読めというのは乱暴すぎる。面白い漫画というものは途中から読んでも面白いものだ。設定がわからずとも楽しめるのが面白い漫画であって、必ずしもみんなが連載の最初から読者ではないのである。そういう意味でわたしは出来上がった作品を夫に読んでもらうし、前知識のない人でも楽しめるかどうかという点はいつも気にかけている。変な言い方だけれど、わたしの二次創作をきっかけに原作の読者が増えてくれたら良いと思っている。原作の究極マッスルマン2ndはこんなに面白いんだということをわかってほしいのである。わたしが同人誌を描く目的は主にそこであって、同じカップリングの仲間を増やしたいわけではないのだ。ただし、やはりカップリングに共感してもらえるのは嬉しいものだし、それはつまりわたしの同人誌の漫画内でカップリングの説明が完結しているということにもなる。夫の言った「身内ネタ」という言葉が月夜さんの作品について物語っている。月夜さんは第三者にも理解できるような作品ではなく、内輪受けの作品を出張編集部に持っていってしまった。出張編集部の編集さんはそれを指摘してくれていたのだ。ちゃんと仕事の出来る編集さんじゃないか。そんなにしっかりと評価してくれるのなら一度くらいわたしも評価を貰いに行こうかとも思ったが、やっぱり怖いのでその後も出張編集部に出向くことはなかった。


 毎日毎日究極マッスルマン2ndの主人公マッスルキッドばかり描いていた。日本中探してみても、わたしくらいのものだろう、終わったコンテンツのキャラクターを毎日毎日描き続けているのは。毎日毎日描き続けていたら、なんと原作者のフエタマゴ先生からイイネをもらった。わたしはびっくりして大慌てで夫に連絡した。

「ついにフエタマゴ先生からイイネをもらったよ!」

「おめでとう! すごいじゃない! 日々続けてきた甲斐があったね」

こんな時代に究極マッスルマン2ndのほそぼそとやってるファンアートにイイネをくれるだなんて。すごい時代になったものである。まさか原作者から直接評価されるとは。

 しばらくすると今度はフエタマゴ先生がわたしの絵を再ポストしてくれた。再ポストというのはイイネと違い、再ポスト主の投稿として採用されたということだ。イイネとは桁が違う、わたしはびっくり仰天して腰を抜かすかと思いつつ夫にスクショを送った。

「フエタマゴ先生に再ポストされた!」

「え、まじすか……」

「ちょっとどうしよう、こんなのくるとか」

イイネだけならまだしも再ポストとか、すごいな今までこんなの原作者からされたことない。究極マッスルマンは原作者のフエタマゴ先生が積極的にSNSを活用しているのを知ってたけども、それでもその距離の近さには驚いた。嬉しい反面、こんな末端のファンアートにまで再ポストするだなんてフエタマゴ先生はしんどくないんだろうか、ちょっと心配にもなる。

 その後も何度かイイネや再ポストをされたり、直接リプをくれることもあった。慣れるものとは言え、わたしは先生の再ポストがくる度に毎回ひやひやしていた。怖いというよりも畏れ多いといった感じだろうか。先生の再ポストは特に基準があるようにも思えなかった。自信たっぷりの絵ではなく、落書きのほうが再ポストされたりするのはしょっちゅうだった。先生そんな絵で再ポストしないでくれ〜、誇らしいよりも恥ずかしい気持ちが先行した。

 それほどイイネや再ポストされているにも関わらず、わたしはフエタマゴ先生にフォローされていなかった。フォローしてないのにどうやってわたしの絵にたどり着いているのだろうか。わたしは苦手なのでハッシュタグなどもつけないし、本当にひっそりと絵を上げているだけなのだ。ここで誤解のないように書いておきたいが、わたしは複垢(複数のアカウント)を使用している。これはいわゆるゾーニングが目的である。腐女子用アカウントと一般用アカウントで使い分けている。フエタマゴ先生にイイネと再ポストをされているのは一般用アカウントであって、もちろん絵も描き分けている。わたし自身が耐性のないカップリングを苦手とするように、わたしの腐女子アカウントの絵で不快に思う人もいるはずだと思っている。それを原作者に見せるなんてもってのほかだし、もちろん腐女子アカウントでは先生をブロックしている。特にフエタマゴ先生は自伝で同性からの性被害にあったことがあると告白しているのだ。そんな人にBL同人の腐った絵なんて見せられるわけがない。一方でわたしはファンとして究極マッスルマンが、究極マッスルマン2ndが好きでもあるので、腐った要素のないファンアートは一般用アカウントに上げている。わたしはフエタマゴ先生に敬意を持っている。フエタマゴ先生のファンにも同様だし、彼らが腐った絵を見て不快な気持ちになるのを避けたいのである。その延長でキャラクターにも敬意を持っている。キャラクターを損なうような話は見たくもないし、描きたくもない。

 同人誌を描くときにも、そのことについては気をつけている。二次創作なのである程度のオリジナリティは必要だ、だけども原作を無視するような、キャラクターの中身がまるで別人でキャラのガワだけを利用した作品にはしたくない。最悪のパターンとして、キャラクターを損なった二次創作が流行してしまうことがある。それが原作に逆輸入などされると堪ったもんじゃない。こうなるともう手のつけようがない。手がつけられない。しかしながら、それを良しとしている派閥も確かにいる。夫は以前こんなことを言っていた。

「一部の二次創作BL作家には男性性のアンチが一定数存在している。彼らは男性性が憎くて仕方ない。だからそれを壊したくてBLをやっている。彼らのBLは決まって男性性の強いキャラクターを受けにしてメス化する。男性性に対するアンチ行為は原作者に対するアンチ行為にも繋がる。彼らにとって原作者は父親のようなものであり、それは体制でもある。彼らは体制に対してどれだけ暴れても良いと思っている。自分たちは体制に対して弱者であるのだから何をしても許される。彼らは原作が嫌いで、原作を壊したくて仕方なくて、ファンの皮を被って暴れまわる。彼らにとって作品は他人を叩くための道具にすぎない。そこに敬意は微塵も感じられない。キャラクターはお人形遊びをするためのお人形に過ぎず、その人形に対してどんな扱いをしようが(我々は弾圧された弱者)なのだから。普段からそのような創作に浸かってしまっているので、攻撃したい対象がいるときにはその人形に顔写真をつけて痛めつけるのよ。腐るほど見てきたわ」

夫は急にスイッチが入ったように喋りだすことがあり妻であるわたしから見ても引くしキモいと思っている、正直なところちょっと何言ってるかわからないことが多い。しかしまあ攻撃的な人たちがいるのは事実だと思うし、できればそのターゲットにはなりたくないものである。


 そんなわたしのところに荒らしが来たのは5月のイベントから半年過ぎない頃だった。匿名のコメントを寄せることが出来るSNSのサービスでマルマロというものがある。わたしは同人誌の感想欲しさにマルマロをSNSに設置していた。そこに荒らしが来たのである。荒らしは英語だった。

「Musclekid is disgusting XDDD」

「Look at this old Japanese woman! who has no thing to do well! IN ART and ENGLISH! XDDDDDDD」

その後、ピックジムにも荒らしが来た。こちらも英語だった。

wehatemusclekid「(嘔吐の絵文字)(嘔吐の絵文字)(嘔吐の絵文字)(嘔吐の絵文字)(嘔吐の絵文字)」

wehatemusclekid「Bucketmask Hates Musclekid」

wehatemusclekid「Fuck your shit art and shit Musclekid」

wehatemusclekid「LOL your art shit and Musclekid is a shit character」

wehatemusclekid「Bucketmask hates Musclekid because Musclekid is an ugly shit character」

wehatemusclekid「(嘔吐の絵文字)(嘔吐の絵文字)(嘔吐の絵文字)(嘔吐の絵文字)(嘔吐の絵文字)」

musclekidisashit「FUN FACT: Your art is ugly and has its own disgusting smell」

musclekidisashit「We all hate Musclekid even Fueta Mago」

diemusclekid「Musclekid needs to kill himself Musclekid needs to kill himself Musclekid needs to kill himself」

diemusclekid「I can smell Musclekid's shit in this suck cartoon」

diemusclekid「I want to stab ugly Musclekid」

わたしはそれほどひねくれていないので純粋に海外の荒らしが来たのかと思っていた。文章からしてもおそらく同一人物だろう。究極マッスルマン2ndは海外でもアニメが放送されていたので国外での人気も確かにある。わたしを応援してくれている方々にも海外の方は珍しくない。ただ、気になることがあったのも確かで。わたしは性別と年齢をネット上で公表したことがないのである。それなのにold Japanese womanと罵倒している。不思議なこともあるものだ。まるで見たことがあるかのような。わざわざoldと書いているあたり、おそらくわたしよりは若いのだろう。荒らしはわたしより若くてネット以外で面識のある人、ということになるだろうか。ふと月夜さんのことが頭をよぎったが、そこで考えるのは止めた。まあ、おそらく海外の熱狂的な人なんだろう。

 ちなみにBucketMaskはバケツマスク、MuscleKidはそのままマッスルキッドのことで、わたしの描いているカップリングはバケツマスク×マッスルキッドのバケ×マキである。わたしは他にもツバメマンとマッスルキッドのツバ×マキも描いている。注意していただきたいのは、これはあくまでカップリングの話であって。一般用アカウントに描くときにはタッグチームとして描くのである。バケツマスクとマッスルキッドは原作の最後に再びタッグを組むことになる。志半ばで命果てたタッグパートナーのケニーを思うあまりバケツマスクとの新しいタッグを受け入れられないマッスルキッド。バケツマスクは土下座して頼み込む、「俺とタッグを組んでくれ!」と。バケツマスクは気付いたのである。強さとは何なのか。みんなの想い、死んでしまったケニーの願い、マッスルキッドの苦悩、すべてを受け止めてやれるくらいに彼もまた、強く成長したのだ。そうなった2人が組むことで初めて「最強のふたり」最強のタッグチームが完成するというシナリオだ。そこに至るまでの描写は結末までの助走であり、無駄なことは一切ない。アンチがよく槍玉に挙げる話にマッスルキッドの父親のマッスルマンが反則行為を隠れてしていたというくだりがあるが、それすらもマッスルマンなりの息子に対する愛情表現の一つなのだ。色々な形の親子愛があり、想いが注がれた結果の誇るべき息子たちなのである。これこそが究極マッスルマン2ndそのものと言っていい。本当に熱い話だ。原作の最後の最後にバケツマスクはマッスルキッドのことを相棒と呼ぶ。さりげない一言だが、そこにはこれまた様々な想いが込められている原作屈指の名シーンである。そういう原作であるので、原作を最後までしっかりと読んだのであれば「バケツマスクはマッスルキッドが嫌い」などとは間違っても言えないのである。確かに原作の最初のほうだけ読めばバケツマスクがマッスルキッドを憎んでいると受け取れる描写もないではない、が、それも最初で最後の二人の一対一の戦いの後に消えてしまっている。バケツマスクはマッスルキッドの両腕をへし折り戦闘不能にまで追い込んで勝利したのだが、勝利後にはマッスルキッドの両腕を心配しているのだ、自分で折ったのにもかかわらず。そんなバケツマスクがマッスルキッドを嫌うなんてあるだろうか。それこそ「原作を読んでください!」である。もっとも、海外でも放送されていたアニメ版ではその勝敗が逆転しているためアニメしか見ていない人からしてみればバケツマスクがマッスルキッドを嫌っているとしても不思議はないのだが……。荒らしは原作者であるフエタマゴ先生についても嫌悪している。嫌いなら見に来なければ良いのに。わたしは夫の説を思い出していた。


 荒らしが来たことをSNSでつぶやいたところ紫龍さんがフォローしてくれた。

「未だにそんな荒らしするやつがいるんですね、もうだいぶ前に消滅したかと思ってたのに」

「急に来たからびっくりしましたよ、何言ってるか全然わからないし、攻撃が悪化したら怖いなあ」

わたしのフォロワーの中で今回の荒らしについてわたしを擁護してくれたのは紫龍さんだけだった。

 紫龍さんはいい人だった。SNSにおける究極マッスルマン界隈の人たちは趣味の範囲が狭く、幅広くオタク会話の出来る人がなかなかいなかった。そんな中で紫龍さんはわたしのオタクネタにもしっかりと反応してくれたし、オタク知識が幅広かった。本来のオタクとはこういうものだった気がするのだ。紫龍さんとの会話は楽しかった、荒らしがあったことも忘れられた。何よりそんなオタク知識の広くて絵の描ける紫龍さんがわたしの描いた絵を褒めてくれるのは嬉しかった。紫龍さんとは究極マッスルマン以外の話でも盛り上がった。引き出しの数が多く、わたしでも元ネタがわからないことはよくあった。わたしは紫龍さんに自分の同人誌を送ったり、わたしの誕生日には紫龍さんから手書きのイラストカードが送られたりもした。紫龍さんは農業に携わっていたので収穫品を購入させてもらったりもした。それくらい付き合いはあった、傍から見ても仲は良かったのではないだろうか。

 紫龍さんが究極マッスルマン界隈から離れることになったのは、あらぬイチャモンをつけられてからだ。紫龍さんの絵はしっかり描かれていたのでそれを逆手にトレスだ、模写だと騒ぐ人が出たのである。模写で描いた絵ももちろんあったけれど、紫龍さんは自分の絵柄に変換して描いていたので見る人が見ればわかる範囲のものだった。彼の凄いところは10cm四方の付箋にイラストを描くということを一日一枚継続して描いていたことだ。それぞれ非常に完成度が高かったので勝手に転載されて利用されることもしばしばあった。界隈で叩かれて嫌になったのか紫龍さんはVtuberとして活動するようになった。界隈を離れてからも紫龍さんはわたしの絵にイイネをくれていたし、それなりに付き合いは続いていた。


 荒らされた件について考えを巡らせていた。わたしが何か荒らされるようなことをしたのだろうか。ひとつ心当たりがないわけではない、が、それが今回の荒らしとどう繋がるのか見当もつかない。わたしは荒らされる前に漫画を描いてピックジムに掲載していた。それはポンズマンを修理する話だった。

 ポンズマンは体の半分が機械、もう半分がネコという出で立ちのキャラクターで究極マッスルマン界隈でも人気のあるキャラだ。ポンズマンは究極マッスルマン2ndにも登場し、あの手この手で物語を撹乱させるいわゆるトリックスター的な立ち位置だった。その彼は究極マッスルマン2ndの最後に壊れて動けなくなってしまうのだ。最終話でもその状態のまま終わってしまった。何を隠そう、わたしはポンズマンも好きだった。彼の不器用さは高倉健を彷彿とさせる、昭和ドラマや時代劇の主人公のような魅力があった。わたしはその彼が壊れたままであるのを気にしていた、だから二次創作で彼を修理することにしたのである。

 ポンズマンはバケツマスクの師匠でもあり、バトルトーナメントの決勝戦でバケツマスクがマッスルキッドを倒せたのは彼の功績が大きい。一方で究極マッスルマン2ndの最終話、バケツマスクとマッスルキッドは相棒と呼べる仲になった。マッスルキッドとしてもポンズマンを修理したい気持ちはあるのだ、相棒にとって大切な人は自分にとっても、やはり大切な人なのだから。マッスルキッドは戦いの中で成長したのだ。普段は馬鹿なこともするけれど、おちゃらけキャラではあるけども、しっかりと成長してマッスル王家を継ぐ者としての自覚、心構えが備わってきているのだ。若者の成長は心が躍るものだ。やはり究極マッスルマン2ndはよい。よいものだ。その物語の続きを読みたいのだけれど、究極マッスルマン2ndは今のところ、もう終わってしまった。

 話を戻そう。ポンズマンはバケツマスクの師匠とは書いたが、実はバケツマスクはポンズマンと面識がない。というのもポンズマンは変装し、アルフレッドとしてバケツマスクに接触していたのだ。だからバケツマスクからしてみても師匠として認識しているのはアルフレッドなのである。ちなみに月夜さんのカップリングはバケツマスク×ポンズマンのバケ×ポン、もしくはバケツマン×アルフレッドのバケ×アルである。わたしからすると耐性のないいカップリングは見るだけでもしんどいのだが、SNSではよくバケ×ポンの絵が流れてきていた。苦手なものはなるべく見ないようにしておきたいのでミュートという機能を使って、こちらに表示されないようにしていた。カップリングも確かにそうなのだけれど、もっと言えばバケ×ポンの方々の描くポンズマンはどれも見事にメス化されていて見るに耐えない。わたしはポンズマンのカッコよさが好きなのだ。くねくねして頬を赤らめてちびキャラでお花畑なポンズマンは見たくない。むしろキャラクターを壊しているように思えるのだけれど、なぜかこれがよく流れてくるのでミュートミュート、おまけにミュートである。

 その理由でわたしは月夜さんもミュートにしていた。正確に言えば1回目のイベント後になる。特にあの人たちは自分たちのカップリングを覇権だとか公式だとか大手だとか言っていた。その発想も無理だった。イベントの時にわたしを睨んできたレイヤーはフエタマゴ先生と付き合いがあることをSNSでアピールしていたし、原作者と直接の接点があるから公式と言いたいのだろうが、二次創作に関わる者としてわたしの中でそれは一番やってはいけないことだった。こればかりは無理なものは無理なのだ、ミュートすることで平和に暮らせるのだからミュートするに限る。戦場を生き抜いていくにはミュートというモルヒネは必需品だった。わたしのカップリングを描いてSNSにあげているのはわたしひとりだけだった。嫌でもモルヒネの数が増えるというものだ。だからといってわたしが耐えられないだけでそれを理由に他者を攻撃したりはしない。それはお互い様だからだ。平和にやっていくにはお互いに干渉しないということも大事なのである。だから黙ってミュートするのだ。

 荒らされた理由。ポンズマンを修理する話がキッカケだったとするならば。ポンズマンと関わりの深いキャラクターはバケツマスクだ。荒らしは「バケツマスクはマッスルキッドが嫌い」と言っていた。

荒らしの文章だけではなぜ唐突にバケツマスクの名前が出てきたのかわからないが、わたしの上げた漫画を読んだという仮定を前提とするならば、漫画の内容としてはバケツマスクとマッスルキッドが協力してポンズマンを修理する話であるのでしっくりくる。バケツマスクはそんなことしない、と言いたいのだろう。「くそキャラのマッスルキッドを描くなクソ絵描き」とも言っていた。この文章から推測すると、マッスルキッドの関係するカップリングの人ではないだろう。自カプにマッスルキッドが含まれるならば、くそキャラのマッスルキッドなんて言い方はしないはずだ、たぶん。まとめると、バケツマスクに異常な執着+バケツマスクの相手はマッスルキッドではない+ポンズマンが関係している、というカップリング側の人間が荒らしであると推定される。

 ミュートしまくったからわからないが、かなりの数のファンがいると思われるのはバケ×ポン民になるだろうか。状況証拠からしてそのように推理せざるを得ない。わたしの描いた漫画の内容が気に食わなかったから荒らしに来たのだろう。ただ、誰なのかまでは特定できない、バケ×ポン民はかなりの数がいるはずだ。あの人たちは滅多にマッスルキッドを描かないし、嫌ってる人もいるだろう。そのうちの誰かが勢い余って荒らしに来たのだろうということでひとまずは落ち着いた。しかし、まあ、なんというか、二次創作で漫画を描いて上げただけでこんな荒らしが来るのか、この界隈。何が原因かは定かではないけれど、しばらくポンズマンは描けないな。せっかく好きなキャラだったのに、この時点でわたしはポンズマンを見るのも嫌になっていた。


 夫がクリスマスプレゼントに林檎印のタブレットプロを買ってくれた。わたしが前から欲しいと言っていたやつだ、ちゃんと林檎ペンシルもセットだ。今までは夫がどこからか見つけてきた怪しげな中国メーカー製タブレットを使っていたが、いい加減にまともなやつが欲しいと思っていた。これでパソコンがなくてもどこでも絵が描ける! 林檎印タブレット用の漫画作成アプリも入れた。テンションは爆上がりだ。林檎印タブレットプロを手に入れてからは絵のほとんどはこのタブレットで描くようになった。手に入れたことが嬉しくてSNSにも林檎印タブレットの写真をあげた。

 この頃、究極マッスルマン界隈の人間3人と接触があった。毛玉さん、ぼんじりさん、産毛さん。変な名前ばかりといっては失礼だが、それぞれ一人ずつ顔を合わせる機会があった。

 毛玉さんはわたしより年齢が上だろうか、ちょっとキツイ物の言い方をする人でわたしは苦手だった。毛玉さんとは話が噛み合わないことがよくあり、常にこちらを誤解するようなところもありしんどくなったのでわりとはやめに疎遠になった。

 ぼんじりさんは何かイベントがある度に簡単に遠出するような人で、近くに行くからという理由で何度か飲みに行くこともあった。ただ、特に仲が良いというわけでもなく、一緒に買い物に行ってもずっと一人で人形遊びをしているような人だったし、一緒に飲みに行ったところで勝手にビールを注いでくるようなタイプで楽しくはなかったし、それだけならまだしも人に飲ませるだけ飲ませて別れた後に一人で飲みに行くような人だった。何より食事の際に頼むだけ頼んで残す行為は受け入れがたい何かを感じた。わたしの行きつけの店で貴重なチーズが手に入ったという話になり、食べたいと言ったのはぼんじりさんなのに食べずに残した挙げ句、その後に一人で飲みに行ってSNSに投稿していたのは何かの嫌がらせかと思った。

 産毛さんはわたしが漫画の展覧会に行った時に近くに住んでるからという理由だけで会いに来たことがある。その縁でわたしの同人誌にも寄稿してもらったこともあり、別段仲が悪いということもなかった。

 3人とも、過去は知らないが現状で同人誌を出版しているわけではなかった。共通していたのは「何でも読める」というタイプであると主張していたこと。何でも読めるけどバケ×マキ派だということを強調していたこと。そして相手から積極的に接触してきたこと。毛玉さん、産毛さんは一回会ったきり顔を合わせることはなかった。この3人の中ではぼんじりさんだけが複数回リアルで接触してきた。楽しくはなかったが別に断る理由も見つからなかったからだ。


 2回目のゴールデンウイーク東京ビッグサイトのイベントに向けて同人誌を描きあげていた。同人誌の製作途中、息抜きに別の漫画を描くことはよくある。その日も特に理由なく思いついた漫画をSNSにあげていた。すると数日後にSNSでとある漫画が回ってきた。というのもわたしが思いつきで描いた漫画のネタをそのまま丸パクリした漫画が流れてきたのだ。しかもその漫画を描いた人は、わたしとまったく関わりのない別カプの人だった。その人のあげた漫画のほうがイイネと再ポストにおいてはわたしの掲載した漫画より遥かに多かった。

 あまりにもびっくりしたので事の経緯と漫画を夫に見せて聞いてみた。すると夫は神妙な面持ちでこう言った。

「あー、なるほどねー。昔小説サイトに出入りしてたころよくこんなんやられたわ。そう言えばあれもBLの連中だったな。あいつらね、人のものをすぐパクって自分のものにするんだよね。自分たちに想像力がないから人のをパクるしか出来ないんだわ。あいつらのクソなところはね、パクられた側が何言ったところですっとぼけるんだよね。相手にするだけ無駄だよ。どうこう言ったところで最終的には私達は悪くない! 私達は被害者! とか言い出すからね。でこちらが反応すると大喜びするのだわ。反応した! 反応した! って。わざわざ匂わせるようなモノを書いたりして、それに反応するやつをからかって遊んでるんだよね。あいつら徒党は組むけど基本的にはコミュ障の集まりだからね。他者とのコミュニケーションの方法を知らないんだわ。だからそういうイジりで仲間内でキャッキャやるしか能がない。日本のどこに行ってもそんな奴らばかりだよ。会社でもそう。コミュ障が徒党を組んでまともな人を排除しちゃうんだよね。私達は正義だ、とか言って。ひじりさんは自身のことをよくコミュ障って言うけど、そんなことないからね。本当のコミュ障はああいう連中のことを言うんだよ。仲間内でしかハシャげないやつらね。ああいうアホに関わって潰されたやつたくさん見てきたわ。ほんと、ああいう奴らってなんで生きてんだろうね。考えるだけでも腹が立つ。界隈の連中がどういう奴らなのかよくわかったよ、10年以上前から全然進歩してないんだなBL界隈って。あんまり変な奴らと関わらないほうがいいよ。ほんと。人生の無駄だから」

またいつもの夫の発作が始まってしまった。よほど思うところがあったのだろう。ただ単に事情を聞いてもらいたかっただけなのだけど。こうなると止められないのは妻としてよくわかっているので夫が満足するまで黙って聞いてあげた。結局、パクられたもやもやは解決しなかった。


 ゴールデンウイーク。1年ぶり2度目の究極マッスルマン2nd同人誌イベントにわたしは再び戻ってきた。今回は月夜さんとは隣同士ではなく、彼女はいわゆるお誕生日席にいた。お誕生日席というのはテーブルで囲われた長方形のサークルスペースの短い辺の位置にあるテーブルのことで、ひときわ注目を集めやすいポジションとなる。一方のわたしは長辺のちょうど真ん中あたり、特に目立つような場所ではない。一年の中でもトップクラスの規模のイベントだけあって、わたしのようなサークルにもそこそこの客足があった。いつお客さんがくるかもわからないので周りを見ている余裕などまったくなかった、これは去年も同様だったが。イベントが朝の10時に開幕して、一段落できるのはお昼を過ぎたあたりだろうか。トイレも行きたいがトイレはイベントでの一番人気なので並ぶのも骨が折れる。ご飯を食べるような気持ちの余裕もない、本当にしんどい。それでもわたしの本を直接買っていってもらえるのは何物にも代えがたい幸せであった。

 わたしのサークルスペース前に男性の2人組が足を止めた。BLは女性向けではあるが一定数の男性客もいるにはいる。誰かのお使いかもしれないし、自家消費用かもしれないし、それはわからないが、いないことはない。その男性客は月夜さんの本を手に持っていた。

「究極マッスルマン2ndか〜、2ndか〜、どうしようかな〜ぁ、2ndか〜」

(いやいやいや、お前が手に持ってる月夜さんの本は紛うことなき究極マッスルマン2ndの同人誌だろうが。なんだこの客)

わたしは頭の中ではそう思っていたが、ただただ売り手に徹した。その客は最終的にエロなしの全年齢対象の同人誌を一冊だけ買っていった。

 やっぱり月夜さんの同人誌は売れてるのだな、ちらっと月夜さんのスペースを見たら確かに人が集まって賑わっているようだった。

(ただ何だよあのポスターはよぉ、あんなメスメスした卑猥なポンズマンと今にもまぐわりそうなバケツマスクをそんなに堂々と掲げるなよ、そんなことしてるサークルこの会場に他にあるかぁ?界隈の民度の低さが露呈すんぞ……)

現実に実物を見せられるとやっぱりドン引きしてしまうのでわたしは自分の心でそっとミュートをかけた。

(買うための列でもないのにあんなふうにたむろしてたら他のお客さんに迷惑だろ……、そこは通路なんですよ通路、ちょっとは周りを見てみろよ、そんなことしてるのお前らだけだぞ……)

通路を塞ぐようにして談笑していた彼らのせいでわたしのサークルスペースへの人の流れが完全に遮断されていた。そんなことはあったがそれでも、まあ、そこそこ売れたかな。

 1年ぶり2度目のイベントも無事に終了した。また来年も来るんだろうか、わたしは夫との東京旅行が楽しみになっていた。


 年に一度のゴールデンウイーク旅行を終えて、無事に家に帰ってきた。わたしは飛行機が苦手なので夫が車で500km運転して東京まで行くのである。往復1000km以上、なかなかの大旅行なのだ。藤井風の1stアルバムを聴きながらのドライブはそれはそれで楽しいけれど、普段慣れない長距離ドライブずっと助手席はさすがに疲れも溜まる。しかしまあこのイベントが無事に終わったという開放感! 開放感! ようやくのんびりできる! はー! のんびり。の・ん・び・りー。

 そんなのんびりしてる暇もなく、とある投稿がSNSで回ってきた。月夜さんの投稿である。文章は「1年ぶり2度目」とある。画像添付された漫画は、この界隈でわたししか描かないマッスルキッドの絵柄を使った上でバケツマスクがマッスルキッドの使っているタブレットを壊すという内容だった。投稿日は5月8日、イベントの直後に投稿されたものだった。

 わたしはぞわぞわした。不快が胃から胸に駆け上がり頭が一杯になった。わたしは不安から夫に見てもらうことにした。

「あー、これは丸田広樹の絵柄だね、ひじりさんが昔から好きで描いてるやつ」

「この界隈で丸田の絵柄でマッスルキッド描くのわたしだけなんだよね」

「同人誌にもよく描いてるし、いつぞやは紫龍さんにも見つかってたね」

「そうそう、そうなんだけど……」

わたしの言葉を遮って夫は語りだした。

「前にも言ったかもしれないけど、小説サイトに入り浸ってるときに似たようなことがあったよ。やっぱりBLの奴らだったけど。あいつらキャラクターに誰か叩きたい奴の顔写真を貼って、そのキャラクターを不幸にすることで他人を攻撃するんだよね。これもそうだろうね。1年ぶり2度目って書いてるけど、ひじりさんがイベントに参加したのって?」

「去年が初めてで、1年ぶり2度目になるね」

「わざわざそんな文章をつけて、ひじりさんの推しであるマッスルキッドに酷い目に合わせて、で何故かバケツマスクはポンズマンに慰めてもらってるのよね」

「なんでこのタイミングでポンズマンが出てくるのか全くわからないね」

「この漫画だけ見ても全く意味がわからないんだよ、バケツマスクが意味もなくむしゃくしゃしてタブレットを割る、丸田絵のマッスルキッドが悲しむ、何の意味があるの?何が面白いのこの漫画」

「確かに漫画として中身がないというか、ただただバケツマスクがマッスルキッドを泣かせてポンズマンにすり寄るだけというか」

「単体として漫画としての意味がまったくないのだから、何かしら他の意味を見出さないと話が成立しないのよ」

「そこで『1年ぶり2度目』?」

「それもそうだし、タブレットを破壊しているんですよ。去年の年末ひじりさんに林檎印のタプレットプロ買ってあげたでしょ。それってSNSに写真載せた?」

「あー、確か載せたと思う」

「じゃあやっぱりそうだね。これはひじりさんの藁人形としてマッスルキッドを使って顔面に釘刺して遊んでんだよ」

なるほど、そんなやり方で他人を攻撃するのか。今までのジャンルではそういったことをされたことがないし、全く気が付かなかった。

「でも、これに反応したら駄目だよ! 先に釘を刺しておくけど」

さっきから心に顔面に釘を刺されっぱなしである。

「あいつらの手口はあくまで匂わせで藁人形を作るところにある。要素だけ見ていくと状況的にこれはひじりさんに対する侮辱と言っていい。でも確固たる情報は何も書いてない」

「だからこちらから何か言ったところで、あいつらはしらばっくれるってわけね」

「そうそう、むしろそうやってこちらが反応するのを楽しんでいる部分もある。そこがあいつらの卑怯なところなんだよね。身内だけがわかる内容で気に食わないやつを叩いてイイネ再ポストして内輪で喜んでるんだわ。反応がないならないでアイツは鈍い奴って言えるしね」

「きっしょ」

思わずわたしは本音が口からこぼれてしまった。

「ほんときっしょいと思うよ。そんなん内輪だけでやっとけって話、表に出してくるんじゃないよ、全く。こういう奴らはいつか現実に行動に移してくるから本当に気をつけたほうがいいよ」

いつか現実に行動? 一体何をされるのだろうか。わたしはこの界隈で活動することに若干の不安を覚えはじめた。


 ミュートしているから直接はわからないのだが、フォロワーが勝手に情報を持って来るということはしばしばあった。

「月夜さん、フエタマゴ先生にイイネ再ポストされたいからって一般用のアカウントを始めたらしいよ」

すごくどうでもいい情報だった。そのアカウントを試しに見に行ってみるとほとんどの絵が腐女子アカウントに掲載したものの再掲だった。

(すごいな、こんな腐女子臭のする絵をよく原作者に見せようと思うよな)

月夜さんの取り巻きである毛玉さんはわたしと会った時に「月夜さんは努力してるよ!」と言い張っていた。まるでわたしが努力してないかのような言い方になっているのだが、わたしは毛玉さんのこういう配慮に欠けるところが苦手だった。

(努力ねえ、それならもう少し腐の要素を抜く努力をしてみたらいいのでは?)

それっきり見には行かなかったのだが、2・3ヶ月ほどしたころだろうか、また情報が流れてきた。

どうやら業を煮やして月夜さんが声明を出したようだった。

「別カプは再ポストされるのに私のカプは先生に再ポストされません。心が折れました。このアカウントは削除します」

別カプ……。わたしはフエタマゴ先生にイイネ再ポストされているが、それはあくまで一般用アカウントに描いた原作基準のタッグとしてのファンアートである。腐女子用アカウントは先生をブロックしているし、カップリングとして描いた絵を再ポストされたことはない。しかし、フエタマゴ先生に再ポストされている別カプとは誰のことなんだろう。他の腐女子アカウントもみんな先生に見られたくないからブロックしているはずなのだ。まったく心当たりがない。

 それでも月夜さんの取り巻きは月夜さんを擁護に回った。

「フエタマゴ先生はすべての絵に対してイイネ再ポストをしてあげるべきだと思います」

究極マッスルマン界隈でそこそこ顔が利く人がそんなことを言い出した。さすがにそれはフエタマゴ先生可哀想だろ、どれだけの絵を毎日チェックしなきゃならんのよ。それでも界隈で目立つ人がそんなことを言うもんだからフエタマゴ先生はその日以降、今までよりイイネ再ポストの数を増やしたのだ。ただでさえ原作で忙しいのに、たかだか腐女子の泣き言で原作者がそこまでさせられる意味よな。この界隈はやっぱり変な人が多い。


 その一件があった後、すぐにわたしのところに荒らしが来た。荒らしについては前回の推理もあり、おそらく今回の件でまたわたしを攻撃しに来たのだろうと思った。前回も今回も、わたしが荒らされる理由はまったくない。しかしタイミング! タイミングがすべてを物語っている気がするのも確かだ。そうなると、あの月夜さんの言っていた別カプとはわたしのことを指しているのだろうと推測できる。そもそも思うんだが、なぜわざわざ「別カプは再ポストされるのに」という文章を入れる意味があったのか。単純に「先生に再ポストされないのでアカウント消します」では駄目だったのか。文章を入れる意図よな。意図。むしろ、その文章こそがカップリング論争として攻撃の合図なのではないか。でなければ入れる意味がまったくわからない。

「別カプは再ポストされる」

実際はおそらくどのカップリングも再ポストされていないのだ、わたしも含めみんな先生をブロックしてるから。

「私のカプは再ポストされない」

そもそもカップリングで、腐女子絵で再ポストされようとするなよ。

「別カプは再ポストされるのに私のカプは再ポストされない」

だから私は弱者です、ってか。

勝手に心折れてろよ、そんなんじゃ戦場を生き抜いていけないぞ。別カプ見るのが嫌ならモルヒネ打っとけよ。重ねて言うが前回も今回も、わたしが荒らされる理由はまったくない。それ以来、月夜さんの一般アカウントがどうなったのか知らない、風のうわさでは消したと聞いたが定かではない。


 そんな中、わたしは大阪での夏の同人誌イベントに出店していた。やっぱり東京のイベントに比べると人は少ないかもしれない。しかし熱い。熱い。熱くて熱くて熱くて死にそうなくらい熱い。本の売れ行きとしては、東京と比べたら確かに少ない。規模もあるが、大阪の会場は東京に比べてあまり良い構造とはいえない。さらに今回は人の流れから離れた場所がサークルスペースになってしまった。いわゆるハズレ枠。この結果も致し方なしか。今回はぼんじりさんが手伝いに来てくれた。めちゃくちゃ遠いのに、そのバイタリティはどこからくるのか感心した。会場ではネットで面識のあったグレイさんとも会うことが出来た。グレイさんは主に文章のほうで創作活動を行っていて、今回は究極マッスルマン2ndではない別の作品で出店していたようだ。イベント後は打ち上げということで、その3人で飲みに行くことになった。


 紫龍さんの訃報が届いたのはその年の年末だった。数日前まで自作パソコンのパーツを買った話など普通に投稿していた。紫龍さん自身、そんな形で死ぬつもりはまったくなかったのだと思う。あまりにも突然の報せであったので、信じる信じない以前に現実味がなかった。夫はわたしが紫龍さんと仲が良かったのを知っていたので慰めてくれた。

「ちょっと急すぎるね」

「うん……」

「せっかく仲良くしてくれてたのに、惜しい人を亡くしたね」

「……」

「まだそんな年齢でもないと思うんだけど、なんかどこか体が悪かったのかな?」

「もともとやってた仕事をストレスで体調崩して辞めたって言ってたから、頑張って無理する性格だったんだと思う」

「農業も朝から晩まで忙しい仕事だからね」

「紫龍さんがいなかったら究極マッスルマン2ndも描き続けていられなかったと思う」

「おれの塗装したフィギュアも褒めてくれてたね、塗りが丁寧って」

「そうそう、わたしの絵も、界隈から離れてVtuberやってたけどイイネはしてくれてたよ」

「なんでいい人から早く死んでしまうんだろうね」


 わたしたち夫婦はそれぞれの実母をいわゆるおばあちゃんと呼ばれるような姿で見ることが叶わなかった。特にわたしの母はB型肝炎の治療中に院内感染で亡くなっている。母はわたしに対してはとても厳しい母親だった。わたしの夫は母と面識があるのだが、夫いわく、わたしの母は優しくて天真爛漫な少女みたいな人だったそうだ。夫が私の母と会ったのは母が病気になってしばらくしてからであったので、その頃の母には昔のような元気がなかったし精神的にも追い込まれていた時期でそういうふうに見えたのかもしれない。薬の影響か、死期を悟って子供帰りしていたと言うべきか、わたしとしては母親が母親でなくなっていくようで辛かった。B型肝炎も母のせいではなかったし、院内感染も母のせいではなかった。母は偶然、運の悪いことに巻き込まれてしまったのだ。運の悪いことが重なって亡くなってしまった。わたしなりに何かサポートできたこともあったのかもしれない、そう思ってみてもやはり不条理な死であったと思う。

 いい人から先に死んでいく、生き残っている人たちを見ると確かにそうなのかもしれない。わたしに良くしてくれた叔父さんは早くに亡くなったけど、好き勝手に生きて親族に迷惑をかけまくってる伯母さんは元気に生きている。わたしの母は亡くなったが、母に負担をかけ続けた父と兄は生きている。また一人、わたしに良くしてくれていた人が亡くなった。荒らしは今もどこかで元気にのうのうと生きているのだろう。


 究極マッスルマンのアニメ化が決定した。リメイクではなく、アニメ化されていなかった新章から始める形でのアニメ化だった。そう言えばそうだ、アニメ化が決まったときにもわたしは毛玉さんに嫌味を言われたのを思い出した。アニメ化が決まった直後は原作のどの部分をアニメ化するのかハッキリとした情報は出回っていなかった。出回っていなかったのだが、わたしはアニメ化決定のタイミングで発売された究極マッスルマン特集雑誌に「今度アニメ化されるオリジナルマン編では〜」と書いてあるのを見逃さなかった。公式が出版した特集雑誌の記事にそう書いてあるのだから間違いないのだろう、アニメ化はオリジナルマン編からなんですね〜といった類の投稿をSNSにしたのだ。するとそこに毛玉さんが噛み付いてきた。

「公式サイトで発表されてもないことをSNSで拡散するなんて良くない! せめて公式サイトの発表を待ってからにしろ!」

何故かわたしのところにだけ。他の人も書いてる等と言うつもりはないが、わたしのところにだけ飛びかかってくるのは単なるマウンティングにしか思えなかった。毛玉さんはこういうよくわからないところで噛み付いてくるので本当に面倒な人だった。バケツマスクは三日月のイヤリングをしているのだが、わたしは同人誌のおまけとして市販品の三日月モチーフで作った(作ったと言ってもパーツを2つ組み合わせただけ)ピアスを添えたことがある。そこに毛玉さんは噛み付いた。

「公式と勘違いするようなグッズを販売するなんて非常識だ!」

そもそも販売をしていないし、ましてや三日月のモチーフなんていくらでもあるのに、それにバケツマスクのそれとはデザイン的にもまったく異なっている。しかしそんなふうに騒がれたので急遽やめることにした。一方で毛玉さんの友達は公式が作っているグッズに似せた、似せたと言うよりほぼ公式グッズまんまのデザインのものを同人通販サイトで販売しているのだ。フエタマゴ先生ということでタマゴの形をしたキャラクターグッズだ。自分のお仲間のほうがかなり危ないことをしているにも関わらず、こっちに噛み付いてくるのはマウンティングに加えて、縄張りを主張しているのだろうか。そういうことが続き疲れたのでミュートにしていたが、いつの間にかフォローを解除されていた。面倒くさい人だったから良かった。ただ、あの感じでわたしの悪評を広められたら困るとは思った。


 3度目のゴールデンウイーク、東京ビッグサイト。わたしは誕生日席にいた。過去2年手伝ってくれていた旧知の友人が参加できなくなったので、夫がとなりに座って店番をしてくれることになった。わたしとしては夫に店番をさせたくはなかったが他に人もいなかったのだ、仕方ない。

 夫はセクシーアニマルのTシャツを着ていた。セクシーアニマルはセクシーアニマルのそれ以上でもそれ以下でもないのだが、別段流行ってはいなかった。夫が店番をしていると心なしか普段より男性客が多いように感じた。夫いわく

「セクシーアニマルは流行ってるからね、それで男性客が多いのかもね」

セクシーアニマルは別段流行ってはいなかった。

 どうやら遠く後ろの方に月夜さんもサークルスペースをとっていたようだが、特に挨拶をすることもなく、接触はまったくなかった。ひとつ出来事があったとすれば、男性のコスプレイヤーがバケツマスクのコスプレをしていたのだけれど、他のサークルには目もくれず真っ直ぐ月夜さんのスペースに行き真っ直ぐ帰っていったくらいだろうか。近頃は主催者側からも指導があるようになるべく肌の露出をさける、そのために一枚タイツなどを着用するのが普通であるのに、その男性レイヤーはそういった気遣いをせずワキ毛も全開だった。

(バケツよりワキ毛が目立ってどうすんじゃ、それじゃバケツマスクじゃなくてワキゲマスクじゃ)

こっちに来てくれないで本当に良かった。助かった。この界隈はレイヤーの質もこんなもんなのか。酷いものだ。コスプレイヤーは見てもらいたくてイベントに参加しているものだと思っていたのだけど、どうやらみんながみんなそうではないらしい。今年のイベントも何事もなく終わった。また来年も来るのだろうか。どうなんだろうか。


 究極マッスルマンのアニメが放送開始した。わたしはあまりテンションが上がらなかった。アニメの出来があまり良くないのと、主役声優さんの演技が微妙だったからだ。旧アニメは40年近く前であるので声優さんは一新されていた、それは仕方のないことだと思う。だけども記念すべき第一話での演技がひどかった。まだキャラクターになれていないだけかもしれない、それでも、もう少し作品として完成度を高く出来たのではないか。主役のマッスルマンはシーンによって声質がバラバラだった。悲劇的なシーンなのに半笑いしているような演技だった。なにもかもが噛み合っていなかった。他の声優さんの中にはうまく演技している人ももちろんいる、さすがベテランだと思うような演技、むしろ本人だろというレベルを魅せてくれている。わたしが旧作マッスルマンの声優の大ファンだということもあり旧作を贔屓目に見ているというのも確かに要因としてあるかもしれない。それでも、ひどい。なぜ誰もこの声優の演技の酷さについて語らないのだろう。わたしだけなのだろうか。夫に聞いてみると、夫も同意見のようだった。

「ちょっと演技がバラバラすぎるね、シーン毎に別人になってる、こんなの声優さんだけの問題じゃないと思うけど。よくこれでOKでたよね」

マッスルマンの声を演じているのはアイドル的な人気のある声優さんだ。他の作品ではこんなにひどくなかったのに。映画版のスーパーマニホールドブラザーズではその演技に感動もしたのに。なんでこんなことに。前情報から期待しないようにして期待していたが、その心配は現実になってしまった。

 しかしながらSNSでは称賛の声ばかり。特にフエタマゴ先生の取り巻きにはイエスマンばかりが擦り寄っているようだった。フエタマゴ先生としても念願のアニメ化だったのだ、思い入れも違うのはよく分かる。それでも、それとアニメの出来は話が違う。特に同時期にやっている別のアニメのクオリティが非常に高いので余計に究極マッスルマンが悪く見えてしまう。アニメのテーマと演出と声優さんの演技が見事に噛み合って、毎週放送が待ち遠しい、そんなアニメが見られるのは本当に幸せなことだ。究極マッスルマンのアニメにはそれがなかった。原作のファンだから言わせてもらうけれども、本当に残念なアニメ化だった。わたしは作品について嘘でも「良かった」と言えないのだ。良い作品には心から良かったと言える。言語化するのは苦手だが言える「良かった」と。SNSが称賛の声ばかりなのでわたしはアニメの件についてほとんど投稿しなかった。ファンながらに悔しいからだ、原作はこんなもんじゃないのにと。良くない出来のものを褒めても良いことはない。究極マッスルマン界隈がアニメで賑わっているなか、わたしはSNSで疎外感を感じていた。


 事件がいくつかあった。SNSでフエタマゴ先生に噛み付く奴が現れた。現在連載中の究極マッスルマンでは究極マッスルマン2ndを匂わせる描写をすることがある。ちょっと前、ポンズマンが2ndのアルフレッドの姿になるという話があった。アルフレッドのファン界隈はざわついた。そういうリアクション欲しさにフエタマゴ先生はやっているのではないかと疑いたくもなる。それがその回に出たっきり別のシーンに移ってしまった。しびれを切らしたアルフレッドのファンが噛み付いた。

「フエタマゴ先生はアニメの宣伝に漫画を利用している! アルフレッドはどうなったのですか!」

究極マッスルマンの連載を追いかけていたら分かるのだけれど、このようなシーンの切り替えは前から多々ある。別にアルフレッドのシーンに限ったことではないのだ。フエタマゴ先生はそれにリプライした。

「アニメの宣伝に漫画を利用?わかりました、甘んじて受け止めますよ」

めずらしい、フエタマゴ先生が意見をそのまま受け止めている。いつもなら喧嘩っ早くあしらっているあのフエタマゴ先生が。これに関しては夫の方が憤慨していた。

「フエタマゴ先生がアニメにかけた想いをあれだけ込めた感動的な回を、たかだかアルフレッドが出ないだけで原作者にクレームを出すとか、そんな酷いことあるかい。流石に可哀想だわ」

夫が言うには漫画側のあの回は大きなスクリーンをアニメ画面に見立て、ちょうどアニメに出るキャラクターを大きく映し出すことで現実のアニメとシンクロさせている、その上で今は亡き当時の担当編集さんに向けて「このアニメを見せてあげたかった」と登場人物が泣くシーンであって、それを漫画上で擬似的に実現させているというのだ。フエタマゴ先生のその漫画表現に気がついた人はSNSでももちろんいたようで「感動しました」「あの回をディスるなんてどうかしてる」などというコメントが寄せられていた。よりによってそんな回をアニメの宣伝呼ばわりするとは、そしてそれを受け止めたフエタマゴ先生。わたしとしては漫画の中で一度も「アルフレッド」という単語が出ていないのにSNSでアルフレッド、アルフレッドと言っているのがどうにも気持ち悪く思えた。2ndではそういう呼び名だけど、まだ単なる量産型警備兵の格好なんだよなあ。わたしは思わずSNSでつぶやいた。

「へー、アルフレッド、へー」


 もうひとつ、海外の腐女子アカウントがフエタマゴ先生に見つかった。先生は再ポストして「こら」と書き残した。あの人たちは声明を出した「腐女子はフエタマゴ先生をブロックしましょう」と。そんなん前からやっとるわ。でも、前にいたよなあ。「私のカプは先生に再ポストされない」と喚いていた人が。あの時は何故か知らないがわたしのところに荒らしが来たっけか。こっちはちゃんと住み分けしてたのに。腐った絵をフエタマゴ先生に再ポストされたがって喚いていた人を擁護していた連中が今度は「腐女子は先生をブロックしましょう」だと。そんなん前からしとるわ。当たり前だろ、何の確認だよ。あいつら結局のところ自分たちがルールだって出しゃばりたいだけなんじゃないのか。こちとら密かに平和に暮らしていきたいだけなのに。考えれば考えるだけ腹が立ってくる。結局あの荒らしは一体だれだったのか。わたしは腐女子用アカウントでこうつぶやいた。

「そういや本垢でマッスルキッドとバケツマンのタッグを描いて先生に再ポストされた時、某カプの人が『自カプは再ポストされない、他カプはされるのに(要約)』ってポストしてからあの荒らしが来るようになったんだよなあ……」


 そのポストから遡ること1週間前、わたしはぼんじりさんと口論していた。大阪で開催される同人イベントに「行けたら行きたいです」と言っていたぼんじりさんからイベントの2週間前になっても連絡がなかったので確認してみたところ「出ません」と言われたことが事の発端だった。本人は口約束のつもりだったのかもしれないが、こちらはイベントに来るものだと思っていたので、せめて連絡くらいしてほしい旨を伝えた。ぼんじりさんは始めのうちは別のキャラクターイベントに当選したから、という理由だったのだ。それにしても前もって教えてくれても良かったのにと思った。それが何故かぼんじりさんは別の理由まで語りだした。

「そのイベントに出てくるエド・ムラサキさんがちょっと『もにょる』ので、面識のない方にこういうのも変な話ですけど。エド・ムラサキさんと仲良くやってくださいね^-^」

なんだか聞いているこちらがもにょるような何とも釈然としない話だった。そんなよくわからない理由でドタキャンされたのかと思うと、ますます腹がたった。

 後々になって判明するのだが、ぼんじりはエド・ムラサキさんに会えない理由があったのである。ぼんじりはほとんど同人誌を描いていない。唯一わたしが知っているぼんじりの同人誌はコピー本だったが、それがエド・ムラサキさんの同人誌のネタを丸パクリしていたのだ。エド・ムラサキさんはわたしなんかとは比べ物にならないくらい漫画がうまい、同人誌も売れているしSNSのフォロワー数も多い。わたしのやっているカップリングでは名の通った方である。そんな人のパクリ同人誌を出しているのだから、その人の隣の席になるイベントに出られるわけがない。当時はそのことに気が付かなかった、ただ単にぼんじりの気まぐれに振り回されただけだと思っていたし、それでもかなり精神的に消耗していた。

 この一件は本当に堪えた。同年のゴールデンウイークに来てくれなかった旧知の友人との喧嘩別れのような出来事が思い起こされてろくに食事もできなかった。こっちはただでさえイベント前なのに、やることたくさんあるのに。同人誌購入者に渡すおまけの漫画1ページも思いつかないほど疲れ切っていた。


 腐女子用アカウントにつぶやいた発言にリプライがきていた。わたしはこの人と面識がない。アイコンもアルフレッドだし、あっち界隈の人だろう。あーそう言えばこんな人いたなあ、名前はヤシロと書いてある。

「私は彼女をフォローしていますが、あなたが想定している人物はそんな発言をしていません。それにあなたのピックジムが荒らされたのは私がこのジャンルに来る前の話だとあなたご自身が話されていた覚えがあります。記憶の間違いで彼女への誹謗中傷を繰り返すのはもうやめていただけませんか」

何を書いているのかよく意味がわからない。意味がわからないと人間は恐怖を感じるものだと思うし、わたしはこの文章に恐怖を感じた。怖かったので放置した。ああ、怖い怖い。変な人きた。わたしは怖かったので夫に前後関係含めスクショを送った。夫から返信がきた。

「なにこれ、こわ〜」

「ちょっと何言ってるかわからないよね、これ」

「何か誹謗中傷したの?」

「してないよ! そんなこと!」

なんで夫からも疑われなくちゃいけないんだ。昔からいつもそうだ、わたしばかり悪者にされてきた。家族の中でもそうだった。助けてくれたのは今は亡き祖母だけだった。


 わたしの実家は第一次世界大戦後に創業した会社で、2代目の爺さんの時代まではそこそこ羽振りが良かった。祖母はそこに嫁いできた、いわゆる社長夫人というやつだ。近鉄百貨店に行くと太客として丁重に接待されていたというのだから今ではとても考えられない。小姑にはさんざんいじめられたそうだ。身体障害者を2人産んだことでひどく咎められたと聞いた。健常者として産まれたわたしの父を育てることすらかなわず、その役割を小姑に奪われたとも言っていた。その結果、会社は傾いた。わたしの父親が潰したようなものだった。爺さんは兄を甘やかしてばかりいた。父も兄については厳しく言わなかった。それどころか何かあると全部妹であるわたしのせいにされた。わたしを庇ってくれるのは決まって祖母だった。小さい頃から描いていた絵のことを褒めてくれたのも家では祖母だけだった。

 そんな祖母はわたしには想像もつかないほどの修羅場をくぐり抜けてきたのだろうと思わせる逸話がある。兄が小学生の頃だったか、クラスの担任の先生が偏屈な人間だったので兄は怖くて学校に行けないといって家に籠もってしまった。その先生が直々に家に来て兄に学校に来るように説得したときのこと、祖母が応対した。やっぱりかなり頭のおかしな先生だったようだ。如何に兄がクソ人間でも同情したくもなる程に。祖母はその先生の言うこと全てに「で、それで?」と返答したというのだ。何を言ってきても

「で、それで?」「で、それで?」「で、それで……?」

最近になって知ったことだが、どうやらそのような話術があるようだ。担任の先生は、そのやり取りがよほど堪えたのか精神的に追い込まれて入院し、退職してしまったという。わたしは祖母のやったその行為が悪であるかのように教え込まれてきた。あれはやり過ぎだと。人を潰すほどに追い込んではいけないということらしかった。わたしは祖母のことが好きだったけれど、その部分だけは心の片隅に置いて生きてきた。人を追い込んではいけないのだと。


 わたしはヤシロさんのリプライに対してどのように対応するべきか決めかねていて放置していた。夫は

「さすがにこんな書き方をされて広められたら困るからSNSの運営に通報しておくよ」

と言って実際に通報したようだ。わたしは多少なりとも付き合いのあった人たちに聞いてみた。その反応は散々だった。返答の一例はこうだ。

「こんなの来たけどどう思います?」

「誹謗中傷とかあまりしないほうがいいですよ?^-^」

「わたし何か誹謗中傷になるようなことしましたか?」

「それは知らないですけど^-^」

知らないのに誹謗中傷をしないほうがいいと言い切るのはなんなのだろう。そもそもしないほうがいいのは当たり前の話だ。話を簡単にしてみよう。

「あまり人殺しはしないほうがいいですよ」

と言われたらどう思う?

それを言われた側としては

「え? わたし人を殺しましたか?」

となるのが普通だと思うのだが。

知らないのなら言わないでほしい、意味がわからない。あなたが知らないのなら、誰が知っているの? そんな話。誰かに聞いたの? 中には本当に心配してくれたのか該当しそうな投稿を挙げてくれる人もいたが、誹謗中傷と言うには頼りないものばかりだった。

 通報されたポストに対する対応期限は24時間だった。対応期限まであと1時間といったところで夫が知らせてくれた。

「どうやらあのリプライ、ヤシロ本人が消したみたいよ」

急いで確認してみた。確かに消されている。

「消すんなら書くなよ、なんやねんあいつ」

「まあ、消されたからにはこちらとしてもこれ以上の追求はできないね」

変なやつに絡まれて疲れたよ、こちとらイベントの1週間前やぞ……、購入者特典のおまけイラストだって描けてないのに。あーしんどい。ぼんじりの件と立て続けにこんなんくるとか、イベント前やぞ、ほんと、しんどいわ。また変なの来たら嫌だからアカウントに鍵かけとこ。翌日ぼんじりから連絡が入った。


 えらく長々とした要領を得ない文章だったが、要約するとこういうことだろうか。ヤシロが直接わたしと連絡を取りたがっている。リプライの誤解を解きたい、これまでの経緯を説明したい。毒マルマロや荒らしの件については我々もとても悲しい、といった内容だった。やはり意味がよくわからない。どこから突っ込めばいいんだ、しんどいわ。一方的にこちらが誤解しているというスタンス、面識がないのにわたしが話していたのを覚えているという明らかな嘘、そもそも関わりがないのにこれまでの経緯を説明されても。毒マルマロについては公に公開されている場所では投稿していない、検索しても出なかった。ただ、荒らしがきたとしか書いていない。なぜそれが毒マルマロだと知ってる?

「記憶の間違いで彼女への誹謗中傷を繰り返している」と断言したのはヤシロさんの方であり、それについての誤解? 何をどう誤解すればいいのだろう。ていうか、彼女って誰?

「彼女はそんな発言をしていません」

ならそれでいいのでは? 勝手に関係あることにしてるのはヤシロさんでは? 空想が現実になっちゃうタイプのあれか? わけがわからない、怖い。放置。


 すると翌朝、またもやぼんじりから一方的に長文で連絡が来た。その第一段落はこうだった。

「しんどいなら答えなくていいですよ、こちらで断っておきますね」

なんやこいつ。なんでこいつが決定権もってんの? 意味わからん。イベント前でしんどい言うてるのに何を急かしてんの。わたしはせめてイベント後にしてほしい旨をぼんじりに伝えた。

「このところいろいろしんどくてようやく体調戻ってきたところなんですよ、返事はイベント後まで待ってもらえませんか?」

「わかりました、本当に申し訳ないです」

とりあえずは話が勝手に終了されるのを止めた。ほんと勝手に決めるなよ、後からこっちが言われるんだぞ「向こうが一方的に断った」って。そうなったら印象悪いだろ。あまりにもスムーズだったので、むしろそう言う流れにしたかったのかとすら思えてきた。ぼんじりの長文の残りを要約するとこうだ。ぼんじりは前からヤシロさんと交流があったわけではない。ピックジムにDMが来てて迷っていたらヤシロさんと繋がりのあるフォロワーからメールを見るよう言われた。最初はぼんじりが誤解を解くように依頼されたが、ぼんじりは「月夜さんとジルベール米倉さん」で話すべきではと返答した。


 わたしはこれまでのやり取りで気になる点があったのでぼんじりに聞いてみた。

「ヤシロさんと繋がりのあるフォロワーって誰ですか? あと、そのメールをスクショでいただけますか?」

なぜスクショを要求したかと言うと、ぼんじりのこの発言である。

「月夜さんとジルベール米倉さんで話すべきでは」

とぼんじりは確かに書いていた。なぜ月夜さんが出てくる? 今までの流れで誰一人としてその名前を明言している人はいなかったのに、ぼんじりはしっかりと「月夜さんとジルベール米倉さんで」と書いている。

もしこのフォロワーとやらが名前を出していたのであれば「月夜さん」の謎は解ける。だがしかし、もし出ていなかったのであれば。

 ぼんじりがその問いについて返信してきた。

「色々考えましたが、いまの気持ちはジルベールさんがご飯も食べられないのが悲しすぎます」

「あんなに遊んでくれたのにジルベールさんが私の話を聞いてくれなくて悲しい」

「フォロワーの名前は差し控えさせていただきます。スクショは見せられません」

ぼんじりは回答をはぐらかして逃げた。どうしてこういうタイミングで感情論に持っていこうとするんだろう。うちのクソ兄貴、クソ親父と同じ手口だったので正直なところ白けたし、またか、またこういう手口のやつと相対さなければいけないのか、自分の運命を呪った。

 次の日の朝、ぼんじりから連絡がきた。昨晩わたしがSNSにしんどい件を投稿したので、それに応じた形だ。

「気持ちを汲んでなくて申し訳ないです。スクショ送っても大丈夫なら送ります」

スクショが添付で届いた。文章をぜんぶ眺めてみても、どこにも「月夜さん」の文字は入ってなかった。ん? ていうかこれヤシロさんがぼんじりに送ったメールだな。ただ、それ以上に目を引いたのが、その文章のほとんどが身に覚えのない話で埋め尽くされていたことである。

 ひたすら長文、長文、長文に次ぐ長文。ヤシロさんがぼんじりに送ったとされるメールを要約するとこうだ。

「毒マルマロの犯人と特定の人を結びつけるのをやめろ、無関係な人がその度に心を痛めている!」

「こちらを犯人扱いするのをやめるように、ぼんじりさんからも言ってもらえませんか?」

「毒マルマロや荒らしは本当に卑劣な行為だ!」

「こちらのカップリングや個人を特定できる内容を添えて仄めかすな! 別カプだから荒らすだなんていいがかりだ!」

「ジルベールさんが話す(その人物が睨んできた)等もジルベールさんがこちらのカップリングへの悪口を日頃から発信していたからだ! どうしてそういうこと言うの本当にわからない! 泣いちゃう!」

「大事にはしたくないのでリプライは消しました!」

「わたしたちは荒らし行為をやっていません! 誓います!」

ああ、だらだら長かった、少しはまとめろよ。

 ヤシロさん、何度も毒マルマロの話を書いているけど、わたしが「毒マルマロの件を誰にも話していない」のはここまで読んでこられた読者の方ならお分かりいただけるだろう。わたしはただ単に「荒らしがきた」としか書いたことがないし、誰かに毒マルマロの件を話したこともない。検索しても出てこない。それなのになぜヤシロさんは「毒マルマロ」だと知っているのだろう? この時点でヤシロ自身が限りなく真っ黒なのだが、ヤシロの発言は「特定の人を犯人扱いするのをやめろ」というふうに読める。書き方からするとヤシロは「(自分を除く)特定の人を犯人扱いするな!」と書いているようだ。まるでヤシロ自身が特定の誰かと犯人を結びつけたがっているようにも思える。そうなっててくれないと困るかのようだ。ヤシロが毒マルマロの犯人である可能性は高い、そう仮定して考えてみるとヤシロ自身が無関係を装うために「ジルベールが特定の人を荒らし扱いしている」として自分に矛先が向かないように第三者的な立場を強調しているのかもしれない。そうなるとあのリプライ文章の2文目で挿入されている謎の文章、荒らしは自分ではないとヤシロが弁明を計っていることについて理由も説明がつく。文脈がおかしいのだ。

①私は彼女をフォローしていますが、あなたが想定している人物はそんな発言をしていません。

②それにあなたのピックジムが荒らされたのは私がこのジャンルに来る前の話だとあなたご自身が話されていた覚えがあります。

③記憶の間違いで彼女への誹謗中傷を繰り返すのはもうやめていただけませんか。

①と③は繋がる。②だけがなぜかヤシロ自身の話をねじ込んでいる。これは「私ではない」という感情の露呈ではないかと思うのだ。しかも②に関しては明らかな嘘だ。わたしがそんな話をするシチュエーションがそもそも思い浮かばない、見知らぬ他人にそんな発言をするだろうか。もっと言えば、ヤシロは究極マッスルマン界隈用のアカウントらしく、それはわたしが荒らされる前に開設されているのを確認済だ、だからこれも明らかな嘘。明らかな嘘をついてまでねじ込みたかった「私は犯人ではない」という主張。それはヤシロが犯人だからこその「私は犯人ではない」という感情ではなかろうか。どうだろうか。

 自分が犯人ではないと主張したいからわざわざ公の場所で「(ヤシロではない)特定の誰かを犯人扱いするな」と第三者的に言ってみせた。しかしながら、これによりヤシロは「ジルベールが特定の人に誹謗中傷を繰り返している」と公の場で発言したことになる。これについてわたしは被害者であり、ヤシロが加害者となる。メールの他の内容についても心当たりがない。もし、このようなメールを他の人にも送っていたとしたらゾッとする。おそらく送っているだろうとは思う。その中でぼんじりが反応したのだろう。


 思い返してみれば、ぼんじりは会う度に誰かの悪口を言っていた。

「月夜さんに子供が産まれたんですって、どう思います? そんな状況でよくイベント出ましたよね。早くないですか」

「すごいな」

わたしはそっけなく返しただけだった。わたし自身、子供は2人産んでいるが、自分の体が出産に向いていないだけなのかもしれないが、出産直後はイベントなんてとてもじゃない出られる体じゃなかった。数週間まったく体が動かせなくて横になっていた。だから思わず「すごいな」と言ったのだ。

 それに、もともとわたしはそれほど他人に興味がない。よほど仲の良い人なら、その人の食事の好みとか、趣味とか、そういうのは覚えられるが、特に関わりのない人が出産したところでどうでも良かった。それならまだ近所の野良猫が子猫を産んだってほうがテンションあがる。大体わたしはかなり前からミュートしているのだから、こうやってぼんじりが話を持ってこない限り知りようがない。ぼんじりは最初に会った時にこんなことを言っていた。

「私って人の投稿をスクショするくせがあるんですよ」

今にして思えば、それを言う事で「私の発言には信憑性がある」と匂わせることが出来るからだろう。

「毛玉さん、女性向けイベントに男性コスプレイヤーが来るなんてどうかと思うって投稿してたけど、すぐに消したみたいですね」

過去にはスクショを見せられながらそんなことを言われたこともあった。すごくどうでもよい情報だったのだが、後日ぼんじりにその件を聞いてみると

「え、私そんなこと言いました?」

と、すっとぼけられた。お前が持ってきた話ちゃうんかい! スクショまで見せて言ってたのになんやねんこいつ。よくよく考えると、こうやってわたしがぼんじりから聞かされた話、全部わたしが言ったことにされてないか? そう思ってしまうくらい、わたしが悪口を言うという悪評は広まっているようだった。

 ぼんじりはバケ×マキを自称していたが、彼女の描く話はマッスルキッドを痛めつけるものばかりだった。マッスルキッドの首を絞めてセックスするような漫画だ。本当にマッスルキッドが好きなのかすら怪しかったし、わたしは同類に見られたくなかったのが本当のところだ。見るのも不快だった。解釈がどうこうのレベルではない。そんな彼女が作ったコピー本はめずらしく痛めつけるような描写はなかった、後々になって判明するのだが同カプの有名人のネタを丸パクリしていたのだ。改めて考えてみてもなんでこんなやつに付き合っていたのだろう。それほど、この界隈でバケ×マキ民は駆逐されていたのだ。人がいなかった。最初から怪しいと思うべきだった。バケ×マキ民を潰してきたのは誰だったのか。なぜ、こんな焼け野原になっていたのか。このカップリングに人が集まらないのは何故なのか。


 わたしはぼんじりに催促した。

「ヤシロさんと繋がりのあるフォロワーが貴方にメールを送った件のメールのスクショを頂いてませんので、そちらもお願いします」

「察しているかも知れませんが、そのフォロワーは毛玉さんです。内容については何も話してないです。追加でヤシロさんがジルベールさんを直接連絡を取りたいと言ってます。連絡手段が私しかないそうです」

「確認したいことがあるのでスクショを送ってください。判断するのはこちらですので。DMは開放してあるので直接送れるはずです」

頑なにスクショを送ってこないのは何故だろう。「月夜さん」が関わっているというのならその出所を知りたいのだけど。ぼんじりから返信がきた。

「DM開放されてないみたいです、ヤシロさんにメールを送ってください」

確認してみると確かにこちらの設定でDM開放になっていなかった、以前スパムが大量にきたことがあって閉鎖していたのだ。しかし待てよ、なんでこっちのDMにこだわるんだ? ぼんじりにはピックジムのDMで送っていたのだから、わたしのピックジムアカウントに行ってDMを送ってくれば良いのでは? 何でだ?

「DM開放出来てなかったのは申し訳ないです。しかしなぜ貴方みたいにピックジムのDMじゃないんですかね? まあいいか。今はイベント前で体調を整えたいので、それが終わってからと連絡してください」

「スクショ見せていいか向こうに確認したら1個ずつ説明したいからスクショはやめて、と言われました」

一個ずつ説明? 何を言ってるんだ? そもそも一個前の文章ちゃんと伝えたのか? イベント後にしろって言ったのに。

「『本件に対して直接連絡してこいと呟いているのを拝見しました。こちら水曜日から直接の連絡をお伝えしております。双方に誤解があるようでしたらお話しお伺いしたいです。こちらのリプの間違いも謝罪したいです。DMの開放よろしくおねがいします。』お返事きました」

イベント後にしろって言っただろ。お返事きましたじゃねえよ。こちとらメシもロクに食ってねえんだよ。ふざけんなよ。イベントの準備もしなきゃいけないんだよ。もうかなりしんどい。イベント行けるかもあやしくなってきた。なんやねんこいつら。嫌がらせかよ。

 それからも相手から一方的な「連絡」が続いた。次から次へと。

8月30日22時15分「『DM開放をお願いします、イベント前に終わらせましょう』連絡きました」

もうイベント2日前やぞ。ここまで散々邪魔してきて「イベント前に終わらせましょう」じゃねえよ。「イベント前」をずっと「邪魔」してきたのはお前らだろうが。

「謝罪したかったらご自身のホームに固定ポストでもしたらいいんじゃないでしょうか。今は直接は無理ですので」

イベント後にしろよ。本当に。せいいっぱいのお願いだった。

8月31日10時15分「イベント後まで待ちますとお返事きました」

最初っからそうしとけよ。もう前日の10時すぎだぞ。明日の今頃にはイベント会場におるんやぞ。全然話伝わってないんじゃないか?

「全然伝わってないですね、こっちの文章読んでください」

8月31日11時17分「追加きました。一つずつ説明したいので、私とのスクショだけをざっと見るのはやめてほしいそうです。固定ツイについては文章考え中なのでお待ちください。と言ってます」

なんやねん、ざっと見るって。バカにしてんのか。自分は捏造ばかりのわたしを貶めるようなメールを書いておいて、よくそんなこと言えるな。

「貴方は明らかな捏造をしている前科があるので信用できません。スクショに関してヤシロさんに発言権はないと思っています」

8月31日12時56分「直接お話をされたいとのことで、ピックジムかDM開放されたら連絡します。と言われました」

「嫌です、先にスクショください。と送ってください」

ピックジム開放されてるけどな、もう疲れたわ、前日までしっかりつきあわされた。明日イベントなのに。あ、ひとつ言い忘れてた。

「わたしがざっと読むというのならスクショでも直接のメールでも一緒ですよね、も追加で送ってください」

8月31日19時14分「月夜さんが会話をするのでヤシロさんに『もうジルベールと話さないで』と言われたそうです。月夜さんに直接メールしてくださいと伝えてください。と言われました」

「なんで月夜さんがくるの?」

わたしは前々から疑問に思っていた点を尋ねた。

8月31日19時44分「月夜さんがリプしたと聞きましたが連絡ないですか?」

人の話を聞かねえやつだなホント。わざとスルーしてんのか。だいたいリプって何だよ。どこかの投稿にリプライしたのか? それなら場所もちゃんと伝えろよ。連絡ないですかじゃねえだろ。お前の立ち位置何なんだよ。それを連絡するのが役割だろ。

「ミュートにしてるから知らないんですよ。それより何で『月夜さん』がきたのか謎です。今回何も関係ないのに」

8月31日20時02分「おやおや(昇天)内容的に月夜さんの話をヤシロさんがされてたので、月夜さんが後は私が話しますと言っていました。月夜さんに直接話をしてくださいとのことでした」

会話が成立していない。文章の辻褄もあわない。内容的に月夜さんの話をヤシロさんがされてた「ので」? 月夜さんに直接話? リプじゃないの? 答えになってない。おやおや(昇天)ってなんやねん。内容的になぜ月夜さんだと思ったの? 特定できるのが一つでもあった? 今までの会話で? むしろ内容的に月夜さんだとわかるというのであれば、前々からそういう認識でいたっていうことですよね、ぼんじりさん。月夜さんが「ジルベールに誹謗中傷を繰り返されている」という、認識下にあったわけですよね。そうでなければどう考えても特定までは出来ない。

「そんなにスクショ嫌なの、何でですかね? わたしは一言も月夜さんの名前を出してないし、ヤシロさんも(私がフォローしているあの方)としか書いていません」

8月31日20時57分「わからないですが、とりあえず、もうヤシロさんは反応されないとおっしゃってました」

「じゃあ、もういいな、スクショください」

8月31日21時01分「えー、それは何か違う気がするよー」

なんやねんこいつ。自分が疑われてる自覚あるだろ。そうだよ、疑ってんだよ、だから出せよスクショ。

「ヤシロさんの言い分ばかり聞いて、わたしのは聞いてくれないんですね、寂しいです」

お前のやってきたことやぞ、お気持ち表明返したったぞ、くそが。

8月31日21時59分「そういうことじゃないですよ。めっちゃ長文で説明ないとわからないです。あと、私宛に書いた内容なのでジルベールさんが求めているものではないと思います。とりあえず明日イベントなので寝てください」

前からだけど、それを判断するのはお前じゃねえんだよ。言っとくけど自分に都合が悪いから隠してるだけにしか見えないからな。


 9月1日、イベント当日。しんどい。朝に再度スクショを送るようぼんじりに依頼したが、軽くあしらわれた。

「ジルベールは話す気がない。誤解されるから困る。終わったからって何でも見せるのも違う」

そんなことを言われた。結局、月夜さんがどこに何を書いたのかすら連絡できていないのに、いる意味あったのか、ぼんじり。

 まだ暑い夏の日、イベントは始まった。今日はグレイさんが手伝いにきてくれた、本当に助かる。本当に、ありがとう。お隣はエド・ムラサキさんである。バケ×マキの同人誌を過去に描いていた人だ。今回は新作でなく、在庫分と重版分ということだった。あれだけぼんじりが会うのを嫌がっていた人だが、わたしから見てまったくそんな風には見えなかった。物事をハッキリ話すタイプで、わたしのネタフリにもしっかりと対応してくれる引き出しの多さを兼ね備えている。漫画もくっそ上手だけど、本人も面白い人だな。本来の面白いオタクの人ってこういう人なんだよな、亡くなった紫龍さんもそうだった。色んなことに興味を持って吸収して生きてきた結果みたいな人たちなのよ。だから会話してても面白いのだ。今までそれほど深い交流があったわけではなく、若干の心配があったのも確かだが全くの杞憂だった。手伝いにきてくれたグレイさんは手際よくテーブルをサークルスペースに変貌させてくれた。売り子としてもテキパキとこなしてくれた。有難い。有難い。有難い。涙出る。念のため変な輩がきたときのために夫もイベント会場に来てもらっていたのだが、その出番はなかった。台風接近もあり、客足は少なかった。昨年よりは空調が整備されていたとはいえ、このところの体調不良で灼熱のイベントに参加出来ただけでも奇跡かもしれない。悪夢のような2週間だったが、イベント当日はなんとか耐えきった。なんとか。それから数日後、わたしは倒れて入院した。



 妻が倒れて入院してしまった。このところ食事もまともにとれていなかった。無理にでもすすめたりはしていたのだが、吐いていた。それでも、吐いても多少は栄養を摂らないといけないからと無理にでも食べさせていた。体調不良は倒れる2週間ほど前からだろうか。妻はこの2週間で驚くほど老けてしまっていた。事情は聞いていた。なるべく手助けもしたかったし、そんな奴ら相手にするだけ無駄だとも伝えていたが、こんなことになってしまった。

「肥溜めにダイブしてるのと一緒だよ。あの界隈は肥溜めだよ。なんでわざわざ近づくの?」

それでも妻は向かっていった。妻を止められなかったのはわたしの責任だ。それはそう。妻が壊れていくのは自殺した自分の母親を見るようで辛かった。心の奥底にしまっていた記憶が呼び起こされた。

 わたしが持っている一番最初の記憶は3歳のときの地震だ。年が明けて間もない頃に発生した大きな地震。当時の震度で4か5だったと思う。父親が仕事で出かけており、母と兄と3人で家にいる時のことだった。地震がきてすぐに母がわたしと兄をテーブルの下に避難させた。あの時の母の恐怖の感情は痛いほどわたしに伝わってきた。不安、恐怖、それと同時に子供を絶対に守るという強い意志。それがわたしの持ってる一番最初の記憶だ。思えばわたしはずっとそれにあぐらをかいて生きてきたのかもしれない。わたしはその時の母の不安と恐怖を忘れていたのだ。絶対に守るという意志だけを覚えていて。母親の頭がおかしくなったとき、わたしは彼女の手を握ってあげた。もっと早くこうしてあげたらよかった、わたしはそう思った、そしてそう言った。母はずっと不安だったのだ。不安と恐怖に怯えて、ずっと一人だったのだ。

 それでもわたしは母を助けてあげることが出来なかった。わたしが母親を守るということは出来なかった。一番頼りにされていたのがわたしだということも知っていた。それでもわたしは母を助けることは出来なかった、それはわたしが母を助ける立場ではなかったからだ。今回は違う。わたしは妻を助ける立場にある。そのために結婚したのだ。わたしは守れなかった母親を守るために妻を助けなければいけなかった。わたしたち夫婦には子供が出来なかった。妻はマッスルキッドを我が子のように可愛がっていた。妻は自分が見届けることの出来なかった子供の成長をマッスルキッドに重ねて見ていたのだろう。それくらい愛していたし、幸せになってほしいと願っていた。だからマッスルキッドを侮辱するやつらが許せなかったのだ。作品を、究極マッスルマン2ndを侮辱するやつらが許せなかったのだ。


 幸い、妻は点滴によりある程度まで回復した。退院して固形物が食べられるようになるまで回復を待った。もちろん、ネットには触らせなかった。その間にヤシロと月夜のアカウントをわたしのアカウントから見に行った。好き放題に書かれていた。ぼんじりの言っていたリプとは月夜側のポストだった、リプライですらないのか。しかもイベント前日の8月31日の14頃時に投稿し、イベント撤去時刻の9月1日14時頃に返事がないとして打ち切っている。このタイミングで月夜もヤシロも妻のアカウントをブロックしたと主張しており、確認するとその通りブロックされていた、つまり妻からは見ることが出来ないし反論のしようもない。妻はイベントで忙しいし体調も悪いと伝えていたのにも関わらず、よりによってイベントの開催時間を狙ったかのような時間制限、このような一方的な対応では意図的で悪質な嫌がらせと受け取らざるを得ない。何よりこの2人は同人誌即売会にも出ている経験者なのだから、そのイベントの重要性を知らないわけがないのだ。妻のイベント出席を妨害するのが目的だったのは明らかである。

 しかし、さて、どうしたものか。月夜とヤシロの主張は一見すると言葉遣いが丁寧であり、界隈の平和を願っており、荒らしは悪ですと正論を一たらし、皆様にご迷惑をおかけしたことをお詫びし、精神的ダメージをアピールし、妻が悪いというイメージを刷り込み、自己正当性を主張しているので読んだ人がイイネをしやすい雰囲気作りに徹している。手練の詐欺師のやり方だと思った。平和を願われると、反論はしづらいものである。しかも相手は2人組かつそれぞれがお互いの発言を真実であるかのように補い合っており、それだけでも人は騙される。一方で、わたしの妻は少々言葉遣いが乱暴で、ただそれだけで印象はかなり悪い。と言っても、謂れのない中傷をされているのだから妻は怒って当然であるのだが、皆さんは印象を大切にされる。あまり状況はよろしくない。何か反論をしたところで「ほれみろ、やっぱりアイツは攻撃的だ」とされるのが透けて見える。

 月夜は事の発端となったヤシロのリプライをスクショにして保存していたらしく、それを証拠として持論を展開していた。わずかな期間しか存在しなかったリプライをしっかりとスクショに残しているのは何かしらの計画性を感じざるを得ない。スクショ時間は朝の9時1分、次の日のその時間にはすでに消されていたので8時21分のヤシロのリプから40分後にはきてスクショをしたことになる。彼らの中では私の妻は悪、そして彼らが正義であることは確定的なのだから、はじめからスクショを晒すつもりだったのだろう。現にその投稿は再ポストやイイネが多数あり、拡散されていた。なるほど、そのスクショは「正義感のある人が誹謗中傷を繰り返す極悪人を成敗している図」にも見えないことはない。

③記憶の間違いで彼女への誹謗中傷を繰り返すのはもうやめていただけませんか。

感動的な話だ。友人のために身を挺して悪に立ち向かう、これは勇気がなければ出来ないことです。しかし、月夜とヤシロの投稿のどこを見てもその「彼女への誹謗中傷を繰り返す」ということに対する根拠が見当たらない。

どうにかして「ジルベールが月夜を何度も攻撃している」という事実に捏造したいのはよく分かるのだが、それの根拠が「思う」であるとか「第三者が見てそう見える」であるとか曖昧なのだ。ジルベールが悪人だという身内ネタが浸透している自国民向けの演説なのだろうが、これではむしろ「ジルベールを悪者にしたい」という気持ちばかり先走っていて、むしろそれが目的なのではと思えてしまう。「ジルベールが悪者である」という悪評を拡散することが目的。それならばしっかりと「特定の人物に対してジルベールが誹謗中傷をしている事実」を提示したら良いのだ。誹謗中傷を繰り返しているのであればそれが複数あればよい。ただそれだけの話。それがないのであれば、むしろ月夜とヤシロが根拠のないデマを流している加害者となるし、それを再ポストで拡散している人たちも意図せず加害していることになる。月夜とヤシロは反論がないのをいいことに事実とは異なる捏造を他にも多数書いていたのだが、それを指摘するのは本筋ではない。対応の方向性が見えてきた。あいつらがスクショを拡散しておいてくれたおかげでこちらも対応がしやすくなった。


 妻に許可をもらって声明を出すことにした。妻がしんどくならない程度に投稿文を確認してもらってから掲載することにした。要点としてはただ一つ。

③記憶の間違いで彼女への誹謗中傷を繰り返すのはもうやめていただけませんか。

これである。「特定の誰かへの誹謗中傷をジルベールが繰り返している、だからそれをやめろ」と書いてある。根拠もないのにこのような文章をバラまかれては困るのだ。とにかくあいつらの土俵に上がる必要はない。向こう側のやつらが前提としている「ジルベールが月夜に誹謗中傷を繰り返している」という話に耳を傾けてはいけない。ぼんじりもそうだったようにあいつらは「ジルベールと月夜」の問題であるとしておきたいのだ、でなければ話が成立しないから。あいつらはあいつらの描く同人誌と同じように前提がなければ成立しない。それはクローズド・サークルにおける共通認識であるのだが、それは集団妄想にもなりうる。身内受けのネタばかり描いているからそうなる。妄想に付き合う必要はない。

 わたしは妻のSNSに投稿した。

「ジルベール米倉の夫です。妻は食事が出来ず栄養失調により入院しました。わたしは妻をここまで追いやった人たちに怒りを覚えます」

声明については文字数制限があるのでテキストを画像に貼り付けて投稿した。発端となったジルベールの投稿とヤシロのリプライのみを引用し、それに対する文章の解説をした。今のままではヤシロが加害者となり、それを拡散した人たちも同様に加害者であること。それを避けるためには「ジルベールが特定の人物に誹謗中傷を繰り返している」ことの根拠の提示が必要となること。誰かの噂を根拠と考えているのなら、その出所を確認すること。などを主張した。

 つまり、わたしは妻に危害を加えた者たちに対して、彼らが加害者にならないように配慮をしたということになる。だが、これといって反応はなかった。1週間ほど待って反応がなかったので、今度はわたしのアカウントから彼らに直接リプをした。

「あなたは加害者になるおそれがあります、加害者にならないためにも根拠の明示をお願い致します」

自分たちはいきなり妻のポストに突っかかってきたのだから、わたしのリプにも問題なく対応していただけると思っていたのだが反応はなかった。

 1日後、今度はヤシロのピックジムのDMに妻のアカウントから同様の文面を送った。やっぱり問題なくピックジムのDM使えるじゃないか、なんであいつらこれで連絡してこなかったの? それでも反応はなかった。

 その1日後、妻のアカウントに新たな投稿をした。

「2日待ちましたがこちらのリプライに返信はいただいておりません。あと1日待って返信がないようでしたら次の段階へと進みたいと思います」

月夜はこちらの知らないところにポストしてたった1日で打ち切ったのに対し、こちらは直接連絡をとった上で3日も猶予があったのだ。しかも相手を加害者にさせないための行動だった。これだけやって理解されないのであれば仕方ない。

 わたしのアカウントにDMがきた。どうやら妻のフォロワーらしい。内容はただの暴言だった。

「お前の文章は不快だ! 私はジルベール米倉の相互フォローだぞ! ジルベール米倉の絵を見せろ!」

要約するとこんな感じだ。何か勘違いをされているのだろう、わたしの妻は商品じゃない。ストリップ劇場の観客のマナーが悪いので警備員が止めに入ったところに「お前を見に来たんじゃねえ、嬢を出せ!」と言われているかのようだった。商売で絵を描いていて、その客からもらったクレームならまだわからないでもない。だが妻は好きで描いていただけであり、言い換えると原動力が「好き」という気持ちなのである。このDMを送ってきた人は金の卵を産む鶏を絞め殺すタイプなのだろう。わたしが妻に絵を描いてもらうまでどれだけ苦労したかわからないから、こんな無茶苦茶な暴言が吐けるのだ。わたしは妻のファンであり、パトロンでもある。妻が絵の描きやすい環境を今まで拵えてきたのだ。気持ちで描くタイプだということもよく知っている。ようやくここまで来れたのだ。それを台無しにした挙句、逃げた人たちをわたしは許さない。許すわけがない。そんなわたしに対して、妻の相互フォローだからなんだというのだ。お前は少しでも妻を庇ったか? 紫龍さんのように庇ったか? こんな状況で絵が見たい! だなんて母乳を飲みたくて飲めなくて不満タラタラのガキじゃねえんだから。本当に肥溜めだ。肥溜め。便所の落書き以下だよ、肥溜めだ。馬鹿馬鹿しい。わたしはそのDMに返答はしなかった。するだけ無駄だと思ったからだ。

 荒らしがあってからジルベール米倉のフォロワー数は坂道を転がり落ちるかのように日に日に減っていった。妻の積み重ねてきた大切なものが崩れ去っていくかのようだった。妻は悪いことを何もしていないにもかかわらず無言のフォロー解除が続いた。残念だが、これが荒らされるということなのだ。彼らは今まで以上にこちらの見えないところで妻の誹謗中傷を繰り返しているのだろう。


 次に投稿する文章はすでに書き終わっていた。返事なんてくるわけないと思っていたからである。わたしの昨日の投稿に反応したのか、ここでぼんじりが声明を出した。声明文はメモ帳をスクショしたような画像だった。投稿時間は昼の2時くらいか。内容を読んだが、7割はお気持ち表明、2割は捏造、残る1割は感情論だった。いろいろとしょうもないことを書いていた。わざわざ語るほどのものでもない。Aさん、Bさん、Cさんとしているのはわたしの真似だろう。こういう場合の仮名はあまり意味がない。わたしがAさん、Bさん、Cさんとしたのは月夜とヤシロを守るためであり、証拠が出てきたときのことを考えて、あえて伏せていたのだ。だが、ぼんじりの使い方では単なる人形遊びに過ぎなかった。誰が誰だか分かる状態の仮名に何の意味がある? ひとつだけ、このメモ帳スクショで際立っていた文章があった。

「AさんがBさんのお友達のCさんを長年悪く言っていることがあり」

やはりぼんじりはそういう認識だったのだ。認識? いや、むしろそういうことにしておきたいのだろう。しかし、残念ながらここにも根拠は明示されていなかった。この程度では特に大勢は変わらなかったのである。


 待っても待っても根拠の明示はされなかった。むしろ反応すらなかった。なのであいつらの前提をひっくり返した。ヤシロと月夜は根拠のない誹謗中傷をした加害者となった。その投稿を再ポストした人たちも加害者となった。これは実際に起きたことであり、それを適切な引用とともに指摘することでわたしの妻の名誉を回復するのである。本来であれば加害者側から「根拠のないデマ」を流布した件について訂正をするべきなのだが、度重なる依頼にも応じてもらえなかったため仕方ない。ヤシロは何度も「謝罪をするつもりはあった」というような発言を残していたが、こちらはもともと謝罪など特に求めてはいなかった。わたしはヤシロと月夜を名指しして根拠を明示し批判した。今回の一連の荒らしとイベントの妨害行為について。妻が誹謗中傷を繰り返したという前提がなくなったので彼らの主張は空虚なものとなった。

 界隈の平和を祈っていた本人が界隈を荒らしていたことになった。荒らしは許されないと言っていたその本人が荒らしをしていた。彼らが受けた精神的苦痛は単なる自損事故になった。綺麗事ばかり丁寧な文章で並べていた人たち、彼らのえげつない行動が世に晒された。感情論や綺麗事ばかりで絵空事に生きてるからこういうことになる。根拠もなしに他人を攻撃するから、こういうことになる。どこからどう見ても彼らの方が悪になった。ここまでやっても妻の名誉は回復されないどころか古典的な藁人形論法で妻をさらに攻撃する輩まで現れた。妻を模した人物を醜く描くことで妻を叩き持論を展開するのだ。「悲劇のヒロインぶってんじゃねーよ!」と罵る奴もいた。「悲しい結末ですが、お疲れ様でした」と上から目線で月夜・ヤシロ側の大勝利を勝手に労う奴もいた。今まで大した交流のない人が妻に対して露骨な攻撃をしだした。本当に腐りきった肥溜めは肥料にすらならない。ただただ土壌を汚染していくのみ。この人たちには一体何が見えているのだ。そんな輩は鍵をかけている妻の裏垢にも紛れ込んでいた。澱んだ腐臭のする汁を撒き散らしながら内部で破壊工作を行っていた。穢れとはこういうものを言うのだろう。彼らには命の輝きを感じられない、何も生み出せない何も感じられない死骸の残骸が死臭を放つ黄泉の国。僕は一刻も早くこんなところから、黄泉の醜女から妻を引き離さなければならなかった。このままでは妻が死んでしまう。妻の体に染みついた穢れは徐々に広がりその奥底まで蝕んで僕の育んできたものを壊していく。僕はその芽を苗にし、ようやく実の生るところまでやってきたのだ。あいつらの攻撃はキリがない、だからどうにかしてここで終わらせる必要がある。それにはもっと強力な、全てを浄化するような目の眩む眩しい光が必要だった。


 わたしは自分のアカウント側に何一つ隠さずに素顔のままで想いを綴った。わたしは紫龍さんの力をお借りした。わたしの知らないところで妻を庇ってくれていた紫龍さんに敬意を表して。わたしは究極マッスルマン2ndの最終章になぞらえた。複数人を相手に一人で闘い、傷だらけになりながら耐えていた妻は悲劇のヒロインなどではなかった、むしろ勇敢なヒーロー、マッスルキッドだった。そんな妻に改めて惚れ直したわたしはタッグパートナーのバケツマスクとして本来の使命を果たしただけ。紫龍さんは志半ばで亡くなったケニー、彼の優しさがわたしに力をくれた。紫龍さんがいたから妻は絵を描き続けられたのだ。妻を守ってくれてありがとう。妻と仲良くしているあなたに対して嫉妬の心があったのも事実です。でも、それ以上にわたしは生きているうちにあなたに会ってみたかった。きっと仲良く出来たと思うんです。紫龍さんの本名は偶然にも僕の実兄と同じ名前だった。年齢も同じくらい離れていたし、兄貴みたいなもんだと勝手に思ってました。妻の心の支えになってくれて本当にありがとう、あなたの分までわたしは妻を支えていきます。わたしはマッスルキッドがやったようにヤシロ、月夜にもしっかりと救いの手を差し伸べた。彼らにも友情はあったのだ、友達が悪く言われていると思ったからこちらを攻撃してきただけなのだとフォローした。作品を愛するということはこういうことだ。作品を愛することで究極マッスルマン2ndはわたしの力になってくれる。どんなに苦しくても立ち向かえるのは、生きていけるのは、そんな作品のおかげなのだ。究極マッスルマン2ndが、紫龍さんが、そして究極マッスルマン2ndを愛する全ての人たちの声がわたしに立ち上がる勇気をくれたのである。作品がわたしの生きる源となって、体となって、糧となる。

 わたしは愛する妻とこれからも生きていく決意をSNSで表明した。これはもはやプロポーズであり、結婚式であり、披露宴だった。わたしは初めからこれをやるつもりでいた。この一件で、わたしは妻への愛を再認識させられた。だからこそ、あいつらが呆れてしまうような二次創作をぶっぱなしてやろうと思っていた。これでもくらえ、腐った奴らめ。お前らには真実の愛は眩しかろう。お前らに究極マッスルマン2ndを理解することは難しかろう。なぜなら究極マッスルマン2ndの根本的なテーマの中心に愛があるのだから。様々な形での愛情を、いや、愛さえ友情さえその奥に内包しているのが究極マッスルマン2ndなのだ。そりゃそうだ。心に愛がなくっちゃ、究極のヒーローにはなれないからね。やっぱり動機は愛がいい。長かった戦いは終わった。だから、もう、帰ろう。

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