黒猫のナイ
この世界では黒色は特別な色だ。国が変われど黒色の意味は世界共通。黒色は人間では神子様しか持っていない色だ。研究者によると神子様はこの世界の神が他の世界から連れてくるらしい。神は力が強すぎてこの世界に干渉しようとすると大災害がおこるらしい。そこで他の世界の人間に加護を与えてこの世界に連れて来る事にしたという。大昔は黒色以外の人間も連れてきたようだが、この世界の住人と揉める事が多くて次第に黒色の人間のみを連れてくるようになった。神はこの世界が気に入って貰えるように、元の世界ではあまり大切にされていない人間を選んできているという事が分かってきた。
この世界で神子様に手を出すと、もれなく神罰が下る。それは本人のみならず、それを止めなかった者や、家族にまで及ぶ。単純に死ぬならいいが、死ぬより辛い苦しみを与えられ続ける事でこの世界で神子様に危害を加える者はいなくなった。
神が神子様を連れて来られる場所や間隔は決まっていないが、神子様が衰弱死してしまうような場所には現れない。神子様の保護は半ば全世界の住人の義務となっている。
現在私は騎士団に所属している。普段は王都に在中しているのだが、1週間前に王都から北にあるガラクという街の付近で盗賊の被害が頻発していて街に派遣している人数では拠点を叩くのが難しいという事で私の隊が討伐任務に当たることになった。
街に到着後速やかに現地の騎士団メンバーと盗賊の被害状況や拠点の目星を付けた場所を聴き取っていた。するとそこに門番が慌ててやってきて『盗賊の一味らしき2人組が荷車を引いて街に入って来た!』
もし荷車の中に盗賊の仲間が潜んでいたら大変な事になると、部下を連れて詰所の前に出て行くと遠くから荷車を前に2人組がノロノロと近づいて来ていた。
部下に『何しに来たのか知らないが、速やかにあの盗賊を拘束しろ』と盗賊を指差しながら指示をした次の瞬間、盗賊が逃げ出そうと体の向きを変えた。折角盗賊の方から捕まりに来たのに逃がす訳がないと、盗賊の背中に飛び蹴りを食らわせた。
あっさりと盗賊2人を拘束しながら荷車に目を向けると、顔はよく見えないが真っ黒な髪の色をした人物、神子様が載せられているのを確認した。
盗賊や部下とやり取りをしながらも、神子様の様子が気になって仕方が無かった。正直これ以上やり取りが続くなら切り捨ててもいいのではないか?と思い始めた頃に話は纏まった。
神子様を一目見た瞬間に昔飼っていた黒猫のナイを思い出した。
私は騎士の家系に生まれレオンハルトという大層な名前が付けられた。ご先祖様方は騎士団長や王族の近衛騎士等優秀な人材を多く排出していた。当然の様に生まれた時より私にも騎士団へ入る道しか用意されていなかった。しかし私は気が小さく、運動するのも好きではなかった。毎日課せられる鍛錬から逃げ出した事も多々あった。いくら『自分には向いていない』と訴えても誰にも聞き入れられる事は無かった。
私の当時の癒やしは、我が家で飼っていた黒猫のナイを追いかけ回…可愛がる事と、鍛錬を真面目に取り組んだ日には夕食のアイスが2個になる事だった。ナイは気位の高い猫で中々撫でさせてくれる事は無かったが、私が落ち込んでいると普段は絶対に手の届かない場所にいるのに、そっと側に寄り添ってくれる優しい猫だった。それでも調子に乗って撫でようとすると猫パンチをお見舞されるが、側にいてくれる本当に優しい猫だった。私が騎士団に入れるまでになれたのは間違いなくナイのおかげだった。
ナイは天寿を全うして今はもういないが、私の事を心配して神子様として戻って来てくれたのだと確信した。あの子はとても優しい猫だったのだから。これからは私が命をかけて生まれ変わったナイを守っていこうと固く心に誓った。