二度目の窃取①
小百合が倒れてから数日、瑠璃羽は瀬尾家に本格的に居候することになった。百香が小百合の看病をしている間、外で手や口でのサービスを行い、日銭を稼ぎ、闇市で食料を買っては持ち帰っていた。
しかし、適切な治療を受けていない小百合が回復の兆しを見せることはなく、徐々に口数も減り、もはや起き上がることすらなくなっていた。
「ルリ姉ちゃん、お母さん、治らないのかな……」
「本当なら病院に連れて行くんだけど、これじゃあね……」
そう言いながら、瑠璃羽は財布代わりの風呂敷を開いた。そこには今日と明日、なんとか食べていくだけの小銭があった。
その時、瑠璃羽の頭に、ある考えがよぎった。それは、満月街の妓楼にある薬だ。
満月街は外から訪れた権力者や富裕層、そして同じく裕福な地下住人を主な客として取っている。で、あれば、性病や感染症対策はしっかりと行われているはずだし、もちろん、万が一の時のための薬もあるだろうと踏んだのだ。
「百香、あたし、薬持ってくる」
「えっ? ルリ姉ちゃん、病院行ってくれるの?」
「うん……まぁ、そんなとこ。小百合さんのことお願いね」
瑠璃羽は百香の頭を軽く撫で、瀬尾家を後にした。
*****
瑠璃羽は満月街を訪れていた。満月街は権力者や富裕層の訪問時には地下住人の立ち入りが規制されるのだが、それ以外の時であれば比較的自由に入ることができる。瑠璃羽は数年、満月街で働いていた経験から、おおよそどの時期に客が来るかを把握しており、今はその時期ではないと確信していたのだった。
狙うは満月街のトップ妓楼、艶鈴楼。
美貌、教養、話術、全てを兼ね備えた女たちが所属している、最高級妓楼だ。このような妓楼で薬を置いていないのはあり得ない。おそらく、内儀か誰かが保管している筈だと瑠璃羽は踏んでいた。
今は夜見世の時刻。遊女たちは格子の内側に並び、内儀と思われる人物が客寄せをしている。忍び込む絶好の機会が訪れていた。
瑠璃羽は裏口に回り込むと、そこにいくつかある扉や窓のうち、鍵のかかっていないものを探した。
そして狙い通り、頻繁に出入りするためか鍵のかかっていない扉があり、それを少しだけ開くと、そっと中を覗き込んだ。
中では雇い人たちや禿が動き回っており、瑠璃羽はそれが途切れた一瞬の隙を狙って即座に中に忍び込んだ。
艶鈴楼は満月街トップの妓楼。当然、建物の大きさも桁違い。ここから薬が置かれているであろう部屋を探し、盗み出さなければならない。
とはいえ、大抵の場合、妓楼内の作りというのは共通している。2階以上は遊女たちの接客部屋、そして1階に内所や土間や台所、営業中に妓楼の主人や内儀の過ごす事務所がある。
今、1階には料理の準備や客の対応をする雇い人たちがいる。それらを掻い潜り、事務所を目指さなければならなかった。
雇い人たちは台所と土間、そして2階を行き来しており、チャンスがあるとすれば、台所から2階へ向かった時だ。
瑠璃羽は、客が時折雇い人を席に呼び、近況報告などの会話に花を咲かせることがあることを知っていた。
もちろん、それは月下楼での話であり、艶鈴楼がそうであるかはわからない。しかし、どんなにか細い蜘蛛の糸であっても、瑠璃羽にはそれを掴む以外に手はないのだった。
その狙い通り、次々と台所から2階へ上がっていく雇い人たちが戻ってくる気配はなかった。
外からの客は大抵の場合、団体で訪れる。しかし地下住人はその限りではない。そのため、雇い人たちも客との会話に時間を割くことができるのだ。
瑠璃羽は神経を尖らせながら、廊下を進んでいった。月下楼と作りが似ていれば、事務所となっている部屋は土間の近くにある。
土間に向かうには客の出入りがある内所を通らねばならず、それは危険極まりない行為ではあったが、瑠璃羽は大胆にもその中を通り過ぎていった。その時、内儀の客寄せの声はまだ響いており、中に入ってくることはないだろうと踏んでいたのだ。
そして、瑠璃羽が睨んだ通り、土間を過ぎたところには事務所に使っているのであろう部屋があった。殺風景な室内に机が置かれているのが、月下楼の内儀の部屋とよく似ていた。
「さて……ここにあればいいんだけど、っと」
そう呟くと、瑠璃羽は早速引き出しを開き、中のものを辺りに散らかした。
中に入っている名簿、遊女たちの報酬や着物代などが書かれた帳簿、無関係なものはどんどん傍らに放り投げた。
瑠璃羽には確信があった。いくら満月街でトップといえど、妓楼内に医師を常駐させているなど聞いたこともない。であれば、薬は遊女たちの面倒を見ている内儀が渡している筈だと。
しかし、その読みは外れることとなった。
空になった机の中に薬は入っていなかったのだった。
薬を置いていないということはあり得ない。いくらトップ妓楼とはいえ、人数の多い遊女たちを高額な費用が必要な地下の病院に行かせる余裕はない。それよりも、薬を買っておいて、病気になったらそれをやる、という安上がりな方法を取っている筈だからだ。
で、あれば、妓楼内のどこかに医務室として使われている部屋があり、そこに薬を置いているのか。瑠璃羽は考えを巡らせていた。
その時、瑠璃羽の背中に悪寒が走った。その正体は、おおよそ予想できるものであったが、それが外れるようにと祈りながら、瑠璃羽はそっと振り向いた。




