会話
瀬尾親子との出会いから数日、瑠璃羽は足繁く2人の元へ通い、百香の面倒を見るようになっていた。
小百合は洞窟内に光が差し込む頃に起きて、しばらくすると出かけ、その光が消える頃に戻ってくる。その間、百香が1人で出かけてしまったり、家が誰かに襲われることのないように警戒しているのだ。
小百合を待つ間、瑠璃羽と百香は大抵、たわいのない話をして時間を潰している。瑠璃羽も外で何かしらの仕事をし、その稼ぎで瀬尾家に恩を返したいと思っていたが、百香の面倒を見ることこそ、その恩を受けた小百合の最たる願いなのだ。
「百香はさぁ、字が書けるんだね」
「そうだよ。お母さんが教えてくれたの」
「小百合さんて東月宮行ってんの?」
「ううん」
「じゃあ、なんで?」
「お母さんはね、昔ね、外にいたんだって。そこで学校に行っててね、だから字も書けるし数字もわかるんだよ」
「へぇ……」
地下で読み書き計算ができないのは珍しいことではない。地下で生まれ、幼い頃から犯罪紛いのことをして稼ぐのが当たり前のこの場所で、子供が学校に通うというのは非常に珍しいことなのだ。
しかし、それ以上に、この地下で読み書き計算を習うのには、まず莫大な金が必要になるという問題がある。唯一の学習機関である東月宮学校に、地上の義務教育制度は適応されない。
子供を通わせるにしろ、自分が通うにしろ、まず払える金がない。稼いだ金は生活費に充てなければならない。霧笛町で売春婦が増えるように、ここでも負のループが発生しているのだ。
「百香はさ、いつかは地下を出たいと思う?」
「うん。でも出るのって無理なんでしょ?」
「そうだね。あたしも似たようなこと、聞いたことある」
「お母さんも無理かもって言ってたよ」
「そもそも出る方法ってあんのかな」
「わかんない。ルリ姉ちゃん、お絵描きしよ!」
物悲しい雰囲気を先に壊したのは百香だった。それが、自分のためだったのか、瑠璃羽のためだったのかはわからない。
瑠璃羽には、いつも考えていることがあった。地上から地下に来た人間は大勢いる。であれば、その反対があってもよいということだ。
地下から地上に上がった者はいないのか? 本当に地上には上がれないのか? そもそも、地下に落ちたら絶対に上がれないと言われたことはない。ただ、地下住人の多くが、その困難さ故に諦めているだけではないのか?
瑠璃羽は無意識のうちに、親子と共に地上に出ることを考えていた。それは、瑠璃羽自身も自覚をしていない、所謂恩返しの気持ちだった。




