持ち逃げ②
内儀の部屋をやや雑に片付けた瑠璃羽は、金を包んだ衣服を持って、そそくさとその場を後にした。
部屋を出た直後、瑠璃羽のコウモリのような聴覚は、古い床板が軋む音を感じ取っていた。それが、自身の足元から発せられたものではないことも理解していた。
瑠璃羽は、その音の主が自分の存在に気付く前に、明かりの消えた妓楼内の闇の中に消えた。
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瑠璃羽は自分に与えられている部屋に戻る途中、様々なことを考えた。瑠璃羽の部屋は妓楼の2階にあるのだが、そこからどうやって外に出ようか、とか、逃げきれなかったらどうなるのか、とか、様々なネガティブなイメージがぐるぐると頭を駆け巡っていた。
しかし、元来の性格故か、すぐにそのような心配事は、まるで霧が晴れる時のように消え去った。
部屋に戻った瑠璃羽は箪笥を開け、中に入っている、決して数の多くない衣類を取り出し、それらを固く結び始めた。瑠璃羽自身が着たことはないのだが、誰かの着物も入っていたため、そこにあった腰紐も衣類と束ねて、太く色彩豊かなロープを作り上げた。
瑠璃羽はロープを欄干に括り付けると、金を包んだ衣服を脇に抱え、もう片方の手でロープを握り、そのままゆっくりと降下し始めた。
瑠璃羽は、古い欄干が崩れる可能性を危惧した。とはいえ、慣れない方法で急ぎ、落ちてしまっては元も子もない。上空でミシミシと聞こえるものを無視し、瑠璃羽は降下を続けた。
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脇に金を抱えているために何度も滑り落ちそうになったが、瑠璃羽は無事、外に出ることに成功した。
しかし、瑠璃羽は欄干に結び付けているロープの処理を考えていなかった。もしも、誰かがこれを見て内儀に伝えてしまうと、逃げたことがバレてしまう。そうなると、追われるのも時間の問題である。
とはいえ、ここでもたもたとロープを処理するよりは、金を持って満月街の外まで逃げた方が良い。金は盗られる方が悪い、逃がした方が悪い、それが地下での常識であり、わざわざ満月街の外に出てまで追うのは恥とされているからである。
瑠璃羽は自身の手足に痛みが走っていることを意識の外に追い出し、金をしっかりと抱え、満月街の出入り口である大門に向かって走り出した。
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瑠璃羽は大門に向かって必死に走り続けていた。しかし、先ほどの降下による体力の消耗に、接客の時に傷めつけられた体と内臓に走るじくじくとした痛みが、足の動きを鈍らせた。
一瞬、足を止めて休もうかと考えた瑠璃羽だが、その考えは、背後から突き刺さる視線によって遮られた。
「アイツだ! 捕まえろ!」
瑠璃羽の逃亡と窃盗に気付いたのであろう内儀の甲高い声が響く。その声と同時に、月下楼の雇い人たちが瑠璃羽を追う。
大門はもう目の前に見えている。瑠璃羽は脇目もふらずに走り続けたが、焦るあまり、過度な前傾姿勢となってしまい、体勢を崩してしまう。
どしゃあ、と、砂地に瑠璃羽の体が叩きつけられる。その勢いで投げ出してしまった金が前方に散らばった。
即座に起き上がり、金も捨てて逃げようとした瑠璃羽だが、もはや、それは意味を為さなかった。すでに背後には瑠璃羽を追ってきた雇い人が立っていたのだ。
「瑠璃羽、お前も馬鹿なことしたな。金さえ盗まなきゃあ、こんなことされなくて済んだのによ……」
雇い人はそう呟くと、手に持っていた角材を振り上げた。
ぶんっ、と風を切る音がした瞬間、瑠璃羽は背中に激しい痛みを覚えた。次々と集まってきた雇い人たちは各々が手に角材や竹竿を持っており、それらを瑠璃羽目掛けて振り下ろした。
「待って! ぐっ、金は返すからっっ!!」
「金を持ち出した時点で制裁は決まってんだ。まァ……運が良ければ死にはしねぇよ」
雇い人たちは容赦なく、手に持ったもので瑠璃羽を殴り付けた。その背後では、悠々と歩いてきた内儀が、口の端を歪めながら痛め付けられる瑠璃羽を見つめていた。




