佳世
ひとまず、亜里沙をシロとした瑠璃羽は、次の段階に取り掛かった。
麻弥に対して、特に強い反抗心を抱いている者たちを集め、自分がリーダーとなり、新たなグループを作るのである。
とはいえ、それには問題があった。いくら反抗心があるとはいえ、安易にそのようなグループに入ることを承諾する者はいないだろうということだ。グループを作るのであれば、瑠璃羽が非常に頼りになり、麻弥を討ち倒してくれることが期待できる人物であることを示さなければならない。或いは、信頼のおける、麻弥を討ち倒す期待をかけても良いと思える人物だと思わせなければならない。
そう考えた瑠璃羽は、まず、自身が信頼のおける人物であるという評判を広めるため、活動を始めた。
瑠璃羽はグループ内で、麻弥にリンチを受けた経験がある者、病気の者、薬と偽ってビタミン剤を渡されるなど騙された者、悩んでいる者、つまり、グループ内でも特に弱い立場であったり、何かしらの制裁を受けたことのある者たちに目を付けた。とはいっても、それらの条件に合う者というと相当数にはなるのだが。
彼女らに見返りを求めない形で寄り添い、奉仕することで、徐々に信頼を得ようというのだ。これは、小百合との生活で瑠璃羽自身が少し絆されたことから学んだことだった。
もちろん、小百合は瑠璃羽の信頼を得ようなどと考えていたわけではないのだが。
*****
ある時、仕事を終えて大部屋にいた瑠璃羽は、隣のベッドを使用している女、佳世が、腕に注射を打とうとしていることに気が付いた。おそらく、覚醒剤か何かだろう、と瑠璃羽は思った。ここではよくあることだ。
以前の瑠璃羽であれば、そんなことはどうでも良いとばかりに見逃していたが、今はそうではない。チャンスとばかりに、佳世に話しかけた。
「どうしたの? そんなことしたら、体がボロボロになるよ」
「いいのよ、打たなきゃあ、やってられない」
佳世は諦めたように腕の高い位置に紐を縛り付け、針を押し当てた。
その針が皮膚の下に潜り込もうとする、まさに直前、瑠璃羽は落ち着いて話し始めた。
「しんどいよね、ここの生活。上納金は高いし、碌なもの食べられないし、誰を信用していいのかわかんない」
「そう、そうね。みんなそうよ」
「あたしがここに来る前に世話になってた人がいてね、馬鹿みたいな人だったよ。赤の他人のあたしの世話して、ご飯くれて、家に置いてくれてさ」
「なんの話? もう、いいわ。どこかに行って。薬をやめろとでも言うんでしょ」
佳世は瑠璃羽から目を背けると、再び注射器の針に目線を向けた。そうして、いざ、押し込もうとした瞬間、瑠璃羽は佳世の腕を掴んで言った。
「やめろと言う気はなかったけど、そうだね、あんたがそういうことしなくていいようになればいいとは思ってる。だから、愚痴くらいは聞けるからさ、抱え込まないでよ」
それを聞いた佳世は呆れたように注射器を放り出し、腕に巻いた紐を解いた。
「あんたといると、おちおち薬もやれないじゃないの。私が向こうに行くわ。まあ、あんたの言ってることは聞くだけ聞いてあげる。悪い気はしないものね」
「そう。ありがと」
佳世が部屋を去った後、瑠璃羽は確かな手応えに喜びを感じていた。
瑠璃羽はあえて、佳世の注射器を必死になって奪うとか、頭が溶けそうなほど優しい言葉をかけるとか、そういったことはしなかった。ただ自分の希望を、麻弥を蹴落とすためだけに即席で作り上げた未来を語りかけた。
献身的な行為や甘い言葉など、地下の煤けた女たちには通じない。それらには必ず裏があると教えられる、または知るものだからだ。
だからこそ、あえて瑠璃羽はそれらを避け、あくまでも自分の願望であるかのように語り、過度な行為をしないよう努めた。それが功を奏し、佳世から良い反応を得ることに成功したのだ。
あとは時々佳世の元へ通い、話をしたり、また今日のように希望を語ったり、佳世から話があるのであればそれを聞いたりを繰り返すだけで良い。信頼を得ることが何より大切なのだ。
*****
「今日はしないんだ?」
瑠璃羽は、大部屋のベッドの上で、黙々とワンピースの裾を縫っている佳世に話しかけた。
佳世は仕事が終わると、ほぼ毎日といっていいほど薬を打つ。その様子を瑠璃羽は時々見ていたのだが、今日はそうではないようで、裾の擦り切れたワンピースの補修をしていた。
「……あんた、瑠璃羽さんだっけ? あんた、麻弥さんのこと、どう思う?」
佳世はワンピースから目を離さず、静かな声で話しかけた。その声は震えていた。
「どうって……嫌な奴だなって。エラソーだし、自分だけいい思いしてさ」
「そう……」
「何? 麻弥の愚痴なら聞くけど」
「……あたしはね、麻弥さんが怖くて仕方ないの。あたしたちと変わらない筈なのに、どうしてあんなに……それを考えると、逆らう気にもならない。みんなそうなのよ。麻弥さんのバックに何があるのかわからないから怖いの。本当は麻弥さんなんてどこかに行って、他の誰かがリーダーでもやってくれればいいのにって思うわ。あんたもそう思わない?」
それを聞いた瞬間、瑠璃羽はニヤリとした。
「あたしは、あたしがリーダーになろうと思う。麻弥を蹴落としてね」
「馬鹿言わないでよ。第一、どうすんのよ。あんたは1人じゃない。向こうには取り巻き連中だっているのよ」
瑠璃羽はますますニヤリとし、ベッドの上に立ち上がった。そして演説をするかの如く腕を振り上げ、声高らかに言い放った。
「反乱者のグループを作る。あたしがリーダーになって、それからこのグループ全体を乗っ取る。どう?」
瑠璃羽に目線を合わせていた佳世は馬鹿にしたかのように息を吐いて笑い、またワンピースの裾に向き合った。
「馬鹿じゃないの。でも、悪くないかもね」
その返答は、佳世が瑠璃羽に着いても良いという、ややまわりくどいメッセージだった。




