紅い百合
麻弥をリーダーの座から失墜させることを決意した瑠璃羽は、まず、グループの中から特に麻弥に対して強い反抗心を持つメンバーを取り込むことに決めた。
自らがリーダーとなって新たなグループを作り、麻弥と取り巻きたちに対抗することを計画したのだ。
まず、瑠璃羽が目をつけたのは亜里沙だ。と、いっても、亜里沙を新たなグループに誘うのではない。亜里沙が本当にただの下っ端メンバーであり、麻弥に対して反抗心があるのかを調べるということだ。
瑠璃羽は、内心、亜里沙が麻弥のスパイではないかと疑っていた。おそらく麻弥は、瑠璃羽が反抗心を持ち続けていること、そして、その喉に噛み付く機会を窺っていることに気付いている。その程度の嗅覚がなければ、とてもじゃないが、グループのリーダーなどできないだろう。
なんのメリットもないのに食べ物を差し入れ、たわいのない話をしに度々瑠璃羽の元を訪れる亜里沙。瑠璃羽には、その行動が理解できなかった。
亜里沙に麻弥に対する反抗心を感じたことはあったが、もしかしたら、それは亜里沙の演技の1つという可能性もある。
以前、話した時、瑠璃羽が感じ取った亜里沙の反抗心は、確かなものだった筈だ。しかし、わずかにでも演技の可能性があるのなら、それは潰しておかなければならない。
瑠璃羽はその日の仕事が終わると、すぐに亜里沙を訪ねた。
*****
「亜里沙……」
「瑠璃羽さん? 珍しい……どうしたの?」
「これ……」
そう言うと、瑠璃羽は亜里沙に向かって、あるものを差し出した。それは、一粒の砂糖菓子だった。
亜里沙はそれを見て、非常に驚いた様子だった。しばらくすると、我に返ったように目を伏せ、黙ってそれを瑠璃羽に突き返した。
「瑠璃羽さん、どうして……私のため? でも……ううん、なんでもない。気を付けてね。でも、それは戻しておいた方がいいと思うわ」
「そう……」
瑠璃羽はそれを聞くと、砂糖菓子を手の中に握り締め、黙って部屋を出ていった。
*****
瑠璃羽は亜里沙に砂糖菓子を見せ、別れた瞬間から、時間を見つけては亜里沙を見張った。
地下では、娯楽として食べられている砂糖菓子など大変な貴重品だ。そのため、手に入れられるのは地下でも金を持っているものか、何かしらの伝手がある者しかいない。このグループでいえば、それは麻弥だ。
今の瑠璃羽が砂糖菓子を手に入れるには、麻弥から盗む他ない。もしも亜里沙がスパイであれば、この事を報告しないだろうか? いや、グループの中に、盗みを働く者がいることは問題である。盗まれたものが例え小さな砂糖菓子の一欠片でも、きっと亜里沙は麻弥に報告する。その一欠片が、金や薬に変わるかもしれないのだから。
仮に、この件で麻弥からリンチを受けることになっても、瑠璃羽は受け入れるつもりだった。それよりも亜里沙がスパイがどうかを問題視していたし、それ以外に、手っ取り早く確かめる方法を思いつかなかったからだ。
そういうわけで、瑠璃羽はしばらくの間、亜里沙を見張っていたのだが、瑠璃羽の予想に反して、亜里沙が麻弥に報告することはなかった。
瑠璃羽や他のメンバーと同じように、起きたら働いて、ある程度の額を稼いだら麻弥に渡す。それを繰り返すだけだ。
それでも亜里沙への疑いが消えたわけではなかったが、亜里沙がスパイではないことが確信に変わった出来事があった。
それは、定期的に開かれる集会である。
麻弥が全てのメンバーを集め、上納金を納められていないメンバーを吊し上げたり、問題を起こしたメンバーを見せしめにリンチするというものだ。これにより、麻弥は自身の権力を誇示し、恐怖によってメンバーを縛り付けている。
砂糖菓子がなくなったことに気付いた麻弥は、過去に窃盗歴のあるメンバーに次々と暴力を振るった。本来であれば盗みを働いたメンバー、つまり瑠璃羽に制裁を加えるのが妥当なのだが、麻弥はそうしなかった。
暴力を見せつけること、そして恐怖を与えることが目的なのだ。盗んだ犯人が明確であればともかく、わからないのであれば可能性のある者全員に制裁を加えれば良い。グループは麻弥の権力と暴力こそが絶対ということを見せつけることが最大の目的。その犠牲者の中に犯人がいれば尚良し、わざわざ犯人探しに手間をかけるのは面倒だしキリがない、というわけだ。
制裁を受けた者の中には、過去にメンバーのために薬を盗んだことのある亜里沙も混ざっていた。しかし、亜里沙は瑠璃羽を売らず、ただ黙って暴力を受け入れていた。亜里沙への暴力に手加減は感じられず、まさに殺さんばかりの勢いで行われている。幸いにも、過去の窃盗がバレていなかった瑠璃羽は、暴力を振るわれて血を流す亜里沙を、静かに見つめていた。
翌日、翌々日と、全く怪我が治らない、治療をしている様子もない亜里沙。砂糖菓子の件について、瑠璃羽に目をつける様子のない麻弥。それを見て、瑠璃羽は亜里沙をシロだとした。




