奴隷の日々
数日後、瑠璃羽は麻弥のグループの奴隷として働いていた。衣服にはグループメンバーの証である、赤く塗られた安全ピンがつけられている。
瑠璃羽は霧笛町で働いていた時に本番行為をしていなかったことが幸いして、グループに入る際に行われた性病検査で陰性という結果を出した。さらに、元満月街の遊女という経歴を見込まれ、他のメンバーと同じ、夜鷹の仕事があてがわれた。
しかし、他のメンバーと違うのは上納金の見返りと賠償金の存在である。メンバーは麻弥に対して上納金を納める代わりに、彼女らが拠点にしている廃墟に住むことを許されたり、薬を貰えたり、安定して仕事が得られたり、また他の売春婦との揉め事を解決してもらえるという見返りを貰っている。
下っ端以下の奴隷とされている瑠璃羽の場合、見返りとして約束されたのは廃墟に住めることだけである。
しかし、上納金の額は変わらず、その上、賠償金まで払わなければならない。本来は他のメンバーが協力して客引きをしてくれるのだが、瑠璃羽にはそれもない。
毎日、金を払えるだけの客を自分で取り、病気を貰わないように気を配り、出来る限り揉め事を起こさないようにする。様々なことに神経を尖らせている瑠璃羽は、グループに所属して数日でげっそりとやつれていた。
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ある日、その日の上納金と賠償金を払い終え、泥のように眠っていた瑠璃羽に、誰かが声をかけてきた。
「あの、ごめんね。寝てるのに。これ……」
そう言っておにぎりを差し出してきたのは、グループの下っ端である亜里沙だった。
その声に意識を戻された瑠璃羽は、体を起こすと黙っておにぎりを受け取った。
「麻弥さんが言ってたけど、お金、たくさん払ってるって……」
「そうだよ。ちょっと色々あってね、上納金と賠償金と払ってんの」
瑠璃羽はおにぎりを頬張りながら答えた。
「麻弥さんのことだから、何か理不尽なこと言われたんじゃないかなって。あ、ごめんなさい、今のは言わないで……」
亜里沙は、はっとしたように口元を押さえ、瑠璃羽に懇願した。
「亜里沙さんだっけ? あんたも麻弥に何かされたの?」
そう聞かれた亜里沙は、非常に戸惑い、何か言いかけたが、すぐに口を閉じてしまった。
「なんでもないの。とにかく体に気を付けて……」
亜里沙は諦めたような薄い笑みを浮かべ、そのまま部屋を去っていった。
それから数日、瑠璃羽と亜里沙は、度々話すようになった。
亜里沙はグループに入ったばかり新人であり、他のメンバーより多くの上納金を納めているようだった。
数ヶ月前、売春婦グループの縄張りを避けて売春を行っていた亜里沙は、麻弥の取り巻きに声をかけられ、そのままグループの一員となった。
グループに入れば、安定した仕事と薬、住まい、食事を得ることができる。その甘い誘い文句に負け、何を疑うこともなく了承したのだ。
それを聞いた瑠璃羽は、内心、亜里沙を間抜けだと感じた。
地下で騙し騙されは当たり前。甘い話を持ってくる者など、一番信用してはならない。
瑠璃羽を気遣っていることも、ここでの“普通”とはかけ離れている。このような環境で、なぜこのような人間が生まれるのだろう。
常識知らずというか、お人好しというか、瑠璃羽は亜里沙に、どこか小百合や百香と似たものを感じていた。
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「お兄さん、あたしとどう? あたし、元月下楼の遊女なんだよ」
瑠璃羽はその日も、1人で客引きを行っていた。身体中にある傷をちらりと見せ、元月下楼の遊女という肩書きに説得力を持たせる。
そうすると、興味を持った客が面白いほど釣れるのだ。さらに言うと、これによって釣れる客は男だけではない。それは瑠璃羽にとって大きな幸運だった。
本音では、手や口での軽いサービスを提供したかったのだが、その程度では客は取れない。しかし本番行為をしてしまうと、万が一病気になった時に余計な薬代がかかってしまう。そのため、瑠璃羽は、月下楼でしていた時のように、嫌々ながらも自らの体を程の良いサンドバッグとして提供することを決めたのだった。
結果、他の売春婦と違うサービスを提供していた瑠璃羽の売り上げは、上納金と賠償金の額を超え、わずかにだか貯金ができるほど余裕を持つようになっていた。
とはいえ、貯金した金を置いておくと盗まれる可能性が高いため、余った金は全て、闇市で医療品と食料を買うのに回した。
どこからか高品質な医療品や食料を仕入れている麻弥から買うこともできるのだが、それはかなり高額であったし、瑠璃羽としても、これ以上余計な金を麻弥に渡したくはなかった。
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瑠璃羽がグループに入って1ヶ月が経過していた。その間、瑠璃羽は麻弥に何度も賠償金の額を聞いたが、もう少し、だの、まだ足りない、だの、はぐらかされてばかりだった。
これにより、やはり麻弥は自分を食い潰すつもりなのだと確信した。で、あれば、やることは1つしかない。グループを抜けること、いや、簡単ではない、その前に麻弥をリーダーの座から蹴落とすことだ。
1ヶ月前、グループに入った時から、瑠璃羽は働きながらもグループのことを色々と調べていた。最初から麻弥のことなど信用していない。いつかは反旗を翻さなければならない。そのために情報を集め、使えるものは使うというのは当然のことだと瑠璃羽は考えていた。
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グループに入ってからしばらく、亜里沙と話すようになった頃、瑠璃羽は、麻弥に反抗心を持つ者がいないかグループ内を探った。
瑠璃羽は亜里沙の態度から、彼女が麻弥に対して好意的ではないと感じ取っていた。
それだけなら、単に下っ端で扱き使われたり待遇面で損をすることなどがあって、だから亜里沙や他に下っ端のメンバーがいるのであれば、そういった者たちだけが麻弥に好意的ではないのだろうと考えることもできた。
しかし、おそらく、麻弥に好意的ではない、いや、反抗心すら抱いている者は他にも大勢いる筈だと瑠璃羽は踏んでいた。
このグループではリーダーの麻弥、そして麻弥に選ばれた取り巻きたちによる独裁が行われていた。
一見、上納金の代わりに住居や薬、食事、仕事を与えるなど還元が行われているように見えるが、その実態は杜撰なものである。
拠点兼住居の廃墟はカビ臭く、狭い部屋に多くのメンバーが箱詰めされたCDのように押し込まれている。それを嫌がるメンバーによる嫌がらせ、弱い立場や大人しい者を追い出し野宿させるなどの行為が日常的に行われていたが、麻弥も取り巻きたちも、それを知っていてなんの対処もしていない。
また、食料は痩せていたり腐りかけのものが多く、それにより体調を崩す者も多かった。薬に関しては低品質なだけでなく、ただのビタミン剤を避妊薬と偽って飲まされていた者もいた。それを確実に避けたいのであれば、麻弥に追加で金を払って高品質なものを買えということだ。
その割に、上納金はキッチリと取り、不満は取り巻きたちによる暴力や制裁で抑え付け、自分は全く働くことなく、毎日違う清潔な服を着て、旨いものを食べ、比較的綺麗な外観をした小さな一軒家に住んでいるのだ。反抗心を持つのは当然といえるだろう。
しかし、グループの実態をおおよそ把握した瑠璃羽に、最後の疑問が残った。
それは麻弥の権力である。
瑠璃羽が知る限り、麻弥が売春婦として働いていた記憶はない。他のメンバーに聞いたこともない。低品質な食料や薬の仕入れは上納金で賄うとしても、一軒家や旨い食事、毎日変えられるほどの清潔な衣服を買う金はどうやって入手しているのか。
そして、仮に麻弥が何らかの権力や、何らかの方法で金を握っていたとして、誰も表立って反抗しないのは何故か。何故、麻弥は、このような独裁体制でグループを維持できているのか。
その疑問は、瑠璃羽の思考を鈍らせるように、ずっと、頭の片隅にモヤとしてこびりついていた。




