3.少女との別れ
海の上を飛んでいる。翼をはためかせていると、潮風が俺の顔を撫でるように吹き抜けていって気持ちがいい。だが下を向くと深い海、まるで底なんてないように感じるほどの深い藍色で一面塗られている。
落ちたら助からないだろうな、と思って休める島を探していると急に体が重くなる。
重い、重い、重い、重い、沈む────
体を起こす。窓から熱くなってきている日差しが差し込んできていた。顔に滲んだ汗を拭って一息ついた。
夢か……
ソファで寝ている俺の上で丸くなっている少女をひきはがして立ち上がる。
なんでここにいるんだ……
悪夢を見たのは絶対こいつのせいだろう。
時計を見ると昼の十二時だった。蛇口を捻って水を飲む。冷たい水が頭を冷やして覚醒させる。
冷蔵庫からヨーグルトとバターをだして焼いた食パンに塗り、食べていると少女も起き出してきて物欲しそうな顔で眺めてきたので渡すとまた美味しそうに食べていた。そんなに美味しくないと思うが。
少女は一晩寝て元気になったようだ。昨日泣いていた姿なんてみる影もない。
そういえば昨日洗濯していたことをやっと思い出し洗濯機から昨日少女が着ていた服を取り出してみる。
昨日は暗くてあまり見えなかったが変わった服装だ。フリルの付いたドレスのようなワンピース。触ってみると手触りが凄い滑らかだ。色も少しの色落ちもしていない深みのある紫色をしている。高めの素材であることは間違いない。シルクだろうか?
洗濯機で回してはいけない物だったか、と思ったがタグが付いてないのが悪い。そんなに劣化していなそうだし俺のせいではない、と結論付ける。
そのまま少女に渡して着させると異世界の貴族様、といった感じで様になっている。
異世界か……紫色の地毛なんて聞いたこともないし、日本語が喋れない。なんて、まさかな。
警察に電話をかけるなんて初めてだったが滞りなく終わった。事情を説明し、緊急性がないことを確認された後何分後に着くので準備をしてください、とだけ言われて電話が切られる。
呆気なさを感じながらその時間まで時間を潰そうと自室に戻ってラノベを読んでいるとそのうち少女もついてきて暇そうにベッドでゴロゴロし出す。集中力が途切れて俺が読み終わって隅に積み上げてある漫画やラノベたちを渡すと理解しているんだかしていないんだかわからないが手に取り眺めていた。
二人してベッドでごろごろとしていると(話せることもないので)静寂な雰囲気の中にインターホンの音が侵入してくる。
体をビクッと震わせた少女から本を取り上げて手を取り玄関まで連れて行くと案の定そこにいたのは警察だった。
警察官の表情がどうしても好きに慣れないタイプ、高圧的な感じだったので少し嫌になりながらも挨拶をした。
「で?君が外を見ようとベランダに行ったら急に現れたってわけ?」
「少なくともその前の日まではいなかった、のは間違い無いと思いますが」
「ふーん……」
警察官がそんな面倒臭そうなため息をつくな、と内心で悪態を吐くが口に出すわけにもいかない。それも相まって警察官がしばらく考えていた後やる気が感じられない表情でこの少女を預かるから君はもう好きにしていい、とだけ言って帰る支度を始めたことに腹が立った。
「え?それだけですか!?」
「えぇ。他に何か?」
「連絡先を聞くとか、調書を取ったり、そんな感じのことがあると思ったんですが」
「ああ、やりたい?」
「え?」
戸惑ってる俺を置き去りにして警察官は呆れるようなことを言った。
「そういうの面倒くさくない?迷子ってことにして話進めとくからさ、そしたら君は関わりのない人ってことにしてあげられる。何も被害はないならいいよね?」
親切心で言ってあげてる、という態度なのが気に障った。だが冷静に考えたら確かに俺には何も被害はない。なぜこんなにつっかかっているのだろうか。少女の顔が端正だったからか、なにか訳ありげだったからか、泣いていたからか?
自分でも自分の感情がよくわからなくなり反論の言葉を押しとどめた。
「……これが連絡先です。少女の親が見つかったとか、なにか続報があったら連絡してください」
結局俺は電話番号だけ渡す、という些か弱気な選択をし、戸惑っている少女の肩を押した。よろけるように警察官の下へと進んでいった少女の顔には驚きの表情が浮かんでいた。
「では、これで」
警察官が背を向けて少女と共に歩き出すのを確認すると俺は扉を閉め自室へと戻った。
心に少しのわだかまりを抱えながら……