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2.少女とカップ焼きそば

 突然一人暮らししている家のベランダ、それもマンションの高層階のだ。見知らぬ人間が現れた俺と、侵入者。普通ならば驚くのは俺だけだろう。だがなぜか可憐な侵入者も同じように驚いていた。


 開け放たれた窓。そこから滑るように入ってきた肌寒い夜風が、俺の冷や汗を撫でる。


 スマホは机の上だ。飛び道具さえなければ撒けるはず。少しづつ後退りして取りに行けば……

 そうは思うものの恐怖で足が動かない。強盗?怨恨?凶器で動いた瞬間に刺されるのではないか?不安が頭の中で渦を巻いている。


 静止状態から先に立ち直ったのは相手の方だった。少女は素早く立ち上がると、静止する間もなく俺に背を向けてベランダの手すりを掴み身をのりだした。

 脈絡のない行動に考えるより先に体が勝手に動く。慌てて駆け寄り、ギリギリで落ちかけている少女の首根っこを掴んで倒れるように引き戻すことができた。


「何をやってるんだよ、お前は!」


 久しぶりに出した大声に喉を痛めながら説教しようとすると、少女は反抗するように口をキュッと結んで下を向く。よく見ると目には涙が滲んでいる。

 

 なんでこいつは人の家に来て自殺未遂をし、挙句の果てに泣き出すんだ?


 どうやら自分が勝手に怯えていただけらしい。これで強盗だとしたら失笑ものだ。少しムカついている俺に縋りついてしくしくと泣き出す少女。俺が何をしたっていうんだ……


 すっかり怒る気も失せた。それから落ち着くまでの間、膝の上で泣きじゃくっている少女を引き剝がすこともせずただ座っていた……


 

 「ようやく落ち着いたか?」


 少女に問いかけると理解はしていないようで、首をかしげながらも立ち上がってくれた。

 ずっと同じ態勢でいたため体の節々が痛い。

 くしゃみを繰り返してブルブル震えている少女へ、


 「取り合えず体が冷えるし中に入るぞ」


 と靴を脱がせて、部屋の中に入れた。やはり少女の汚れが目立っている。俺の部屋にぼとぼとと水を落としながら佇んでいるのに、俺は後の掃除のことを考えて頭を抱えながら、少女にタオルをかぶせて洗面場へと連れて行き体を洗うよう促して洗面所の外へと出た。


 自室に戻りクローゼットの中を探し回る。

 確か数年前の服を取っておいたような…… 探し回ると、やはり奥深くに眠っていた。


 「あった、あった。って、服小さいな。この時は背が低くて肩身狭かったっけ、今でも大きいわけじゃないけど」

 

 ジャージを取り出して眺めても問題はなさそうだ。少女の体には少し大きいかもしれないが、一時しのぎのためならいいだろう。

 

 その服を手に取って洗面場へと戻ると、お風呂から少女が顔を出して困り顔でこちらを見ていた。


 「もしかして使い方がわからないのか?」


 頷く少女。

 この日本でそんなやつがいるとは……謎が深まる。


 少女へタオルをかぶらせて風呂場へ入り、シャワーをいじっていると興味深そうにこちらをのぞいてくる。俺は大変だ。視界の端に肌色が移るたびに顔をそむけなければいけない。

 

 流石に小学生相手に裸を見たなんて悪評はつけたくない。そしてシャワーのカランを回し温水を出すと、少女は驚いて後ろずさった。

 さっきは散々ビビらせやがって、いい気味だ。


 不思議そうにシャワーをいじくる少女を残して洗濯機へと濡れている服をつめてスイッチをいれる。この洗濯機は乾燥機能付きなので外へ干すのがめんどくさい俺にはよく助かっている。

 

 リビングへ戻り、色んなことに疲れて椅子に腰掛けると、机の上で湯気を上げながら放置されていたカップ麺が目に入る。


「そういえば作ってたんだった。めっちゃ伸びてるし……」


 捨てるべきお湯をほとんど吸ってしまった麺を啜っていると少女が風呂から出てくる。物欲しそうにこちらを見つめる眼差しに負けて少し口に運んでやると、端正な顔をほころばせ、また涙があふれてくるのを必死にとどめながら食べていた。


 こいつも何かから逃げてきたんだろうな、きっと。

 同情を抱き少女のためにもう一つカップ麺を作ってやると、少女は不思議そうな顔をしていたが、くれたのだとわかると箸を不器用に使いながら食べだす。


 俺はそんな様子を見ながら自分の状況を考え直していた。家に侵入者が来たと思ったら、それは今までに見たことのないほどの美少女で、自殺未遂をしかけて泣き出す。

 うん。本当にわけがわからない。

 そんな人間が俺の家で俺の服を着て食事している、というのもだ。

 

 時計の針は深夜3時を指している。いつもなら寝ているはずで、それに加えてこの厄介者がいる。欠伸が止まらないのも仕方ないだろう。

 疲労がピークに達している。少女を残して眠るのはさすがにまずい。そう思い少女の様子を確認すると、カップ麺を食べ終わったのか眠そうにしていた。

 

 俺は学校の机で爆睡できるような人間なのでどこで寝ようが構わない。


 少女を俺のベッドの上へ移動させ毛布をかけてやると、居心地の良さそうにしている。微睡みながらもしきりに俺がいるかを確認して瞼を開けるのだが、やがてその頻度も落ちてゆき眠りに入った。直前まで泣いていたのが嘘のような、無垢な寝顔だ。

 

 寝静まったのを確認してから、ソファへ倒れ込む。

 明日になったらこいつを警察につき出して、それでおしまいだ。

 

「久しぶりに人間と交流したな。疲れた……」


 最後に人と話したのはいつだったか、そんなことを考えていたら視界が閉じていった。


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