1.少女と俺の出会い
「はい、今日の授業はここまでとします。復習をしっかりするようにー」
静かな部屋の中で存在していた唯一の音が薄れていき、やがて消える。俺は持っていたラノベから手を放して煌々と机の上を照らしていたパソコンをいじり、教師の顔を画面から消した。
こんな画面を見ながら勉強する人なんているのだろうか?くだらないことを考えながら伸びをする。
コロナの頃は良かった。学校を休む理由を考えるなんて必要ない。全員が休みなのだから。
だがもうコロナへの危機感は風化していき、いつも通りの生活が戻ってきている。現にこの録画された授業も俺が学校に行かず使っているだけで、本当は復習のために使われるものである。自分だけがコロナの頃にしがみついていることに擦り潰されそうになりながら、惰性に生きている。それが俺だ。
腹の虫が鳴り出すのを感じてベッドからようやく立ち上がり、キッチンへと移動する。受験に受かり一人暮らしをするためのお祝いとして買ってもらったこの広いマンションも、自分一人だけには少々広すぎた。自室以外は少ない私物だけが置いてある物置と化している。
だだっ広いリビングについているキッチンまで行き、銅製のやかんに浄水を入れて火にかける。慣れた手つきで棚から山詰めになっているカップ焼きそばを机に出し、またラノベを読み出す。
こんな生活に危機感を覚えていないわけではないが、それでも俺はこの生活が気に入っている。働かない分際で言うなと怒鳴られそうだが、誰とも会話せず、一人で夜を過ごして、お気に入りのエモい音楽に浸って、それでも孤独に自分の存在価値を自問自答する瞬間。それこそが一番生を実感するのだ。
湯気がたったやかんの火を消し、カップ焼きそばの袋を素早くあけてお湯を注ぐ。
───この時は、まだこの退廃的で泥沼のような生活から当分抜け出すことはないと思っていたのだ。
スマホでお気に入りのボカロ、ちょうど三分間の曲をかけて、夜風を浴びにベランダへと足を進める。
高層階のマンションならではの夜景、街の灯りを眺めようと掃き出し窓を開けてベランダへと出た。
だがそこで俺の視界に入ってきたものは、本来なら存在するはずがないもの、まるで夜を体現したかのような美少女だった……
年齢は10歳前後だろうか?小さな体躯の腰まで届きそうな長い紫がかった黒髪を幻想的に月光が照らしている。歳に不釣り合いな敵意を忍ばせ、大きく見開いている目を際立たせる長い下まつ毛。端正な容姿に併せ持った冷たい雰囲気は、世界と隔絶したような雰囲気を漂わせている。そのうえ身嗜みが特に印象的で、雨など降っていないというのに全身びしょ濡れで、長い髪から地面へ滴らせている。そのうえまるで何かから逃げてきたかのように服装は乱れ、泥だらけになっていた。
俺と少女の視線が交差して、時が止まったかのように互いに固まる。
───泥沼に、石が投げ込まれた。
のんびりと進めていきます。